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2010年 06月 20日
1.
菅直人政権への支持率がこれだけ高いとは、率直に言って予想外だった。本当に、暗澹たる思いである。菅首相自身については、昔書いた記事以上の感想はないが、これも以前指摘したように、「目指されているのは、絶対的な安定政権なのであって、その下でのみ、改憲や消費税増税や日米FTAの締結など、大衆から強い反発を買うであろう政策を実施できるのである。だから、より力の強まった形での民主党政権と大連立は基本的に同義なのであって、両者は簡単に入れ替わる」。仮に民主党が参議院選で単独過半数が実現するほど勝利すれば、上で言うところの「より力の強まった形での民主党政権」になるのであって、大連立が成立したのとほぼ同じことになる。 そして、これも以前指摘したことであるが、「自民党にせよ民主党にせよ、日本国家・日本社会の排外性・親ファッショ的な性格を問題にしていないのだから、両党の抗争がそれなりに互角の場合には、相手に攻撃材料を与えないためにそうした傾向の顕在化を自重するが、権力が集中すれば、排外的・ファッショ的に必然的になるのである」。とりあえず、参議院選後に予想される、日韓「和解」策の破綻とかで、民主党政権が自滅してくれるのを待つしかあるまい。 2. いまだに「確かに民主党は酷いけれどもそれでも自民党よりはマシ」などと言う人間が後を絶たないが、その命題について考えるために、もちろん現在の民主党全体を代表するものとすることはできないにせよ、菅首相が格好のテキストを提供してくれている。菅直人『日本大転換』(光文社、1996年)から引用しよう(強調は引用者、以下同)。 <それより、日本には(注・PKF参加等の軍事的「国際貢献」ではなく)もっと違うかたちでの国際貢献が求められていると思う。 そのことを考えるうえで、印象的な場面がありました。カンボジアに日本から派遣されていたPKO部隊を訪ねたときのことです。 むろん、彼らは全員自衛隊員で、志願するかたちでPKO部隊に参加していた。私は自衛隊員の何人かに「なぜ志願して、PKO隊員としてカンボジアに来る気になったのですか」と訊いてみました。すると自衛隊員たちは、異口同音に「日本のため、国益のため」と答えた。 私は「世界の平和のため」「アジアの安定のため」「カンボジアの人たちの人権のため」といった返事もあるのではと予想していただけに、少し奇異に感じた。おそらく自衛隊における教育で、「PKOは国益のため」と教えこまれた結果でしょう。 しかし、この言葉を裏返してみると、「日本は国益のためなら行くが、国益にならないことには参加しない」という意味の言葉とみられてもしかたがない。 PKOに参加することを含め、これからの国際貢献については、そう考えるべきではないと、私は思う。これからは、直接的には国益につながらなくても、どんどん支援するべきだと。じつは、世界の平和そのものが、日本にとっては大きなプラスなんだという視点で物事を考えないと、この国は行く先をまちがうような気がする。これは、きれいごとではなく、そういうかたちで考えないと、国際的な通商で豊かになってきた日本の将来は危ないし、日本の国際的な立場に筋が通ってこない、とも思う。>(214~215頁) 海外派兵を展開するということ自体は自民党にせよ民主党にせよ同じである。だが、民主党においては、<国益>だけではなく、<理念>が付け加わる。それによって、日本国内の反対論はより容易に沈静化させられ、自らが<正義>という自意識の下で、海外派兵はより円滑に進められることになる。ちょうど、アジア太平洋戦争で、「日支親善」「大東亜解放」「欧米帝国主義の打破」といった<理念>があったからこそ、円滑に侵略・虐殺ができたのと同じことである。(そしてまさに左翼がそうした<理念>を煽動していたわけだが。竹内好を再評価するなどといった行為が、どれほど犯罪的なことであるかは、キムチョンミ氏の文章等を参照のこと)。 上の菅の発言は、対テロ戦争(「国際的な通商で豊かになってきた日本の将来」のためには不可欠である)や「人道的介入」といった軍事展開に関して、民主党の方が自民党よりもはるかに適合的であることを強く示唆している。戦後日本が「平和国家」であったなどという倒錯した自意識を持っており、<理念>的なものを(本気で)信じているらしい人々の方が、「日本のため、国益のため」しか考えていない人々よりも、はるかにはた迷惑なのである。保守的な孤立主義者の方がマシだ。 もうひとつ、同書から菅の発言を引用しておこう。 <近年、自民党、新進党の一部、また外務省から、国連の常任理事国入りを目指す声があがっています。国連へは拠出金をいっぱい出していることだし、常任理事国になれば情報も迅速に入手できる。また、重要な決定にも参加できるという理由からです。茶化すわけではないが、たしかに外務省の省益からいえば、そういうことになるでしょう。 しかし、私は国連の常任理事国入りすることには、二つの点で疑問を感じています。 ひとつは「軍事制裁など、軍事行動についての国連の決定に常任理事国の立場で関与すること」への懸念です。 わが国の憲法は、自衛以外では武力の行使を禁じており、自衛隊を制裁のために他国へ派遣することは、憲法上許されない。正規の国連軍となれば、また少し別の議論になると思いますが、湾岸戦争のときのような多国籍軍のかたちでは憲法上許されない。 しかし、常任理事国になり、軍事制裁を決める決定に参加すれば、他の常任理事国から軍隊の出動を強く要請されることを当然予想される。それにかぎらず、現行憲法を前提とするかぎり、常任理事国として活動するには、矛盾が多すぎます。 もうひとつは、常任理事国に前提条件をつけずに自ら希望して参加すると、現在の常任理事国のあり方に、はっきり意見が言えなくなる恐れがある。現在、五つの常任理事国はすべて核保有国であり、同時に武器輸出大国でもある。国連は、そういうことを抑止しなければならないのに、そういう国が常任理事国になっている。 そこに、国連という組織の悲しさがあります。 常任理事国は、言い換えれば核独占クラブであり、武器輸出国同盟であるのです。ですから現在の常任理事国の自己改革が必要で、そうすれば、世界はかなり平和になるともいえます。常任理事国の現状をそのまま是認したかたちで、そのなかに入っていくのは、日本のあり方と矛盾する誤った大国主義、あるいは身の程を知らない“大国趣味”と言っていいと思います。 また、日本の国民のなかに常任理事国としての責任を負う十分な覚悟があるとも思えない。外務省の省益から常任理事国入りを急ぐのは、国益からいってもけっして得策ではないでしょう。>(218~219頁) 民主党の参議院選のマニフェストでは、「アフガニスタンなどの平和構築に役割を果たすため、PKO活動などでの自衛隊および文民の国際貢献活動のあり方について検討するとともに、安保理常任理事国入りをめざします。」と謳われている。私は別に菅が転向した、と言いたいのではない。そうではなく、「大国主義」が「日本のあり方」と矛盾せず、「日本の国民のなかに常任理事国としての責任を負う十分な覚悟」が育ったと判断しているがゆえに、「安保理常任理事国入り」が掲げられるように至ったのではないか、と思う。「大国主義」の国民としての「覚悟」が存在することを前提として、アフガンその他への海外派兵が志向されているのである。その点においても、単に「国益のため」の海外派兵を志向する人々よりも、より悪質かつ危険であると言える。 #
by kollwitz2000
| 2010-06-20 00:00
| 日本社会
2010年 06月 09日
前回記事「佐藤優および『週刊新潮』、「言ってもいないこと」の当初の具体的根拠を自ら覆す」 の末尾で、私は、以下のように書いた。
「もちろん、既に示したように、佐藤ら被告側が裁判にあたって主張しだした、「人民戦線」とは言っていない、などという主張は成り立たない。しかも、被告側が「人民戦線」云々に固執することによって、被告側の主張は、より荒唐無稽な、抱腹絶倒なものに進化していっているのである。そのことは次回以降に記す。」 多忙で遅くなってしまったが、今回は、被告側の主張が「人民戦線」云々に固執することによって、より荒唐無稽なものに進化していっている姿を見ていこう。佐藤の代理人は安田好弘弁護士なので、以下、この「人民戦線」の件に関しては、安田氏に被告を代表していただく。 簡単におさらいしておくと、佐藤は『週刊新潮』の記事で、私の論文「<佐藤優現象>批判」に関して、「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません。」などと発言している。 そして、佐藤が「言ってもいないこと」をさも佐藤の主張のように書いたとする箇所はどこか、という私の質問について、佐藤は長らく無視してきたが、この裁判の中でついに、《佐藤の提唱する「人民戦線」》《佐藤の言う「人民戦線」とは、「国民戦線」である》といった論文内の記述が該当箇所だ、との主張を行うに至った。こうした主張がいかに馬鹿げたものであるかについては、既に「佐藤優、「私が言ってもいないこと」とは何だったかをついに明らかにする」 で記したので、ここでは繰り返さない。 そのことを踏まえたうえで、「被告準備書面(3)」(2010年3月17日陳述)における、安田氏の主張を見てみよう。安田氏は、私が指摘した佐藤発言「反ファッショ統一戦線」というのと,私が理解するところの「国体の護持」というのは全く同じなんです。」について、次のように述べている(強調は引用者、以下同じ)。 「「人民戦線」とは歴史上の概念であって、「1935年のコミンテルン第7回大会で書記長ディミトロフの指導の下に、ファシスト独裁と戦争に反対する労働者階級の統一と、これを中心に反ファシズムの諸階層と諸党派を結びつける共同戦線戦術として採り上げられた政策(である)」(辻清明編・岩波小辞典・政治・第3版・第4刷・123頁)。 佐藤は『反ファッショ統一戦線』という用語を使用したことはあるが、「戦争反対」との主張をしたことはない。「新帝国主義の選択肢」(乙2号証)においても「帝国主義の選択肢に戦争で問題を解決することも含まれる」と主張しているとおりである。 以上の次第で、佐藤の主張を「人民戦線」と同義であるとするのは明らかに誤りである。 」 安田氏によれば、「人民戦線」とは「1935年のコミンテルン第7回大会」で取り上げられた「歴史上の概念」であるから、そこで掲げられている「戦争反対」を唱えたことがない佐藤の主張が、「人民戦線」であるはずもない、とのことである。これは、光市母子殺害事件における、安田氏のかの高名な「ドラえもん」弁護を髣髴とさせる主張であり、私は書面を見た瞬間、こんな馬鹿げた主張を堂々と述べ立てる安田氏(と佐藤)に、唖然とせざるを得なかった。日本の左派や死刑廃止運動は、こういう人物を「天皇」扱いするから、共倒れするわけである(安田氏を「天皇」扱いしている、という表現は、左派の某著名研究者の談による)。 「原告準備書面(4)」(2010年4月28日陳述)から、以下、長くなるが、安田氏のこの主張への反論を引用しておこう。 ------------------------------------------------------- <被告の主張がどれほど実質を欠いているかは、『社会科学総合辞典』(新日本出版社刊行、1992年7月15日発行。甲45号証)の「人民戦線」の見出し項目には、「反ファシズム統一戦線」を見よとあり、「反ファシズム統一戦線」の見出し項目には、「人民戦線ともいう。」とされていることからも容易に窺うことができる。> <原告準備書面(2)15~18頁で指摘したように、被告佐藤の用いた「反ファッショ統一戦線」という語には、「反ファッショ統一戦線 一九三〇年代に、コミンテルンの決議にもとづいて、各国共産党が、ファシズムと戦争に反対する多様な政治勢力の統一戦線戦術を採った。一九三五年のコミンテルン第七回大会のディミトロフ報告で提起され、翌三六年のフランス、スペインでの人民戦線内閣の成立として実を結んだ。」なる注釈が附されており、この注釈については、被告佐藤が承認を与えていると解される。したがって、被告が言うところの、「人民戦線」という用語はコミンテルン第7回大会で採り上げられた「歴史上の概念」であり、「戦争反対」なる主張を含むものであるとの主張は、上記注釈に従えば、被告佐藤が用いる「反ファッショ統一戦線」にもそのまま該当するものであるから、被告の主張はそもそも支離滅裂である。 また、そもそもコミンテルンは、「ファシスト独裁」によって引き起こされる帝国主義戦争に対しては反対であっても、戦争一般に対して反対しているわけではなく、その母体たる当時のソ連も戦争一般に対して反対しているわけでないことは自明であるから、被告佐藤が「戦争反対」との主張をしたことがないという事実は、被告佐藤の主張を「人民戦線」と解することを何ら妨げない。 また、「人民戦線」という用語は、既に一般的な用語として使用されていることは明白であり、「戦争反対」があるかどうかという点はなんら意味をなさない。 そもそも被告佐藤自身が、その著書『自壊する帝国』(新潮社刊行、2007年5月30日発行。甲46号証)の中で、「ラトビア人民戦線」という用語を用いている。被告佐藤は、「1988年10月8、9日、リガでラトビア人民戦線の創設大会が行なわれた。人民戦線はゴルバチョフが進めるペレストロイカを支持する一種の体制翼賛運動を建前としていたが、そのなかにはソ連からのラトビア独立を真剣に考える民族主義者や、逆にソ連を帝国として維持するためにはマルクス・レーニン主義と絶縁した国家社会主義体制を作るべきであるとする帝国主義者も含まれていた。」(124頁)と述べている。同書で「ラトビア人民戦線」は、「戦争反対」を目的として結成されたものとはされておらず、また、被告佐藤もそのような目的を有しているものとして「ラトビア人民戦線」を描いていない。また、「ラトビア人民戦線」の一員である、「帝国主義者」が「戦争反対」の主張を持っているはずもないことも自明である。被告の主張は、被告佐藤自身の過去の用法とすら矛盾する、荒唐無稽なものである。 また、以下に示すように、「戦争反対」を特に主張するものとしてではなく、一般的用法として「人民戦線」という語句が用いられている用例は、極めて多数にのぼる。 「十一日夜のタス通信によると、アフガニスタン新政権は、与党人民民主党以外の広範な国民各層の協力を得るため「人民戦線」の結成を進め、その手始めとして、新政府閣僚に非党員三人を含めることを決定した。」(「“人民戦線”の結成めざす アフガン新政権」読売新聞夕刊、1980年1月12日付。甲47号証) 「一方、右派は「土井氏の主張を採れば採るほど、土井続投を望む左派主導での現状容認型の改革案づくりになる」(水曜会幹部)と反発。「広く門戸を開き市民代表まで参加させるというのは左派特有の『人民戦線』の発想。左派は改革案で基本政策の見直しは骨抜きにし、代わりに書記局の再編・強化など左派に都合の良い機構改革を打ち出すハラだ」と警戒している。」(「社党改革委 構成めぐり火花 左右両派、主導権確保狙う」日本経済新聞朝刊、1991年5月13日付。甲48号証) 「遠藤 (前略)昔だったら法王は仏教の人たちと対話してくれとは積極的に言わなかったと思うのです。だから今、こうしてお話ししているのも、実は久保さんの仏教、そしてキリスト教徒である私もですね、きっと同じ考えを持っているから成り立っている。お互いの立場を尊敬し、尊重する。これはかつての、いわゆる人民戦線みたいな政策的なことでは全くないわけです。でも、こういう目に見えない、時代の足音。そういうのが確実に到来しつつあるといえるのじゃないでしょうか。」(久保継成・遠藤周作「対話 人生と仏教」毎日新聞朝刊、1993年4月4日付。 甲49号証) 「野田 そのあたりに日本のリベラリズムの問題があるのだろう。どうも日本の場合は、リベラルというものの積極的な価値が弱く、人民戦線的で「左」と提携しているのがリベラルだ、といったイメージがずっと残ってしまった。」(粕谷一希・野田宣雄・坂本多加雄・山口二郎「「戦後論壇と知識人」4氏座談会」(上)読売新聞朝刊、1995年11月27日付。甲50号証) 「丸山眞男氏の急進主義は、一九三〇年代の英国労働党のイデオローグ、H・ラスキに倣って、コミュニズムにもっとも接近した姿勢であり、国内的には社共統一戦線、人民戦線の論理であり、国際的には米ソ両陣営いずれにも属さない中立志向であった。こうした理想主義が可能であったかどうか、後世史家の判断にまつほかはない。」(粕谷一希「丸山眞男氏 追悼」読売新聞夕刊、1996年8月19日付。甲51号証) 「(注・松田道雄は)『日本的育児法』に見られるように、手のはなせない母親にかわって、孫をつれてくる祖母との問答から考えを繰り広げて、昔からの子育ての知恵への評価を試みた。それは、さかのぼって江戸時代の儒者貝原益軒の『養生訓』への解説への道を開く、日本思想史への読み直しでもあった。先行者をふくむタテの人民戦線の拠点をつくる仕事だった。」(鶴見俊輔「松田道雄氏を悼む――タテとヨコの人民戦線」朝日新聞夕刊、1998年6月4日付。甲52号証) 「自民党の中曽根康弘元首相は二十七日、前橋市内で講演し、「民主党は反自民で一色だ。共産党は人民戦線をやろうとしている。(後略)」」(「自由・公明との連携を求める 中曽根元首相」朝日新聞朝刊、1998年8月28日付。甲53号証) また、久野収・鶴見俊輔「<対談>新しい人民戦線を求めて」(『思想の科学』1970年9月号、思想の科学社発行、1970年9月1日発行。甲54号証)、久野収「新しい創造的人民戦線の可能性」(『新日本文学』1971年6月号、新日本文学会発行。甲55号証)、高木郁郎「プレ・人民戦線と労働組合運動」(『労働経済旬報』1971年4月上旬号、労働経済社発行、1971年4月1日発行。甲56号証)、岩井章・高木郁郎「労働運動の新しい転機と人民戦線への展望」(『労働経済旬報』1971年6月上・中旬号、労働経済社発行、1971年6月1日発行。甲57号証)といった記事では、「人民戦線」がごく当然のように一般的な用語として用いられており、記事内で頻繁に使用されている。 また、読売新聞朝刊1989年10月3日付には、「ミニ時典」なる欄で、「人民戦線」の用語解説が掲載されているが、そこには以下のように書かれている(甲58号証)。 「人民戦線 ソ連の沿バルト海3共和国などで、共和国の主権強化を求めて活動している民族主義団体。昨年秋、まずエストニア、ラトビア、リトアニアの3共和国で相次いで結成された。 ペレストロイカ(立て直し)支持のスローガンを前面に掲げているが、これら3国は第2次世界大戦中のソ連邦加盟に対する不満が根強く、人民戦線の急進派の中にはソ連邦からの分離、独立を主張するメンバーもいる。今年8月には、3国のソ連邦加盟を決めた独ソ不可侵条約付属文書に対する抗議行動を起こし、共産党中央委員会が警告声明を発表するなど緊迫した情勢となった。沿バルト3国のほか、モルダビア、白ロシア、ウクライナの各共和国でも同様の組織が結成されている。いずれも幹部の大半が人民代議員で占められており、沿バルト3共和国では社会団体として認知されている。人民の支持も強く、共産党に対する“対抗政治勢力”になりつつある。」 ここでは上で挙げた、被告佐藤も言及していた「ラトビア人民戦線」にも言及されているが、「戦争反対」なる主張も「コミンテルン第7回大会」も問題にすらなっておらず、被告が主張するものとは全く別の形で「人民戦線」という名称が使用されており、そのようなものとして解説されている。 また、上記の用例でも挙げられているように、「人民戦線」の名称を有する政治団体は、多数にのぼっており、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)、人民戦線ネパール、西部人民戦線(スリランカ)等が有名であるが、いずれも戦争を否定しているわけではなく、パレスチナ解放人民戦線に至ってはテロ活動を肯定している組織である。また、「民主正義人民戦線」(PFDJ、旧称エリトリア人民解放戦線)は、エリトリアで一党独裁体制を敷いている政党であるが、もちろん戦争を否定しているわけではない。 また、朝日新聞夕刊1970年10月31日付では、「サイゴンに人民戦線」という見出しが用いられており、「人民戦線」が普通名詞として使用されている(甲59号証)。朝日新聞夕刊1990年4月23日付では、「ソ連リトアニア共和国の独立運動を主導する人民戦線組織「サユジス」」と、やはり「人民戦線」は普通名詞として使用されており、「サユジスは分離共産党や社会民主党、緑の党、キリスト教民主党など独立に賛成する諸政党やグループを幅広く結集した運動体組織。」と解説されている(甲60号証)。また、朝日新聞夕刊1978年3月20日付でも、「ギュンター・グラス氏 政治を語る」なる記事に、「人民戦線にきびしい警戒心」という見出しが使われており、本文でも、「イタリア共産党については、レーニン主義的体質から比較的遠いとの判断を示したが、とにかく人民戦線にはきびしい警戒心、むしろ敵意すらみせる。」と、「人民戦線」が普通名詞として用いられている(甲61号証)。 また、「人民戦線」の項目で、「戦争反対」の意を明記していない辞典も多数にのぼる。 「じんみんせんせん【人民戦線】《名》ファシズムに反対して民主主義を守ろうとする政党・団体・市民などによる共同戦線。(参)一九三五年のフランスと、一九三六年のスペインのものが名高い。」(『学研国語大辞典』学習研究社刊行、1978年4月1日発行。甲62号証) 「人民戦線 じんみんせんせん 〈仏〉Front Populaire ファシズムの脅威に対抗して、左翼勢力を中心とする反ファシズム勢力が大同団結して組織した共同戦線のことをいう。フランスの場合、1934年2月6日の右翼による暴動などを契機として、左翼によるファシズム阻止の動きが強まり、35年6月に共産党、社会党、急進党が団結して人民戦線を形成した。さらに翌36年3月には労働運動も統一され、5月の下院総選挙で人民戦線が勝利し、6月にはレオン・ブルム(Blum,Léon)を首班とする人民戦線内閣が成立した(共産党はこの内閣に対して閣外協力の立場をとった)。ブルム内閣は有給休暇制をはじめとする社会改革に着手したが、外ではスペイン市民戦争、内では経済情勢の悪化という困難に直面し、改革半ばにして、37年6月にブルム内閣は退陣する。その後2次にわたるショータン(Chautemps,Camille)内閣ののち、38年3月には第2次ブルム内閣が成立するが、これもすぐに瓦解しダラディエ(Daladier,Édouard)内閣の成立後、入民戦線は崩壊し去ってしまう。(舛添 要一)(『現代政治学事典』大学教育社刊行、1991年4月25日発行。甲63号証) 「[人民戦線]<仏>front populaire 1930年代にファシズム勢力の台頭に対して、各国に高揚した民主主義的運動。その起源は1934年にフランスの共産党と社会党が右翼の諸団体に対抗して共同闘争を組織したことにある。文献的には、フランス共産党書記長トレーズがこの言葉を用いたのが最初とされる。1935年コミンテルン第7回大会は人民戦線を戦術として採用して、すべての反ファシズムに対抗すべきことを提唱した。(以下略)(斉藤孝)」川田侃・大畠英樹編『国際政治経済辞典』東京書籍刊行、1993年3月25日発行。甲64号証) 「じんみん‐せんせん【人民戦線】(Front populaire フランス) 一九三〇年代後半、反ファシズムを共通綱領として組織された統一戦線。一九三五年のコミンテルン第七回大会で戦術として採択され、一九三六年フランスとスペインにおいて政権を獲得。中国では抗日統一戦線へ発展。」(『講談社 カラー版 日本語大辞典 第二版』講談社刊行、1995年7月3日第2版第1刷発行。甲65号証) 「じんみんせんせん【人民戦線】 反ファシズムの政党・団体による広範な共同戦線。1930年代半ばファシスト独裁の危機を前に、フランス・スペインで結実した。」(『大辞林 第二版』三省堂刊行、1995年11月3日第2版第1刷発行。甲66号証) 「【じんみん‐せんせん 人民戦線】 一九三〇年代に、フランス、スペインなどでファシズムに反対して結成された農民、都市小市民などの広範な連合戦線」(『現代国語例解辞典〔第二版〕<二色刷>』小学館、1997年1月1日発行。甲67号証) 「[人民戦線]ファシズムに反対するあらゆる団体・個人の共同戦線。中心勢力は左翼にある。」(『新明解 国語辞典 第五版』三省堂刊行、1997年12月1日第2刷発行。甲68号証) 「じんみん‐せんせん【人民戦線】〔名〕一九三〇年代に、フランス、スペインなどでファシズムに反対して結成された労働者、農民、都市小市民などの広範な連合戦線。」(『小学館 日本語大辞典』小学館刊行、2005年1月1日発行。甲69号証) また、被告は、「人民戦線」を「1935年のコミンテルン第7同大会で書記長ディミトロフの指導の下に、ファシスト独裁と戦争に反対する労働者階級の統一と、これを中心に反ファシズムの諸階層と諸党派を結びつける共同戦線戦術として採り上げられた政策」と限定しているが、上で挙げたように、『国際政治経済事典』斉藤孝執筆の「人民戦線」の項目(甲64号証)によれば、「その起源は1934年にフランスの共産党と社会党が右翼の諸団体に対抗して共同闘争を組織したことにある。文献的には、フランス共産党書記長トレーズがこの言葉を用いたのが最初とされる。」とあるから、歴史的に見ても、「人民戦線」を被告が言うようにコミンテルン第7回大会で採り上げられた政策に限定すべき理由もない。現に、上で挙げた『現代政治学事典』の舛添要一執筆の「人民戦線」の項目(甲63号証)は、コミンテルン第7回大会については全く触れていない。 以上より、「佐藤は『反ファッショ統一戦線』という用語を使用したことはあるが、「戦争反対」との主張をしたことはない」がゆえに、「反ファッショ統一戦線」とは言っているが「人民戦線」とは言っていない、などとする被告の主張は、実質を欠いている単なる形式論であり、言葉遊びであり、噴飯物の主張である。> #
by kollwitz2000
| 2010-06-09 00:00
2010年 06月 05日
1.
<差別を感じていなかったり、親日的であったり、「民族主義」に否定的な「在日」もいるのだから、「在日」への「差別」を殊更に取り上げること自体が、一面的なものの見方で、「差別に苦しむ在日朝鮮人」や「民族主義者の在日朝鮮人」を前提とした「オリエンタリズム」だ>といった言説をたまに見かける。主観的にはリベラル・左派との意識を持っていると思われるこうした言説の発言者たちは、自分たちに、「ステロタイプ」なものではない、「在日」の「友人」がいることを殊更にひけらかす。 前にも述べたが、「在日朝鮮人問題」について考えられるべきは、在日朝鮮人の民族的権利という抽象的権利の尊重と、それに基づく施策の実現である。個々の「在日」がどのように言っているか、ということは「在日朝鮮人問題」において基本的に関係がない。 この、抽象的権利と個々の人格との関係性は、在日朝鮮人だけではなく、マイノリティ全般について考える上でもそうである。マイノリティ集団において、マジョリティに媚びて地位上昇を狙う人々は必ず存在するから、こうした関係性への認識が欠如していると、マジョリティは、都合のいいマイノリティの発言を持ち出すことで、容易に、マイノリティの権利を縮減することができる。あるいは、自らが当該マイノリティ集団を代表していると称するマイノリティ団体の言うなりになり、腐敗が発生する。 なぜこのようなことを改めて述べるかというと、冒頭に挙げたような言説は、現在のマスコミ界隈の在日朝鮮人を見る限り、極めて悪質に機能する可能性があると考えるからである。こうした人々は、日本人「同胞」として扱ってもらおうとしており、そのためにはリベラル・左派の右傾化に協力することも辞さない人々で、朝日・岩波的な日本人リベラル・左派程度の政治的見解は持っていようとも(実際に持っている人が多いが)、現代の「親日派」と見た方がよいと思う。25年ほど前までならば、こういう「親日派」的に振舞う若手の在日朝鮮人に対して、問題点はあるにせよ民族団体の人々がたしなめる、という構図があったのだが、現在ではむしろ、こうしたマスコミ界隈の在日朝鮮人に、民族団体の人々が媚びるという始末である。 とにかく、日本人「同胞」として扱ってもらおうとする在日朝鮮人が跳梁し、「在日朝鮮人問題」が何らかの利権問題と表象されるようになっては、在日朝鮮人が有すべき「普遍性」が消失してしまう。こうした観点から、以下、マスコミ業界内の在日朝鮮人について、私見を述べておく。あまり語られるのは見たことがないので、公共性・公益性もあるだろう。 2. 90年代以降、テレビ局や新聞社、出版社などのマスコミ業界に、韓国国籍と朝鮮籍を問わず、在日朝鮮人がかなり入社するようになった。また、在日朝鮮人が大学に教員として採用されるケースも増え、姜尚中は天下の東大教授に就任した(1995年)。90年代後半に大学生活を送った私は、会合等で、在日朝鮮人の年配者が以下のように語るのをさんざん聞かされたものだ。「「在日」がマスコミや大学に進出することが、在日朝鮮人の社会的地位の向上と、日本社会の「共生社会」化につながる。君たちも彼ら・彼女らに続け!」と。この風潮の中で、姜尚中などはあたかも神のように崇拝されていたものである。 あれから10数年が経った。実際に、マスコミ業界には在日朝鮮人が結構いる。私の知っている限りでも、主要なテレビ局・新聞社・出版社には大抵、在日朝鮮人の社員が、それとわかる形で(本名で)存在する。新潮社の編集部にすらいる。ライターや契約社員にもかなりいる。毎日新聞の鈴木琢磨による「メディアにも朝鮮学校卒業者が沢山いるんですよ。」などという発言が、ネット右翼たちに叩かれていたが、これはある程度事実である。 だが、問題は、マスコミ業界に在日朝鮮人が増えたことが、果たして「在日朝鮮人の社会的地位の向上」や「日本社会の「共生社会」化」につながったのか、ということである。私見によれば、ほとんどつながっておらず、それどころかその反対の方向に作用している。 昔、何度かこうした人々と会ったことがあるが、この手のマスコミの「在日」の人々は、「在日」同士で顔を合わせれば、職場の日本人がいかに馬鹿で差別的かという話を嘲笑的に話すが、では、それらの人々によって所属している職場の番組や発行物が少しでもマシな、「人権」に配慮したものになっているかというと、そのようなことは全くないのである。お互い、その手のことには触れずに会話は進む。彼ら・彼女らには、日本人は差別するのだから、今さら自分たちが何を言っても仕方ないし、言うだけ損である、という認識が存在する。 別にその認識が間違っている、と言いたいわけではない。だが、私が以前から不思議に思っているのは、その、問題の多い番組や発行物を出す当の職場に、在日朝鮮人が存在するということは、それらの会社にアリバイを与えることになると考えないのか、ということである。これは、在日朝鮮人(社員)が存在することを外部に示す外的なアリバイと、職場の同僚たる日本人にとっての心理的なものという内的なアリバイという両方の側面からのものである。要するに、その会社からすれば、製作者には「在日」もいる、また、「在日」がいるような「寛容」な会社であるということをアピールすることで、一見「人権」的に問題のありそうなものでもその違和感を弱めることができるであろうし、同僚の日本人からすれば、「在日」と一緒に製作することで、自分たちのやっていることに疑問を持ったり良心の呵責を覚えたりする必要性を弱めてくれるわけである。そういう構造の中にあるわけであるから、本当は辞めるべきだと言いたいところだが、少なくとも、内部で、問題の多い番組や発行物について批判すべきではないのか。 私の見聞の範囲では、マスコミ界隈の有名企業の正社員には、中流より上以上の階層出身者が多い(と言うよりも、それ以外の人間を見たことがない)。そして、在日朝鮮人のマスコミ関係者の場合は、サンプル数が少なすぎて何とも言えないが、知っている限りでは中流~富裕層ばかりだ。統計がないので何とも言いようがないのだが、私見では、在日朝鮮人の間の方が日本人社会よりも所得格差が激しい。よく、パチンコ経営者などの裕福な在日朝鮮人を取り上げて、「在日は恵まれている」などと<嫌韓>たちはバッシングするが、こういう人々はごく限られた層であり、在日朝鮮人の多くは都市下層だと思う。本名で生活できる人々や、本名で大学に進学する人々というのは比較的「恵まれた」層なのであって、だからこそ私は、在日朝鮮人の「友人」をダシに「在日」について語る、左派を含めた大抵の日本人に嫌悪感を持つのである。 これは私の知っている事例からの仮説にとどまるほかないが、結局、在日朝鮮人のマスコミ業界への進出は、人数的には少数派の中~上層の在日朝鮮人の「出世」には役だったものの(もちろん、下層からの上昇の事例はあろうが)、むしろ、「在日朝鮮人の社会的地位の向上」という表象のみをもたらし、かえって在日朝鮮人の多数が下層化されている差別的構造を忘却させる結果しかもたらさなかったのではないか、と思う。また、マスコミの論調も全くマシにはなっておらず、それどころかマスコミは、こうした、自分たちにとって都合のよい在日朝鮮人を手に入れたことによって、なけなしの呵責の念を払拭させ、自己肯定を強めているように見える。 20年ほど前だと思うが、日本で「外国人労働者問題」が初めて話題になった際に、朝日新聞の連載記事(「みる・きく・はなす」とか言うもの)で、以下のようなものがあった。あるマンションに在住する在日朝鮮人へのインタビューで、外国人労働者のマンションへの入居に対して反対署名を募る回覧板が回ってきた、という。この在日朝鮮人は、結局自分も署名したものの、その回覧板には気持ち悪さを感じた、というのである。私はこれを読んで、「馬鹿かこいつは。結局署名してるじゃないか」と思ったものだ。 在日朝鮮人という存在は、朝鮮学校無償化排除問題に端的に見られるように、他の外国人と比べてもそれ固有の露骨な差別を受けつつも、一旦日本の「支配」の枠組みを肯定しさえすれば、日本人に準じた地位という「特権」が与えられる。名誉日本人の地位を得た(得ようと努める)在日朝鮮人は、日本人に対して、「自分たちは朝鮮人への差別意識はない」という意識を満足してあげると同時に、日本社会が外国人(労働者)への差別意識・排外意識を持っていないということを示すためのモデル外国人たる役割を果たしている(注1)。また、同時に、それらの在日朝鮮人は、「反日的」「民族主義的」な在日朝鮮人への違和感を表明することで、差別批判や民族的権利の尊重を要求する主張を周辺的なものとしてくれるのである。実際、マスコミ界隈の朝鮮学校出身の人物は、朝鮮学校や朝鮮総連について露悪的に語り、日本人の歓心を得ようとする人が多い。 在日朝鮮人は、そのような日本人内部の「空気」を読むことに長けている。私は、そのような「空気」を認識しているからこそ、そのような「空気」を破壊しようと努めているのだが、大多数のマスコミ内の在日朝鮮人は、「空気」を読んでひたすらモデル在日朝鮮人役を務めるのである。 実際に、マスコミはモデル在日朝鮮人を求めている。例えば、これは<嫌韓>サイトにしか元記事がないのでリンクは貼らないが(記事の一部を適当に検索すれば出てくる)、ある在日朝鮮人女性がTBSに就職した経緯について、民団新聞は以下のように報じている(2007年1月1日付。強調は引用者)。 「面接の席では各社から靖国や独島問題、北韓や在日に関わる質問も受けた。おりしも当時の小泉首相が8月に靖国を参拝するかどうかが話題になっていた時期。 Xさん(注:原文は実名)も本名で履歴書を出したときから一定の心づもりはあった。靖国では「小泉首相の靖国参拝で両政府レベルの交流が途絶えてしまうとすれば残念。たとえそうなっても草の根レベルの交流は続けていくべきだ」と素直に自分の思うところを述べた。独島では過度にナショナリズムをあおる両国の報道のあり方に疑問を呈した。 「面接官は私自身が韓国名を名乗っていたことでいろいろ聞いてみたいという思いになったようです。考えることは人それぞれ。開き直って、背伸びせず、自分の言葉でしっかり伝えました。結果的にはそれがよかったのかもしれません。逆に言えば、ほかの人よりプラス1問多く質問してくれたわけですから、その点ではすごく得だったですね」 「これは私自身、面接の席でいろんな方から言われたことですが、日本人とは違うバックグラウンドを持って育ったことで韓国と日本の2つの視点を持っているのはいまの時代、引っ張りだこだと思うんです」」 ここでは、近現代日本の侵略・植民地戦争の肯定である、首相の靖国参拝について、在日朝鮮人として苦痛を覚えるということではなく、あたかも日本人リベラル(保守?)のような反対理由が述べられている。また、独島(竹島)問題に関しても、どっちもどっちなどとして、あたかも日本人リベラルのような主張を行っている(そもそもこの人物は、独島問題について多分何も知らないと思う)。自分は、「反日」でも「民族主義者」でもない、「ごく普通の」「在日」ですよ、とさりげなくアピールしているわけである。早速、軽い「踏み絵」を踏んでいる(踏まされている)わけである。 また、「これは私自身、面接の席でいろんな方から言われたことですが、日本人とは違うバックグラウンドを持って育ったことで韓国と日本の2つの視点を持っているのはいまの時代、引っ張りだこだと思うんです」という発言は、その内容が事実であるとすれば(事実だと思うが)、TBSのようなマスコミが、こうしたモデル在日朝鮮人を求めていることを示唆していて大変興味深い。しかも、(「日韓和解」的な)「韓国と日本の2つの視点を持っている」在日朝鮮人こそが求められているのであって、それ固有の視点を持つはずの、在日朝鮮人としての視点が求められているのではない。そして、この人物も、そのようなTBSが欲する「在日」像に疑問を抱いていないどころか、率先してその役を務めようとしている。 もう一つ、一昨年、朝日新聞社に入社した韓国人記者(永住権のない韓国人だが、記事によれば、幼少期から高校卒業時まで日本在住とある)に関する、韓国の新聞記事を紹介しておこう(訳は私による。<嫌韓>たちのネタにされたら気の毒だから、リンクは貼らない)。 「“外国人労動者を<隣人>として見なければならないという新聞社説に忠実ならば、私を入社させてこれを立証してください。” 昨年、日本の代表的な言論機関の中の一つである、朝日新聞の最終面接試験で、新聞社役員たちに感銘を与えて入社したという 20代韓国人女性の話だ。(中略) 日本で少数者の外国人が直面する問題を一つずつ解決して行きたくて、日本の新聞社の記者になることに心を決めた。他の日本の言論機関と比較して、相対的に進歩的な論調を見せる、朝日新聞に心が惹かれた。しかし、純粋な韓国人が記者として入社した前例はなく、彼女には成すことができない夢に違いなかった。 “実は面接前日、お酒を飲んだうえに落ちるのが確実で、言うことを言って出なくちゃいけないと思いました。それで、外国人を単純な ‘安い労動力’ではなく、人格を持った <隣人>として受け入れようと書いた朝日新聞の社説について、一言指摘しました。” すると面接官たちは、「大胆な」 韓国人女性の主張に驚いたように言葉を失って、首だけうなずいたと言う。(後略)」 この韓国人女性については「よく言うわ」と呆れざるを得ないが、注目すべき点は、朝日新聞の役員たちが、このように発言する韓国人を採用しながら、一方で、周知のように酷い記事を量産していることである。役員たちは、このような発言を行う韓国人女性を採用することで、自分たちは「寛容」で「良心的」だ、という自尊心を満足させることができる(もちろん、採用それ自体としては、まさか「新聞社説に忠実」だからではなく、このように「大胆な」発言を行うこの人物の無鉄砲さ等も買われたのだろうが)。 これらの事例においては、大手マスコミの自意識と、それを利用しようとする(在日)朝鮮人との共犯関係が、明確に記されている。<嫌韓>の馬鹿どもは、こうした事例を「朝鮮人にマスコミが支配されている証拠」などと言うのだが、この<嫌韓>どもがこうした馬鹿げたことを言うがゆえに大手マスコミは自らを「良心的」または「良識派」などと位置づけることができるのであって、大手マスコミは<嫌韓>どもよりも巧妙なだけだ。もちろん、ある職場に在日朝鮮人がいるという事態は、それ自体としてはごく当たり前のことでなければおかしいが、言論機関であるマスコミにおいては、職場に在日朝鮮人がいること自体に特定の意味が発生していると思う。 ちなみに、マスコミ界隈の中年男性というのは、在日朝鮮人女性の書き手が本当に「好き」である。父性本能(?)をくすぐるのだろうか。 リベラル・左派のグループの右傾化においては、必ず、メンバーに(在日)朝鮮人が存在する。その(在日)朝鮮人の言明または黙認によって、日本人は自らの右傾化を(自己)弁明できるし、その(在日)朝鮮人は、日本人のこうした意識を読み取って、自らの利用価値を高く売ることができる次第である。 (注1)その意味で、坂中英徳が、在日朝鮮人政策を外国人の社会統合のモデルとして位置づけているのは示唆的である。坂中は例えば、以下のように述べている。 「 1000年以上も移民鎖国時代が続いた日本は移民の受け入れに適さないという見方が一部にある。 私はそのような考えに異議がある。在日韓国・朝鮮人問題と格闘してきた経験から、日本社会には異なる民族を受容する土壌があり、日本人には移民を受け入れる潜在能力があると考えている。現在、日本人と在日コリアンが友人関係・信頼関係を確立していることこそが、その何よりも雄弁な証拠である。(中略) 「在日韓国・朝鮮人問題は日本人との婚姻・血縁関係の発展という人間の自然の営みによって円満に解決された」と評価される時代も近いと思う。 今日、経済界、スポーツ界、芸能界などを見渡すと、在日コリアンの活躍が目立つ。医師、弁護士、公認会計士など専門職に従事する人も多い。 歌謡の世界は在日コリアンの存在を抜きにしては語れない。パチンコ産業を生み出し、一大遊技に発展させたのも在日コリアンだ。焼肉やキムチが日本人の好きな食べ物になったのも朝鮮半島出身者がいたからこそだ。 私たち日本人は、戦後日本に残った約65万人の在日コリアンとその子孫が、日本の社会・経済・文化の発展に貢献したことに感謝すべきだ。一方で、日本人の歴史認識が問われるとともに、在日コリアンの民族的アイデンティティがからむ、困難きわまる移民問題であった在日韓国・朝鮮人問題が解決の方向に進んでいることに自信を持ってよい。 在日コリアンとの深いかかわりの歴史を鏡とし、ニューカマーの移民と向かい合えば、日本人は「多民族共生社会」を創れるだろう。移民の受け入れにおいて日本が世界の模範になるのも夢ではない。」 http://www.the-journal.jp/contents/sakanaka/2009/12/post_43.html #
by kollwitz2000
| 2010-06-05 00:00
| 在日朝鮮人
2010年 06月 01日
1.
社民党の連立離脱で歓迎すべきは、ここ数日間の、基本的に報道価値など存在しない、社民党内部のゴタゴタのニュースの洪水が一段落してくれることであろう。もはや今国会で民主党が通したがっていた重要法案は、臨検特措法案も含めだいたい成立しており、郵政法案には社民党は協力する旨述べており、国会法改正は、社民党議員も法案の共同提案者であるから反対できるはずもなく、社民党の連立離脱云々に大した意味はない。連立離脱は、民主党内での鳩山おろしの動きとも連携しつつ行われているのであって、社民党が民主党の別働隊という性格は基本的に変わらないだろう。 最近、地方在住の知人が社民党の人から聞いた話によれば、その地方では今や、当選の見込みがないから市議選にすら候補者を擁立できなくなっているらしい。各種の世論調査を見ても、社民党の支持率は低い。福島瑞穂も、このままでは参議院選の一議席(福島)の確保すら危ないと見て、今回の「頑張り」に及んだのではないか。議員でなくなれば、福島個人の今後の政治活動は大幅に制約されてしまう。福島が「私を罷免することは、沖縄を切り捨てること、国民を裏切ること」などと、まるでフランス革命下の政治家のように芝居がかった発言をしているのも故なしとしない。 「連立よりほかに道はなかった」ということは決してない。「みんなの党(再版「日本新党」)と大連立」で書いたように、初めから連立など組まなければ、今「みんなの党」に流れている民主党への不満の声を社民党は一定吸収しえたはずであって、その存在感を下に「県外移設」反対を主張した方が、はるかに抑制力に成り得ていただろう(無論、社民党の「グアム・テニアン」案は全く容認できないが)。この場合は恐らく、民公連立政権になっていただろうが、ある右派サイトも指摘しているように、基地移設問題での公明党の論調は世論次第で日和見しているのであって、公明党の政治力は社民党とは雲泥の差であるから、民主党にとっては社民党などよりはるかに厄介であったはずである。無論、それならば絶対に「県内移設」は防げた、などとは言わないが、少なくとも、連立への参加以外にで選択肢がなかった、ということではない。以前に書いたように、基本的にこれは「日本国民」としての内部の問題なので、私自身は特に主張するわけではないが、民主党の胸先に依存する大博打であった、連立への参加を行っていなければ、仮に「県内移設」を民主党政権が決めたとしても、反対運動全体がより強く展開できたはずである。 民主党は、社民党との連立でリベラル・左派を味方につけつつ、公明党との連立という厄介かつ計算困難な道に進むことなく、トップの金権スキャンダルや政権の支持率低下を受けながらも、多くの重要法案の成立と「日米合意」にこぎつけたのである。鳩山が辞任しようがしまいが、これで、参院選で大敗したとしても、連立の組み替えで、民主党政権は比較的安泰であろう。皮肉抜きに、鳩山首相はなかなか強かな政治家だと思う。 2. 政局話はさておき、私がこのところ気持ち悪く思うのは、一部のメディアやウェブ上の左派の、福島瑞穂は頑張った、社民党は頑張った、という論調である。便宜上「頑張った」論、としておこう。 はじめに確認しておかなければならないが、そもそも国会法改正や臨検特措法案に賛成しているのであるから、事実の問題として、護憲政党としての社民党は終焉している。「頑張った」論は、この明白な点を黙殺することによってのみ成立するものである。 それでは、国会法改正や臨検特措法案に賛成しながら、「県内移設」に反対する心性および論理とは、いかなるものであるのか。格好の文章があるので、見ておこう。 佐藤優は、以下のように主張している(強調は引用者)。 「実は今、沖縄は勝っている。一昔前なら、昨年11月のオバマ米大統領訪日前に辺野古移設の決定を強行されて終わり。少なくとも年内には決まっていた。 国家間の国際約束には2種類ある。法的拘束力を持つ「条約」と、法的拘束力のない「合意」。海兵隊のグアム移転協定は国際法的には条約だ。対して普天間の辺野古移設は日米間の政治合意でしかなく、重みが違う。政治意志で変更することが可能だ。小沢発言を受けて、外務省国際法局はすでに辺野古を落とす(除外する)準備を始めていると聞いている。物事は動いている。私は外務省にいたから官僚の動きがよく見える。 県外・国外移設は沖縄の「地域エゴ」との指摘もあるが、そもそも国家は地域エゴのぶつかり合いで成り立っている。しかも沖縄には「平和」「戦争を起こさない」という大義名分がある。堂々と主張すべきだ。民主主義は数の論理だから、国民の1%にすぎない沖縄県民が何も言わないのは圧倒的に不利だ。 一方、日本が沖縄に関して米国に譲ってもらうと、それに対する見返りをしないといけない。そこで集団的自衛権の行使が出てくる可能性はある。より機動的に自衛隊を海外へ派兵する形を整え、総合的に日米同盟を強化する目的だ。 実は護憲、とくに憲法9条を守る意味もある。集団的自衛権は憲法上、国家として持っているが、内閣法制局の解釈として行使できないとなってきた。憲法を変えずに解釈の変更で済ませば、9条の文言を変える必要が無く、結果的に憲法を守れる。この議論も、最終的には国民の判断を尊重すべきだろう。」(聞き手 政経部・吉田央)(沖縄タイムス1/9掲載) http://michisan.ti-da.net/e2929901.html 「外務省国際法局はすでに辺野古を落とす(除外する)準備を始めていると聞いている。物事は動いている。私は外務省にいたから官僚の動きがよく見える。」など、佐藤の「インテリジェンス」の水準とハッタリ具合がよく現れている、なかなか興味深い文章だが、重要な点は強調箇所(下線・太字)である。この点に関しては、佐藤はおかしいことは言っていないのであって、現水準での「日米同盟」の緊密性を維持するならば、「県外移設」が実現したとしても、論理的帰結は上のようなものになるだろう。佐藤の指摘を待つまでもなく、自明なことである。 佐藤を批判する右派のブログ「狼魔人日記」は、上の佐藤の発言を紹介しつつ、以下のように述べている。 「沖縄の論壇に登場する佐藤氏は「米軍基地撤去」「護憲」といった左翼を扇動するような発言で人気を博していたが、上記記事を見たら裏切られたと思う佐藤ファンも多いだろう。 つまり、沖縄の「民意」を煽って「辺野古反対」を叫べば米軍基地が撤去されると単純に考えていた左翼の佐藤ファンは、自分等の反対行動が、結果的に「集団自衛権の行使、容易な自衛隊の海外派兵、日米同盟の)強化」に繋がっていくと知ったら裏切られた思うだろう。 沖縄で佐藤氏の講演会に集まるファンは「反戦平和」つまり「軍事力に寄らない話し合いによる平和」を信奉する人々がほとんどであり、これは沖縄タイムスの論調でもある。 このように沖縄タイムス紙上で、自分の立ち位置が、「軍事力による抑止力の平和を信奉する」とカミングアウトしてしまった佐藤氏は、今年は沖縄での講演会もやりにくいだろう。」 http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/e82590e6e37302f031dd2f7112c8b456 だが、佐藤は相変わらず「沖縄での講演会」を続けており、沖縄メディアへの登場が減ったわけでもない。念のために言うが、狼魔人氏はおかしいことは言っていないのである。仮に佐藤を持ち上げる沖縄の護憲派が、狼魔人氏が言うように、「反戦平和」の人々であれば、確かに佐藤は沖縄で活躍できなくなったであろう。だが、そうはならなかったのである。 私見では、この佐藤の発言や、こうした発言を行う佐藤に相変わらず沖縄問題を語らせるリベラル・左派(沖縄のそれをも含む)の姿勢から、彼らが、暗黙のうちに考えている前提が現れているように思う(佐藤は公然と語っているわけだが)。 この、「見返り」としての「集団的自衛権の行使」容認という路線は、仮に民主党政権下で「県外移設」が実現した場合の落としどころとして、暗黙のうちに、一部(?)の護憲派や左派の間に認識されていた(いる)のではないか、と私は思う。もちろん当人たちは、建前としては容認しないであろうが、こうした論理を肯定的に語る佐藤に関して、沖縄タイムスその他の「護憲派」は、拒絶の姿勢を全く示さないどころか、むしろ迎合している。現に、佐藤の発言の掲載元である上のブロガーも、護憲派かつ基地反対派でありながら、佐藤の発言については「最後の集団的自衛権のところは???ですが、他のところはなかなか示唆に富んだ提言だと思いますので紹介します。」と、大して違和感を持っていないように見える。 「実は護憲、とくに憲法9条を守る意味もある。集団的自衛権は憲法上、国家として持っているが、内閣法制局の解釈として行使できないとなってきた。憲法を変えずに解釈の変更で済ませば、9条の文言を変える必要が無く、結果的に憲法を守れる。」などという主張は、まるで「マガジン9条」の本音を代弁しているかのようである。小沢一郎が進めようとしているアフガン派兵が実質的な集団的自衛権の行使であることは言うまでもないが、その際には恐らく、「国連決議の下での集団安全保障」の名目の下、「マガジン9条」周辺で、アフガンへの積極的介入を主張する論者たちの、「憲法9条」(伊勢崎賢治)や「平和構築」(東大作)といった美辞麗句が存分に利用されるはずである。現実に、「マガジン9条」は、内閣法制局長官の答弁禁止は問題ない、という主張をたびたび掲載している。 まさに「9条の文言を変える必要が無く、結果的に憲法を守れる」のである。そして、遺憾ながら何度でも強調しておかなければならないが、このようにして守られる「憲法9条」が、「護憲派」以外の全ての世界の人民にとって、「平和国家」なる噴飯物の大義名分または使命感によって軍事介入する口実を与えるという点で、明文改憲よりも災厄であることは言うまでもない。 3. 「頑張った」論が不愉快なもう一つの理由は、それが、「政権交代」に拍手喝采し、民主党政権を擁護し続けた、メディアや論者たちの防御線として打ち出されていると思われる点である。 テレビを見ていると、社民党の政治家たちは福島が罷免されたことを強調し、被害者面している。だが、言うまでもないが、社民党は、このような詐欺政権の片棒を担いだ政治責任を有する。ところが、それが追求されると、今度は、民主党との連立を煽ったリベラル・左派メディアや論者たちの責任も問われかねないだろう。 以前、私は以下のように書いた。 「ちょうど、現在の事態は、「現実的に言えば、野党第一党だから言うんだが、社会党をまずぶっ壊さなきゃならない。それには小選挙区制という制度を、ほかにいい知恵があればほかでもいいんだけど、やらなきゃならんと。」(朝日新聞政治部『小沢一郎探検』朝日新聞社、1991年9月、200頁)と小沢一郎が公言しているにもかかわらず、社会党が、小選挙区制を飲み込んだのと同じである。このときも、山口二郎や『世界』(当時の編集長は山口昭男・現岩波書店社長。岡本厚・現編集長も編集部員)など、社会党に近い学者やジャーナリズムが「政権交代」の大義を喧伝したから、社会党は降り(られ)なかったわけだ。完全に当時を反復している。」http://watashinim.exblog.jp/10540210/ したがって、「頑張った」論の下で、「福島や社民党は被害者」という表象が一般化すれば、「政権交代」だの「大転換」だのと大騒ぎしたリベラル・左派の責任も問われなくてすむわけである。護憲派や左派のジャーナリズムや論者たちは、少し前まで「民主党は自民党と同じ」と(正しく)主張していたのに、いつの間にか「政権交代」の大義や社民党の政権参加を自明視するようになり、民主党政権を礼賛し、またいつの間にか民主党政権から距離を置くようになっている。みんな共犯者である。だからこそ、福島や社民党は、まるで筋を通したかのように論じられるのである。以前指摘したように、社民党自体は解釈改憲政党と見なすべきであって、もはや後戻りはない。リベラル・左派のジャーナリズムや論者たちは、自分たちの責任逃れのためにも、社民党を相変わらず持ち上げることだろう。日本のジャーナリズムで一貫しているのは、もはや、日刊ゲンダイくらいのようだ。そして、「頑張った」論を展開するメディアや論者たちは、日刊ゲンダイのグロテスクさと五十歩百歩である。 繰り返しになるが、社民党は国会法改正への賛成によってあっさり(実質的に)認めてしまったが、憲法問題の(とりあえずの)焦点は、集団的自衛権の行使の容認の是非であって、明文で9条を変えるかどうかではない。、この焦点からすれば、社民党が存続するか解党するかなどといった問題など瑣末なことであって、「頑張った」論は、こうした現実をまさに隠蔽する、悪質な働きを行う言説である。 #
by kollwitz2000
| 2010-06-01 00:00
| 日本社会
2010年 05月 26日
5月25日の朝日新聞の社説を見て、笑ってしまった。以下のようなものである(強調は引用者)。
「北朝鮮の挑発―日米中韓の連携が鍵だ だれも新たな軍事衝突に発展することは望まない。しかし、異様な独裁体制に武力挑発をやめさせるためには強い圧力が必要だ。 北朝鮮の魚雷による韓国哨戒艦の撃沈を受け、韓国をはじめ各国が直面しているのは、そうした難しい課題だ。緊密な国際的連携で解決への道筋を見つけ出さなければならない。朝鮮半島の安定に大きなかかわりを持つ日本にとって、これは自身の問題でもある。外交や可能な法的手段を動員して事態の打開に努めたい。 「北朝鮮の軍事挑発であり、北は相応の対価を払うようになる」 韓国の李明博大統領はきのう発表した談話で北朝鮮を強く非難した。 来月は、朝鮮戦争の勃発(ぼっぱつ)からちょうど60年。「この60年、北は少しも変わらなかった。同じ民族として実に恥ずかしい」。大統領の言葉には強い憤りといらだちがにじんだ。 韓国は「対価」として、北朝鮮との交易や交流を原則的に止めることを決めた。武力侵犯には「即刻、自衛権を発動する」とも強調した。 また、米軍と合同で対潜水艦演習を実施し、米国主体の大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)による海上封鎖訓練も行う意向を明らかにした。 北朝鮮は激しく反発する姿勢を見せている。魚雷攻撃を否定し、「戦争局面に入った」と脅す。韓国が北朝鮮との境界付近に設けている対北宣伝用のスピーカーを撤去しなければ射撃すると警告、「核抑止力を拡大・強化する権利がある」と主張した。 応酬を衝突にエスカレートさせてはならない。緊張を過度に高めることなく、北朝鮮に自制を迫るために国際社会は何ができるか。韓国は国連安全保障理事会に問題を提起する方針だ。安保理のなかでも米中両国の役割は重い。日本も非常任理事国だ。 折しも北京で米中の戦略・経済対話が始まった。クリントン国務長官は「北朝鮮問題で米中は共同で対処しなければならない」と語った。米議会内ではすでに北朝鮮をテロ支援国家に再び指定すべきだとの声も出ている。 経済的に北朝鮮を支える中国が平壌に圧力を加え、暴走を阻むことは、中国に国際社会が求めている役割だ。 鳩山内閣はきのうの安全保障会議で、韓国を支持して日米韓の連携を強めることを確認した。 中国への働きかけも鍵だ。月末の日中韓首脳会議は大切な舞台になるが、事態は切迫している。米、中、韓、ロシアという関係国の外相会談を緊急に呼びかけてはどうか。 核開発に対する安保理制裁を受けて、北朝鮮船などの検査を可能にする貨物検査特別措置法案が衆院を通った。北朝鮮への国際的な包囲網を強めるためにも、成立は不可欠だ。 」 http://www.asahi.com/paper/editorial20100525.html?ref=any 冒頭と結語は矛盾している(だいたい、右派は「軍事衝突」を望んでいるだろう)。臨検特措法(ここでは貨物検査特別措置法案)が成立すれば、公海上での自衛隊の臨検が可能となるのであるから、高い可能性で「軍事衝突」が生じるのである。だから、戦争への「覚悟」がないのであれば、臨検特措法を成立させる理由はさっぱりわからない。産経新聞その他の右派の方が首尾一貫している。 今の朝日は、次にどういう事態が生じるかはある程度わかりつつも、特に覚悟もないままに世論を煽っていた、15年戦争下のマスコミそのものである。「朝日新聞の戦争責任」の追及といった、アリバイをやっているだけになおさら、体質が変わっていないことに無頓着だ。 朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国との国交断絶を宣言したが、南北間の戦争が起こるとすれば、直接生じるというよりも、例えば自衛隊の臨検により、日朝間で生じた軍事衝突が本格化していき、それが飛び火する形で起こる可能性が高いと思う。 #
by kollwitz2000
| 2010-05-26 00:00
| 日本社会
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