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2009年 07月 19日
12 「東アジア唯一の平和国家」という表象の下での右傾化
「平和国家」という自己認識を持つ「ウヨク」または「サヨク」たちは、一致して、格差社会の惨状を嘆き、村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチに涙し、北朝鮮の核実験に対して「唯一の被爆国」としての怒りを表明し、在特会のあからさまかつ行き過ぎた言動・行動に眉をひそめる。みんな、いい人たちで、「平和」を愛する人々なのだ。「一党独裁支配」の中国や北朝鮮、ナショナリズムが「過剰」で徴兵制のある韓国、軍事的緊張化に置かれている台湾など、周辺諸国は「平和」とはほど遠い状態だ、それに比べてわが日本は・・・と彼ら・彼女らは、「戦後日本」とこれからの日本に誇りと自信を持っていることだろう。 連載の「11」で示したように、日本国家の右傾化は、こうした、日本が「東アジア唯一の平和国家」だという自己認識を持った人々による、日本国内の極右勢力との抗争プロセスを通じて、意図せざる形で、進むことになる。 東アジアの周辺諸国からすれば、これは、かつての自民党右派政権よりもはるかに厄介である。「中東唯一の民主国家」という自己認識を持ったイスラエルのような国が、イスラエルよりもはるかに強大な軍事力・経済力を持って、東アジアに誕生したことになるのだから。ただ、イスラエルほどは、軍事的要素が社会の前面に出てこないとともに、社会の民主化も進まないだろう。 また、仮に「東アジア共同体」といった形で、韓国や中国など周辺の中大国と集団的安全保障を結んだ場合は、より強い脅威を受ける対象が、周辺諸国ではなく、世界レベルに拡大される、というだけの話である。その場合、「対テロ戦争」がますます徹底的に遂行されることになる。 この右傾化の動きは、民主党政権または大連立政権下で、より強くなっていくだろう。 この状況下では、「護憲」も、日本の侵略責任・戦争責任の観点から捉える視点がない限り(そして、近年の「護憲」論は、ほとんどの場合、そうした視点はないのだが)、 上記の抗争プロセスに回収されるだろう。そして、<佐藤優現象>や、連載の「1」でも言及した、安部政権崩壊(または2007年参議院選)後の右傾化においては、まさに、「護憲」論の上記の抗争プロセスへの回収が著しく進んだ、と言ってよいだろう。 もう少し言うと、もはやこの段階においては、「護憲」か「改憲」か自体は本質的な政治的争点ではなくなっている、ということである。もちろん私は、どっちでも同じだから改憲してもいいのではないか、と言っているのでは全くなく、改憲または安全保障基本法の制定が、右傾化の大きな前進であることは言うまでもない。だが、「戦後社会」を肯定する護憲論は、民主党の安全保障基本法には多分ほとんど抵抗できないだろうし、彼ら・彼女らの中では有力な代替案である「平和基本法」も、「<佐藤優現象>批判」で書いたように、論理としては安全保障基本法と大して変わらない。 むしろ、本質的な争点は、過去清算をろくに行なわず、また、当面は行なう見込みのない日本が、「普通の国」として軍事活動を行なうことへの、周辺アジア諸国の民衆からの抗議と警戒の声とどう連帯するか、ということになると思う。要するに、日本の右傾化を規制する実体のある勢力は、当面は外部しかないのであって、その外部とどう連帯するか、ということである。 無論、そうした抗議と警戒の声や、連帯しようという行為は、日本社会においては「反日」だと表象されるだろう。だが、「反日」という非難を意に介さず(もちろん「非難に抗して」でもよいが。念のために書いておくと、以前書いたように、文言としての「反日」を掲げるべき、ということではない)、連載の「10」で言及したような、「正義」を回復するために、または(および)、日本国民の政治的責任を果たすために、過去清算を行うという立場で行かない限り、上記の抗争プロセスに回収されるだけだと思う。そうしたことを主張する人々や運動が、現在ではどれほど微力であっても、本質的な政治的争点はそこにしかない、と思う。 (おわり)
by kollwitz2000
| 2009-07-19 00:00
| 日本社会
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