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2009年 09月 03日
4-2.護憲的解釈改憲論への移行
2006年夏前後の転向前1年間にわたる姜の模索期において、まず注目されるべきは、この時期に、姜が、護憲的解釈改憲論――しかも、小沢一郎の憲法9条解釈に近いもの――に、立場を移行させている点である。これによって、姜の安全保障論は「国益」論的立場のものに純化し、姜の憲法論における憲法9条の規範性は実質的にほぼ消滅した、と言えるだろう。 こんなことを言うと、奇妙に感じる読者もいるかもしれない。姜といえば、護憲派というイメージが強い(そもそも在日朝鮮人が、一般の日本人と同じ立場で「護憲派」となっていること自体が奇妙なのだが)だろうし、特に、戦後60年の2005年には、いろいろな媒体で護憲のメッセージを積極的に唱えている。 だが、まずはじめに確認しておかなければならないのは、2005年以前には、姜は取り立てて積極的な「護憲派」ではなかったことである。 「憲法第9条の第2項を変えるなら、たとえば東北アジアにおける国際的な警察機構の創設を考えてみる。それは最終的には国連軍になると思いますが、まだそこまでは現実的になっていませんから、警察機構のようなものをつくる。そのために、憲法第9条第2項の積極的な生かし方を考えるべきだと思います。ですから、第9条は、単に憲法の文言を変えればいいという問題ではなくて、日本の外交や総合的な安全保障にどれくらい力量があるかがわかって、はじめて生かされるものなのです。それを議論しないで、ただ文言だけ変えれば新しい次元が展開されるというのは本末転倒だと思います。」(姜尚中『東北アジア共同の家をめざして』平凡社、2001年11月、219頁) 「究極的には国連を中心とする――これは小沢一郎さん的になるかもしれませんが――多国籍軍の中に入り、一緒に行動をするのか。しかし、ここでも大きな問題が発生します。憲法第九条は国連憲章と原則的には同じですけども、国連憲章には、やむを得ざる場合には自衛権の行使として軍事力の行使を認め、そして集団的に軍事的な制裁を行なうことを認めています。 その場合に日本は、いわば多国籍軍に自衛隊を派兵するのかしないのかということです。これはいうまでもなく、自衛隊を派兵すれば多国籍軍の指揮下に入ります。私は、そうなった場合には、これは憲法第九条の第二項を変えなくても、付属的な規定を設けざるを得ないのではないかと思います。つまり、自衛隊を別組織として組織し、その部隊を外に出さないということは、おそらくできなくなるんじゃないかと思います。 (中略) さあ、それで私の結論ですが、結局、日米の二国間主義から、特にアジアとの多国間主義へ。そして、その延長上に国連中心主義。その限りにおいて、日米安保は極東の範囲だけに限定して、日米安保を尊重する。そして、そのようなシナリオが出来上がったときに、多国籍軍に日本が参加する場合には、これは憲法第九条の改正もあり得るということです。別組織として、多国籍軍、将来的には国連軍の指揮下に日本の自衛隊が入るということは、あり得ると思います。」(姜尚中「憲法改正論議の本質 講義2004年11月8日」田原総一朗・早稲田大学21世紀日本構想研究所『田原総一朗の早大「大隈塾」講義録2005――「激論!日本」政治編』ダイヤモンド社、2005年4月、229~231頁) 上記の引用文での姜の立場は、多国籍軍または国連軍の指揮下に自衛隊が入るならば、改憲は必要だ、ということである。これは、決して、単なる憲法解釈ではない。姜は、周知のように、「東北アジア共同の家」(東アジア共同体)の積極的な提唱者であり、その前段階として、上記の引用のように、「東北アジアにおける国際的な警察機構」の設立を謳っているのだから。ここでの姜の立場は、「東北アジアにおける国際的な警察機構」を実現するためにも、ゆくゆくは改憲は必要だ、という立場である。 これは、同じく「東北アジア共同の家」(東アジア共同体)の代表的な論者である、和田春樹とのこの時点での違いでもある。和田の場合は、改憲の必要性は生じない。なぜならば、和田は、「<佐藤優現象>批判」でも紹介した、護憲派の解釈改憲論と言うべき「平和基本法」の提唱者の一人であり、和田の「東北アジア共同の家」論は、そうした解釈改憲論が前提となっているからである。そのことは、以下の和田の発言からも明らかであろう。 「世界戦争の時代が終わり、ソ連社会主義が終わるという大転換の中で、私は1993年『世界』4月号での「平和基本法」の提案に参加した。軍縮を前提とする地域的安全保障機構の創出のためには、憲法9条のもとに「平和基本法」を制定し、自衛隊と日米安保を認めるところから出発しなければならないというのが、私のモチーフであった。提言には、私の「共同の家」構想は盛り込まれていないが、それが私の提言参加の基礎にあった。」(和田春樹『東北アジア共同の家』平凡社、2003年8月刊、21頁) 興味深いのは、かつての姜が、「平和基本法」(『世界』1993年4月号)が発表された頃に近い時期に、恐らく「平和基本法」をも(をこそ)念頭において、リベラルからの解釈改憲論を警戒していることである。 「ひとつだけいえることは、いまのリベラルという勢力は、場合によっては憲法9条に関して解釈改憲ないしは明文改憲までいく可能性がないとはいえないということです。少なくとも日本の政治を55年体制から変えなければならないというさまざまな変革の動きは、日本の国際貢献に関してはほぼコンセンサスができあがりつつあり、それとの関連で憲法9条の規定を取りはずすか、その理念の解釈がえをはかりたいという勢力が台頭しつつあると思います。 先走った話をいえば、自民党、新生党、公明党から社会党右派、日本新党、ほぼだいたい平和憲法の重要な部分について修正もしくは憲法改正までを射程に入れられるような政治勢力が出てきたということです。ということは、憲法改正の可能性がより広がったということです。自民党一党ではできなかった憲法改正について、半ば支持を与え、半ば躊躇しているにしても、その可能性は55年体制よりもより強くなったと考えなければならない。 こう考えていきますと、自由主義勢力がこれからより強くなっていくのか。これがじつはあまり大きな力をもちえなくなって、社会党に代表されるような護憲勢力は空中分解し、そしてニュー保守党、あるいはネオ・ナショナリスティックな政治勢力が大きな力をもってくるのか。これはひじょうに見通しがきかない状況にいまあると思います。 このことをアジアの周辺諸国はいちばんかたずをのんで見守っているのです。教科書問題および大葬の礼のときに、台湾の新聞だったと思いますが、日本に新しい風が吹くときアジアは身構えると。それがどちら側に向いていくのかということがいま試されていく状況のなかで、アジアにいま大きな変化が起きている。 私自身は正直申しあげて、残念ながら、どうも日本のリベラルというものに対して、自由主義勢力に対してあまり信頼がおけません。」(姜尚中『アジアから日本を問う』岩波ブックレット、1994年3月、42~43頁。同書は、「1993年10月2日に東京YMCA会館で行われた講演に、大幅補筆したもの」(55頁)) したがって、姜による2004年頃までの東アジア共同体論においては、和田のような解釈改憲論は前提とされていないと言えるだろう。さすがに(在日朝鮮人たる)姜は、「平和基本法」のような議論が、「アジアの周辺諸国」から見れば改憲論の一バージョンであることを正確に認識しており、容認し得なかったのだと思われる。 姜の2004年頃までの東アジア共同体論に関する上記の引用でもう一点注目すべきは、小沢一郎の名前が言及されていることである。姜はここで、小沢の議論を念頭に置きつつ、その方向性を基本的には肯定しながらも、それを実現させるためには改憲が必要だ、と言っているわけである。小沢は本質的には改憲派だが、国連決議があれば、現行憲法下でも多国籍軍・国連軍への参加は可能、という立場である(注13)。したがって、ここでの姜と小沢の立場は、近似しつつもズレがあるのである。 ところが、転向前の模索期である、2005年7月13・20日のインタビューでは、姜は、以下のように述べている。 「姜 (中略)今考えると、あれかこれかを迫られたとき、ただの護憲派ではマジョリティを形成できない。実際にどういうことを政策的に選択できるか、という、青写真を示してこられなかった。だからこそ今、日米安保を段階的に解消し、平和憲法の理念をベースにして、東北アジアの集団安全保障機構を構想しなければならないんです。」(「マガジン9条」編集部編『みんなの9条』集英社新書、2006年11月刊、121頁) 「東北アジアにおける国際的な警察機構」を作るには、改憲しなければなかったのではないのか?それが逆に、ここでは、日本国憲法こそが「東北アジアの集団安全保障機構」の「べース」だということになっている。念のために言うと、これは、「「マガジン9条」なる護憲派のウェブサイトに掲載されたインタビューであり、姜の文章全体が護憲の必要性を訴える論旨であるから、ここで姜は、理念さえ残せば改憲してもよい、という文脈では語っていない。 もう一例見てみよう。2006年5月8日に行なわれたという、学生との質疑応答である。 「学生1 お話、ありがとうございました。姜さんは、東アジア共同体の構想を持ってらっしゃいますけれども、日本の憲法の第九条において、集団的自衛権が認められていないという現状があります。日本が今後、その共同体に参画していく上で、現行の九条というものは、その障害になっていかないでしょうか? その点をお聞きしたいと思います。 姜 憲法九条をめぐっては、いろいろな考え方があると思います。特に憲法九条の第二項です。これを変えるべきなのか変えるべきではないのか。僕としては、今のところそれを変えるという政治的なイシューにしないほうがいいのではないか。もうちょっと時間をかけてやったほうが、いいのではないかという考え方です。 というのは、やはりまず北朝鮮の問題が解決されてから、さらにいえば中台問題もクリアされ、これら複雑な問題が、本当にクリアできてからの憲法改正だと思います。 田原 姜さん。たとえばヨーロッパにはEU(欧州連合)があって、EUは事実上、EU軍という軍隊も持っています。東アジア共同体をつくる場合、当然ながらアジアの安全保障のための軍隊を つくるということになる。そうすると、それに日本が参加するためには、集団的自衛権がないと参加できないんじゃないですか。 姜 それは、誤解でしょう。集団的自衛権と集団安全保障体制は違う。ですから、東アジア共同体においても地域安保というのは必要でしょう。しかしそれは、いってみれば、たとえば小沢一郎さんがいっているように、もし国連軍があれば、自衛隊をその傘下に入れてもいいと、国連軍に日本の自衛隊が参加することは、国権の発動ではないから違憲ではないといっています。ややそのロジックと似ているかもしれませんけれども、地域安保、たとえばNATO(北大西洋条約機構)という安全保障体制の中でのNATO軍というのは、それぞれの国が分担して、それを統合参謀本部の中に置くわけでしょう。だから、将来、これはずっと将来でしょうけれども、アジアにも地域的な安全保障体制ができ上がって、そこに日本なら日本の自衛隊が、あるいは韓国の国軍が、統合された参謀の中に置かれれば、これは集団的自衛権とはまったく別の概念になります。 田原 つまり、集団的自衛権を行使しなくても……。 姜 大丈夫だということです。 田原 アジアの安全保障は機能すると。 姜 はい。だから集団的自衛権と集団安全保障体制というのは、別のものだということです。」(姜尚中「「日米同盟」と「東アジア共生」は両立できるか 講義 2006年5月8日」『田原総一朗 誇りの持てる国 誇りの持てる生き方――早稲田大学「大隈塾」講義録1 2006-2007』) 姜の主張をまとめれば、東アジア共同体の地域安保には、現行憲法でも自衛隊の参加は可能だ、ということである。そしてここで重要なのは、姜自身が、それは、小沢一郎と近似的な性格の憲法解釈に基づくものであることを認めていることである。 転向前1年間の模索期における姜は、確かに「護憲」の主張を強く押し出すようになっている。だが、それは、姜が、「平和基本法」的な――(当時の)民主党的な解釈改憲論に移行した、ということをも意味しているのであって、それまでは堅持していた、(「平和基本法」のような左派版も含めた)解釈改憲を容認しないという立場の放棄でもあるのだ。ややレトリカルに言えば、姜は、「護憲派」の立場を明確にすることによって、右傾化しているのである(注14)。 (注13)この点は誤解している人をたまに見かけるので、小沢の発言を引用しておこう。 「学生2 小沢先生は、国際平和軍というか、国際平和活動部隊を自衛隊とは別組織として新たに創設して、平和活動に参加する部隊をつくるようなことをおっしゃってます。そこに興味があるので、ぜひこの場で、小沢先生のお□からお聞きしたいなと思いました。よろしくお願いします。 小沢 憲法上は、自衛隊をそのまま派遣しても違憲ではないと私は思っております。ただ、なぜ国際協力の別な部隊をつくるかといいますと、日本国内でも、すっと自衛隊は専守防衛でやってきました。諸外国に対しても、近隣諸国に対しても、そう説明してきました。ですから、政治的な意味において、内外に誤解を与えないためには、国際連合、国際協力のために日本はやるんだということをはっきりしたほうが、手段として誤解がなくて済むのではないだろうか、というふうに私は考えたものですから、私は、別部隊のほうがいいと。」(小沢一郎「憲法改正私案 講義2004年10月4日」『田原総一朗の早大「大隈塾」講義録2005――「激論!日本」政治編』192頁) (注14)この期間の以下の文章も、一見もっともなことを言っているように見えるが、むしろこれは姜がすでに「国益」論的立場に立っていることを示唆しているものとして読むべきだと思う。 「テロとは、非国家集団や組織が、特定の国家の国民の生命を危険にさらすことによってその国家に圧力を加え、思うように動かすことを目標とするものです。テロ対策を理由に9条の「改正」を唱える人たちは、依然として国家間の戦争を想定しているわけです。しかし、この「テロ」集団と国家という両者のあいだに決定的な差がある戦争においては、軍事力という古典的な考え方はあまり有効ではない。軍事力では決してテロは終息しないのです。 むしろ、国際紛争を解決するための手段としての武力の行使を放棄した、いまの憲法9条の枠組みのほうがテロには対応している。一見遠回りのようでも、その枠組みのなかで、テロを引き起こす原因自体に対処していかなければならないのです。 仮にテロに対して軍事力が必要だとしても、9条を変えなくても、事実上、国民に認知されている自衛隊がすでにあるわけです。」(姜尚中「私はこう思う」井筒和幸ほか『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』岩波ブックレット、2005年8月、24~25頁) この箇所の小見出し(多分、編集者がつけたものだろうが、著者である姜も了承しているだろう)は、「憲法9条の枠組みのほうがテロには対応している」である。 この文章を好意的に解釈すれば、姜は、先進国と第三世界の経済格差の是正を呼びかけ、先進国による「対テロ戦争」という名の軍事活動に反対しているのであって、対テロ戦争の枠組みに反対している、と読めるかもしれない。だが、本文で挙げたような姜の一連の発言に照らせば、この文章はむしろ、対テロ戦争への軍事活動の意義を一定認めつつも、非軍事的貢献を重視すべきだと訴えている文章だと理解した方が妥当だと思う。姜が「憲法9条の枠組み」に対置しているのは、対テロ戦争自体の枠組みではなく、「軍事力」のみで対テロ戦争を遂行しようとする枠組みであろう。日本の<周辺有事>において、「事実上、国民に認知されている自衛隊」が対テロ戦争に従事することは、姜のこの文章においても否定されていないと思われる(「仮に」と留保はつけてはいるが)。 (つづく)
by kollwitz2000
| 2009-09-03 00:00
| 姜尚中
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