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2009年 09月 06日
4-5.「平和国家」としての戦後日本の積極的肯定
この模索期(2005年夏頃~2006年夏頃)の特徴としては――既に2005・2006年以降の左派の主張の特質としてかつて指摘したことであるが――姜が、戦後日本を「平和国家」または成功した国家として描き、それを積極的に肯定する姿勢も挙げておこう。これは、『東北アジア共同の家をめざして』を除き、それまでの姜にはあまり見られない傾向である。 そもそも、かつての姜の「戦後社会」認識とは、例えば、以下のようなものである。 「戦後の平和主義・護憲主義が、冷戦という歴史的な制約条件と、その意義について深く掘り下げてこなかった・・・・・・自分たちの戦後の原点が、冷戦と深くかかわっており、それが近隣アジア諸国にとって新たな苦難のはじまりとなり、自分たちには「一国内平和と繁栄」をもたらすことになった、その落差の意味を問いつめてこなかった・・・・・・。」(『アジアから日本を問う』46頁) 従来の姜といえば、戦後社会と戦前の「国体」ナショナリズムとの連続性、戦後社会における在日朝鮮人の社会的排除、戦後日本国家の侵略・植民地支配責任の未清算、米国の軍事活動(朝鮮戦争・ベトナム戦争等)への日本の協力等を、批判してきた人物である。特に90年代においては、姜が、戦後社会だけではなく、「戦後民主主義」の代表的人物たる、丸山真男や大塚久雄の思想の「国民主義」的限界を批判してきたことも、よく知られていよう。 そうした姜の姿からは、姜が戦後日本を積極的に肯定する、といった事態は起こり得ないように思われるかもしれない。だが、それは実際に起こっているのである。経過をたどると、その前段階として、「戦後民主主義」の肯定、という立場への移行が起こっているようである。まず、その点を見ておこう。 まず、姜の丸山評価が変化していることを挙げておこう。そのことを姜は、自ら明言している。 「姜 (中略)最近、丸山真男さんに対する私の評価は、少し変わりました。市民による国家の制御と政治参加の問題や、永久革命としての民主主義の絶えざる自己変革などを考えるとき、彼の仕事は貴重なレガシーです。」(姜尚中・宮台真司『挑発する知――国家、思想、そして知識を考える』双風舎、2003年11月、97頁。対談日は2003年7月19日らしい) 上の発言とほぼ同時期に、姜は、内田雅敏と2回の対談を行っており(2003年4月29日、7月20日)、その対談を中心とした本を出版しているが(姜尚中・内田雅敏『在日からの手紙』太田出版、2003年10月)、同書の「あとがきにかえて」で、以下のように述べている。長くなるが、興味深い一節なのでご寛恕いただきたい。 「大日本帝国の「実在」よりも、戦後民主主義の「虚妄」に賭ける。この戦後日本を代表する知識人・丸山真男の言葉は、戦後というものの可能性を見事に言い表している。それは、まだ実現されていない理想に対する決然とした「自己投企」によってかろうじて叶えられるような絶えざる自己変革を意味している。この意味で、戦後民主主義は、もっともラディカルな「永久革命」にほかならないのである。 内田さんをみていると、まさしくそうしたエートスが漲っていた時代の申し子のように思えてならない。わたしが内田さんのなかに感じるのは、内田さんのなかに血肉化された戦後民主主義の初々しい息吹である。永久革命としての民主主義をその身体丸ごとを賭けて実践しているという意味で、内田さんの人生は、戦後民主主義の歴史そのものの歩みと重なっている。(中略) そして戦後民主主義がそうであるように、内田さんにとって平和憲法こそ、可能性としての戦後を体現した理念の集積であるに違いない。(中略) こうした内田さんと対談の機会を得たことは、わたしにとって大袈裟な言い方でなくひとつの転機であった。なぜなら、戦後民主主義というものについて、あらためてその奥行きと可能性に目を開かれる機会を与えてくれたからである。 「在日」を生きてきたわたしにとって、戦後民主主義と憲法は、どこか遠い世界という感じを拭いきれなかった。(中略) よりきつい言い方をするならば、「在日」は、ある意味で戦後民主主義が「虚妄」であることを告発し続ける「生きた証人」[living evidence]でもあるのだ。戦後民主主義と平和憲法の輝かしい理念の誕生が、何を排除し、忘却してきたのか、それを撃つ「生きた証人」、それが「在日」ではないのか、そんな思いが、学生時代の政治の季節をくぐり抜けたわたしのなかに芽生えていた。(中略) ただ内田さんの言動を通じてわたしは、「在日」の存在とその歴史に心を砕き、その存在のある意味での重さを五体感覚で感じ取っている戦後民主主義者がいることをあらためて知らされた。つまり、わたしは、戦後民主主義を「虚妄」のままに終わらせないために、「在日」を通じて朝鮮や中国など、アジアとの交わりに粉骨砕身する実践する知識人を知り得たことになるのだ。戦後民主主義の可能性は、ここにも開かれているのである。それは、民主主義を絶えざる「自己投企」を通じでっくり替えていこうとする営みのあらわれに違いない。ある意味で、半世紀余りを過ぎてわたしはあらためて戦後民主主義と「出会った」ことになるのかもしれない。何という歳月であったことか。そして何というイロニーに満ちていることか。戦後民主主義が使い古したボロ雑巾のように疎ましく思われている風潮が強まるなか、むしろわたしには輝きを増しつつあるからだ。それはきっと「反時代」的な感覚であるに違いない。だが、この感覚をバネにわたしはあらためて戦後民主主義の「虚妄」に賭けてみたい心境でいる。その場合に民主主義は、国民の境界を突き崩し、この地に生きる人びとすべてに開かれているはずである。この意味でわたしは戦後民主主義の「鬼子」なのかもしれない。「在日」のひとつの意味を、わたしはここに見いだしている。」(『在日からの手紙』「あとがきにかえて 戦後民主主義の「虚妄」に賭ける」(末尾に「2003年9月」と記載あり)) ところで、『挑発する知』の「あとがき」で、姜は、次のようにも述べている。 「国民―国家の閉鎖性を解除すべく国家の操舵に徹底的にコミットすべきであるという宮台さんの提言にはリアリティがある。/私も内心、ナショナルアイデンティティやナショナルヒストリーの解体に性急なあまり、国家の役割と機能について精緻な議論を展開できなかったと反省せざるをえなかった。戦後民主主義を虚妄として葬り去る流れが滔々として勢いを増し、国家のあらぬ方向への浮遊があきらかになるにつれて、ただそれに歯止めをかけるだけでなく、それをまさしく操舵、ステアリングする必要があると痛感したのである。」(『挑発する知』「あとがき」末尾に「2003年10月25日」と記載あり) ここでは姜は、右傾化の流れに対抗するために、国家を「操舵、ステアリングする」志向性を持ったものとして、「戦後民主主義」を捉えている。 したがって、この時期において姜は、「戦後民主主義」を、①国民主義の枠組みを乗り越える可能性を持っていること、②「市民による国家の制御と政治参加」を促すこと、の二つの理由から肯定的に評価するようになったと言える。 そして、姜の戦後民主主義擁護論は、2004年の段階では、以下のようなものに変質している。 「姜 ぼくなんかは、50年たってようやく戦後民主主義のある光がわかるようになったわけだ。ここを磨けばいいのではないかということをね。その意味では鬼っ子だと言いたい。 丸山真男を後生大事にしている人たちは鬼っ子じゃない。単なるエピゴーネンでは駄目だ。そういう点では、鬼っ子こそが彼の位牌を懐に「新しい戦後民主主義の虚妄」に賭けてみることが出来るのかもしれない。」(「「戦後民主主義」の位牌を胸に」……」『アリエス』01号 2004.10.25(『姜尚中にきいてみた』所収)) 2003年では、「在日」であることを指して、「戦後民主主義」の「鬼子」だと姜は言っていた。ところが、2004年の上の文章においては、「戦後民主主義」の「鬼っ子」は、戦後民主主義にもともと懐疑的だった人を指している。この定義ならば、日本国民も「鬼っ子」であり得るし、だからこそ姜は、「丸山真男を後生大事にしている人たちは鬼っ子じゃない」などと言っているわけである。「鬼子」(「鬼っ子)の定義が、全く別のものになっているのだ。 つまり、ここにおいては、姜は、①の要素を消し、②の要素に純化させた形で、「戦後民主主義」を肯定しているのである。 そして、こうした「戦後民主主義」の国民国家(または国民主義)の枠組みでの肯定的評価という土壌のもとで、模索期における、「戦後社会」の肯定的評価が登場する。以下、この時期の、姜のこうした発言をいくつか挙げよう。 「姜 勝ち負けというロジック以上に、日本の「倫理力」のゆくえが気になります。1970年、ブラント・西ドイツ首相はワルシャワのユダヤ人居住区跡の慰霊碑に跪いて謝罪しました。こういうシンボリックなパフォーマンスによってドイツの倫理的な力を高めたわけです。日本が断トツの力がない国として国際社会で生きていくとき、平和主義に徹し、他国に鉄砲の弾一つ撃たなかったという歴史がもつ倫理的な力は大きい。そういうものを示すのも一つの外交力です。(注・靖国)参拝をやめることによって、国際社会における日本の倫理力が倍加すればいいですが、このままでは元に戻るだけです。」(姜尚中・田中明彦「対談 「靖国」の土俵から降りなければ展望は開けない」) 「姜 (中略)僕は、日本を決して特殊な国とは見ていません。先ほど言ったような平和を愛する「国柄」なんです。そういう「国柄」である日本は、科学的技術的に一応は先進国であり、豊かさを謳歌している。そして、軍事力の行使については、非常に臆病な国です。 臆病というのは、決して悪い意味ではありません。非常に慎重であると。その慎重さにおいて、9条、特に2項を持っている日本が特殊な国である、などとは思われていないのです。アメリカでさえも、そう見ているはずですよ。 編集部 そういう「国柄」が日本なのだと……。 姜 だからね、その「国柄」を逆手にとってね、憲法9条を持っている「国柄」なんだということを押し出していけばいいんですよ、世界に向けて。9条を持っていれば、何かとんでもない自己欺瞞を営々と積み重ねて世界から不信の目で見られるなどというのは、おそらく改憲したい人たちが作り出している幻想でしかないでしょう。」(『みんなの9条』121頁。インタビューの日付は2005年7月13・20日) 「勝 姜さんは日本の常任理事国入りを望まれていない? 姜 よくそう言われますが、そうではありません。安保理問題にフォーカスせず、国連が抱えている課題に日本はミドルパワーを発揮していくべきだと言っているんです。(中略)日本は核は保有していないし経済も縮小している。しかしほかの国にはないテクノロジーや優れたソフト技術、文化産業を持っているわけで、これらをうまく組み合わせて存在感を主張する方が長期的に見れば常任理事国入りの可能性を手に入れることにもつながるという考えです。」(勝恵子・姜尚中「無手マル勝流対談 会いたい、ききたい(13) ゲスト姜尚中」『サンデー毎日』2005年9月4日号) 姜が肯定する日本の戦後の「平和」や「繁栄」は、冒頭の姜の発言にある、「一国内平和と繁栄」ではないとでも言うのだろうか。 こうした「戦後日本の「平和国家」としての肯定」または「「戦後社会」の肯定」という言説は、2005年の9・11選挙での自民党の圧勝後、リベラル・左派内部でより前面化することになる。これは、前項の「「リベラル保守」の擁護」も同じである(「<佐藤優現象>批判」でも指摘したように、<佐藤優現象>や、「護憲派のポピュリズム化」といった現象も)。 姜の言動はこうした流れの典型であると同時に、姜の言動こそが、佐高信や護憲派ジャーナリズムの編集者ら姜と親しい人々を通じて、リベラル・左派が「戦後日本の「平和国家」としての肯定」または「「戦後社会」の肯定」を行うことを免罪し、促進する役割を果たしたと思う。それは、以前書いたで指摘したように、右傾化や改憲の動きへの対抗の必要性という弁明と同時に、「戦後」を肯定したいという欲望に基づいているのであって、そうした欲望こそが、<佐藤優現象>に象徴されるリベラル・左派の右傾化・「国益」中心主義化の基盤を支えているのである。 (つづく)
by kollwitz2000
| 2009-09-06 00:00
| 姜尚中
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