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2009年 09月 08日
4-6.「国益」論的立場への移行の完了
まずは、以下の文章を読んでいただこう。 「森巣 セキュリティや国益を声高に語りながら、日本人以外の人間を、あまりにも安直に、視界の外に追いやろうとする空気そのものに対しては、非常に危険なものを感じます。誰もが、その空気に慣れすぎてしまっているのではないか、と。 姜 90年代以降、誰もが躊躇せずに「国益」という言葉を使用することができるようになったのは、確かですね。」(姜尚中・森巣博『ナショナリズムの克服』集英社新書、2002年11月刊、26頁。対談時期は2001年12月7~9日) 次に、このように嘆いている姜の、転向後の発言を読んでいただこう。 「日本の対中関係の議論は、しばしば媚中か、親中か、あるいは嫌中などの極端な意見に分けられます。しかし結局そのような意見は、建設的ではありません。これからの対中外交は、日本の国益につながる「実」を取る外交が必要なのです。(中略)/これから日本は中国とどう付き合っていくべきなのか。それには臆することなく、へつらうことなく、したたかに付き合っていくこと。中国と付き合う上ではかなりの手練手管が必要なのです。/まず日韓関係を強化することが重要です。米中関係が親密になれば、日米関係が米中関係を補完するための下請け的な役割を担わされることも考えられます。日本の国益に反する取り決めを結ばされる可能性だってある。(中略)/また日本の存在感を示すためにも、中国に対して言うべき事は言う外交が求められます。チベット問題も、政府はもっと毅然とした態度をとるべきでした。(後略)」(姜尚中「ポスト・アメリカ時代の「対中外交」は「日韓同盟」で」『週刊現代』2008年5月3日号) もう突っ込むのも疲れるので省くが、転向後の姜がそれこそ「躊躇せずに「国益」という言葉を使用する」、完全な「国益」論者になっていることを、まずは確認しておこう。しかも、この「国益」の前提とされている国は、もちろん「大韓民国」ではなく、日本国なのである。 そして、姜が、「国益」を前提とした政治的主張を積極的に行うに至るのも、『東アジア共同の家をめざして』(2001年)を除けば、この模索期(2005年夏頃~2006年夏頃)だと思われる。姜がどのような論理でそこに至ったかには、なかなか示唆的なものがあると思う。 姜が「国益」という言葉を使い出したのは、どうやら、宮台真司の影響のようである。以下、その経緯を見てみよう。 姜と宮台との対談において、宮台は、以下のように発言している。 「宮台 (中略)ここで、ナショナリズムとセットで使われる国益という言葉について考えてみましょう。日本で国益という場合、世代によってふたつの異なった取り方があります。ひとつは国民益という考え方で、これは計算可能なものです。/ようするに、国民にとって利益になるかどうかを徹底的に分析する。コスト分析やリスク評価をして、どういう選択がどういう利益または不利益をもたらすのかを考え、利益を増大させ、不利益を減らそうとする立場です。(中略)私は反ナショナリストではありません。国益を計算可能な国民益と見なし、国益が守られるように国家を操縦しようとする、近代主義的ナショナリストです。ただしナチス国法学のような「魂のふるさと」的な発想は、まったくとはいいませんが(笑)、まずしません。」(『挑発する知』双風舎、88~89頁)」 その上で宮台は、「魂のふるさととしての国体に殉ずることを国益とする立場」、すなわち、「国体に殉ずる精神的な営みから見た場合、計算可能な国民益が低下するような選択であっても、あえて国益だと見なす」立場を、「近代合理主義の立場からするとナンセンスな妄想」だとしている。 姜はこの宮台が言う「国民益」なる概念が気に入ったらしく、上記の宮台の「国民益」に関する発言があったと思われる日(同書の「まえがき」から推察するに、2003年7月19日)の1ヵ月後の『朝まで生テレビ!』(8月29日深夜放送)で、早速使ったようである。 「姜 外交とか国益という問題は、非常に複雑です。われわれもなかなか理解できないほど複雑な事情で動いていくわけですね。すると、わかりやすい言葉が必要になってくる。こういうときに一番わかりやすいのは、「愛国心」や「ナショナリズム」ですね。それは、「われわれ対彼ら」ということがはっきりするから。 田原総一朗 そう。 姜 ただ、そのことがほんとに、日本の国民益や国益になるのかどうか……。」(田原総一郎編『朝まで生テレビ! 「愛国心」「国益」とはなにか。』アスコム、2004年2月、32~33頁。2003年8月29日深夜放映の「内容を加筆・修正の上再構成したもの」(208頁)) また、この回の放送が単行本化されるにあたって収録された文章(「討論を終えて」)でも、姜は以下のように述べている。 「(注・イラク戦争への自衛隊の)派兵の決定により、日本の国益は大きなダメージをこうむるだろう。しかし、すでに決めてしまった以上、当面の最重要課題は、兵の撤収条件を確定することである。撤収の決定は、派兵の決定以上にむずかしい。それでも、日本が国民のための利益である真の国益と、世界の利益を同時に考え、しっかりと出口を見つけ出し、自主的な判断で兵を引く決断をすることが必要である。これは日本の国際的な地位を高めることにもつながるだろう。」 「国民のための利益である真の国益」とは、「国民益」のことであろう。ここで注目すべきなのは、「派兵の決定により、日本の国益は大きなダメージをこうむるだろう」と、ここで既に「国益」論的な言い方になっていることである。もちろんこの引用文における「国益」とは「国民益」だ、ということになるだろうが、「国民益」という概念が、「国益」論的な言い方を引き出す前段階になっていることをここでは指摘しておこう。 また一方で、「国民のための利益である真の国益」に付随して考慮されるべき判断基準として「世界の利益」も挙げており、この段階ではまだ「国益」一元論ではない。また、「「これは日本の国際的な地位を高めることにもつながる」と、「国益」論的な主張を付随的なものとする言い方もしている。その意味では、まだ姜は「国益」論の立場に純化し切れてないように思われる。 この段階での姜の、「国益」という言葉の位置づけは、以下の、森達也との対談での発言によく示されている。 「森 人道的介入という言葉や地下鉄のアナウンスもそうだけど、言葉を消費することで僕ら自身が溶解していくという部分があるわけです。日米安保がいつのまにか日米同盟になり、自己責任などの耳に心地良い言葉ばかりが流通する。 姜 その最大規模が国益になるんだけど、その国益とは何ぞやということも議論されずにね……。 森 国益の正体をわかっていない。 姜 国益という言葉をメディアで使うと、ほぼ了解されてしまう。僕、その言葉をある意味逆手にとって論じているけど、世論の文法とボキャブラリーが変わったんだよね。」(森達也・姜尚中『戦争の世紀を超えて』講談社、2004年11月、272~273頁) まとめると、2003年頃から2004年頃の時期の姜は、「国益」に関して、「国民益」を意味するものとして打ち出すか、もしくは<「国益」の観点から見た場合でも・・・>と、自己の主張を補強する、保守派のロジックを「逆手にと」る手段として使われている、と要約できよう。 ここでの姜は、こうした留保をつけることによって、単なる「国益」論者とは一線を画していると自己認識しているように見える。 だが、「国民益」と「国益」の間に、本質的な違いはほとんど存在しない。「<佐藤優現象>批判」でも書いたが、先進国の「国民」として高い生活水準や「安全」を享受することを当然とする感覚こそが「国益」論を支えているのであって、先進国における「国民益」の擁護は、そうした生存の状況を安定的に保障する国家―先進国主導の戦争に積極的に参加し、南北間格差の固定化を推進する国家―を必要とするからだ。だから、「国民益」の擁護という論理を打ち出せば、それは必然的に「国益」の擁護という論理に行き着かざるを得ない。 模索期においては、転向後のように「躊躇せずに「国益」という言葉を使用」している事例はそれほど目立たないが(注15)、この章でこれまで挙げた、「護憲的解釈改憲論への移行」、「国立戦没者追悼施設の擁護」、「「リベラル保守」の擁護」、「「平和国家」としての戦後日本の積極的肯定」といったこの時期の姜の発言の特徴が、姜が「国益」論の立場に完全に移行したことを示している。これは、「国民益」の擁護という立場の論理的帰結である。 実際に、転向後の姜の「国民益」なる用語の使用例を見ると、「国益」論を前提としたものになっていることが分かる。 「姜 いまポスト小泉・安倍の状況のなかで、政権はほころびを繕うような感じで、ややダッチロールをしているわけですよね。小泉改革を否定はしないけれどもそこにかなりブレーキをかけているように見えます。結局、新自由主義的な国家というのは、ある人の言葉を使うとノイローゼ国家というんですね。つまり、国民は一体的でなければいけない。ところが実際に政策的にやることは、ますます国民を分裂させ格差を広げていて、そうしなければ、成長や成長に基づく経済的な配分というのはできないんだという、股裂き状態になっている。これは、最後まで行っても、どうしても収斂点が見出せないんですね。 国益と国民益が分裂している。そういうときに、この社会は、いったいどうやって憲法が定めたような、国民が健康で文化的な生活を送れる仕組みを作ったらいいのか。」(姜尚中・寺脇研『憲法ってこういうものだったのか!』2008年10月、167頁) ここでは、上記の2003~2004年時の姜に見られた、「国民益」なる用語を使う際の留保は見られない。「国益」と「国民益」の「分裂」が問題とされているということは、それが護憲派的な主張の一環として語られているとしても、「国民益」と「国益」が合致することが前提とされている、ということである。 次の用例では、「国民益」は「国益」の観点から意味づけられていることがよく示されている。 「姜 アメリカとの力関係のバランスを少しでも修正するためにも、日本でも政権が変わり得るぞっているほうが譲歩を引き出せるわけです。僕はそれが国民益になると思うんですよ。緊張感のある与野党の攻防があって、国民が積極的に投票に参加して、絶えずウォッチングする。国民が積極的に国政に参加するということがあると、結局それはアメリカをも動かしてしまうわけですよ。 ということは、民意というのは、実はすごく、国のバーゲニングパワーを高めるということですよね。」(同上、174頁) 姜の事例は、「国民益」の擁護という立場が、結局は「国益」の擁護に行き着かざるを得ないことを示唆していると思う。例えば、現代世界の南北間格差という構造的問題を無視し、そうした状況における先進国の「国民」の政治的責任を度外視したまま、「国民益」を擁護する立場は、それが「護憲」であれ「反貧困」であれ「脱格差社会」であれ「福祉国家の構築」であれ、「国益」の擁護に行かざるを得ないだろう。それは、戦前の社会大衆党のようなものだ。民主党中心の連立政権下で、そうした動きは急速に強まるだろう。 (注15)以下は管見の範囲では唯一、この時期に「国益」に言及した例である。 「国際社会の中に中国を、いかにして内側に取り込んでいくのか。もちろんそれは、中国の出方次第だという人もいるかもしれませんが、積極的には、アメリカ以上に日本がそのイニシアティブを行使したほうが、日本の国益になる。少なくとも日米関係をより安定的なものにし、日本にとってメリットのある日米関係にしようとするならば、私はそのほうが、はるかにメリットがあると思います。」(姜尚中「「日米同盟」と「東アジア共生」は両立できるか 講義 2006年5月8日」『田原総一朗 誇りの持てる国 誇りの持てる生き方――早稲田大学「大隈塾」講義録1 2006-2007』、79頁) やはり、姜の「国益」論的立場への移行は完了している。 (つづく)
by kollwitz2000
| 2009-09-08 00:00
| 姜尚中
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