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2010年 01月 11日
3.
最新号の冒頭の21頁にわたる座談会(天野恵一・鵜飼哲・崎山政毅 「「政権交代後」の課題」)が、特集「新政権を考える 現場からの視点」の中心であろうが、これがもう、突っ込みどころ満載である。ほとんど逐語的に批判したい衝動にかられるが、時間もないので、以下、目についたところを指摘する。 ここで天野は、「『現代の理論』あるいは『世界』のように民主党にアイデンティファイしちゃって「民主党革命」万歳じゃなくて」と、一応は自らと『世界』との「立ち位置」の違いを強調するが、座談会で天野が言っていること自体は『世界』とほとんど変わらない。言葉づかい自体は相変わらず「無党派左翼」っぽいが、むしろ、「きっこの日記」あたりを愛読するような左派ブロガーを想起させる。冒頭の、事業仕分けを称賛するところから呆れさせるが、根本的に、民主党政権を運動側が介入するチャンスだとしているのが倒錯としか言いようがない。渡辺治も天野と似たようなことを言っているが、極小サヨクが巨大政党にどうやって影響を与えられるというのか。社会的に見れば、そういう状態を指して、極小サヨクが民主党に取り込まれた、と呼ぶのである。前にも書いたが、民主党政権に左翼が強い影響力を与えうると考えているのは、左派(メディア)とネット右翼だけだ。 あと、「アフガニスタンに軍事的な構図での協力を事実上していくシステムとするためには、集団的自衛権は邪魔だというのは、それはあるわけですよね。それは小沢に一貫してある。国連のお墨付きという前提の上でね。」という発言も酷い。天野は、小沢の解釈改憲論を、だから自民党よりましだと言いたげだが、小沢が言っているのは、国連決議があれば「集団的安全保障」の名の下で、集団的自衛権を行使しても問題視する必要はなくなるということである。常識ではないか。 「(注・小沢には)要するに、アメリカは壊れた、とんでもないものだという認識はあるわけだよな。」という発言も、ナイーブすぎるとしか言いようがない。個々の現状分析もその多くが間違っている。特に、雑誌『正論』の論調を読んで右翼について云々しようとするスタンスが、時代錯誤というか、痛々しい。右派における『正論』の影響力なんてほとんどないよ。 残念ながら、重要な研究者である鵜飼の発言にも、同種の問題点を指摘せざるを得ない。例えば、以下の発言である。 「なぜ2000年代の改憲攻勢は失敗したのか。最初にいっておかなければならないのは、今回の政権交代、なんとなく遠くから眺めている印象もあるんだけれども、99年の145国会から9・11を経て小泉・安倍政権に至る十年間はものすごいきつい時期だったわけで、それなりに皆必死に闘ってきた。今回の選挙は、短期的には最悪の事態を回避したという意味はあるでしょう。そこに、民衆闘争の力量が何らかの形で反映していることは間違いない。」 「改憲攻勢」は失敗したどころか、今月からはじまる通常国会で成立が確実視されている臨検特措法や国会法改正のように、実質的な改憲の道は一段と現実味を帯びている。なぜこれで「最悪の事態を回避した」と言えるのだろうか?明文改憲という「最悪の事態」さえなければよい、とでもいうのだろうか。憲法の文言上の観点から見ても、こうした法案が通り、アフガニスタンに派兵されれば、憲法上は誰が見ても無理があるのだから、遅かれ早かれ改憲されるだろう。 また、鵜飼の発言については、民主党政権を、フランスで「左翼が政権を取った」「二回」の事例としての、人民戦線内閣・ミッテラン政権と同列で論じることにも異論を持たざるを得ない。一応鵜飼は、「人民戦線やミッテランの時代のフランスとの比較は、民主党が国有化を含めた社会主義的政策を取るとは思えないから、そこは区別して考えないといけないと思いますが。」と留保はつけているが、それはあくまでも「政策」の違いでしかないのであって、鵜飼が両者について、左翼政権という性格は同じだ、と考えていない限り、このような同列視は無理なのではないか。 あと、座談会で、在特会に過剰な意味づけや時代画期性を認めていることにも問題があると考える。天野の「僕たちみたいな運動の世界に生きている人間は、ネット右翼がものすごく大量に出てきている気持ちは日々実感している。ああいうふうに右翼が街頭大衆運動みたいに出てきたのは、やっぱり戦後史を画する事態になっているんじゃないか。」という発言や、鵜飼の「僕もこのところ機会があって話をするときは、今までにないタイプのファシズムが、この民主党の政権交代を一つの契機にしてい起こってくる可能性があると主張しています。在特会は日本で初めての真性ファシズム運動という位置づけもある。」などという発言がそうだ。同様の認識は、『金曜日』で、同じく『インパクション』編集委員の岡真理も述べていた。 前にも書いたが、在特会のようなレイシスト団体が日本社会で大衆化する可能性は極めて低い(別の記事でも書いたように、大衆的な極右運動が現われるとすれば、朝鮮系日本人を含める形で現れるはずである)。在特会の行動の過激化と犯罪行為は、もちろんそれ自体として大きな問題であり、その活動への反対運動は重要ではあるが、在特会はあくまでも「鉄砲玉」である。 在特会に「今までにないタイプのファシズム」などと画期性を認めることは、在特会のような「過激」な行動にはその多くは同調しないであろう、日本社会の排外主義的性格を不問に付し、在特会に反対することであたかも「良識派」たりえるようなアリバイを提供することになるだろう(どうでもいいが念のために書いておくと、在特会と日本国家・社会の同質性という問題は、某ブロガーの支離滅裂な主張の弁明にも利用されていたが、私の主張はそれとは無関係である)。 現に、在特会に対しては、佐藤優の熱心なファンや、北朝鮮への軍事的「人道的介入」を実質的に容認する新左翼といった、どうしようもない連中も反対の意を表明している。「<佐藤優現象>批判」で指摘したように、これは、ありもしない「ファシズム」の脅威に対する「人民戦線」である。実際には、<佐藤優現象>の帰結たる「大連立」の方が、ファシズム的である。 そもそも、朝鮮学校への襲撃は、90年代に日本の警察が行なっていたことであり、朝鮮総連への政治弾圧も国家によって行なわれている。国家がやっていたことを民間(在特会)がやっているだけだ。天野や鵜飼が言うような、「在特会」が「下からのファシズム」としての画期性を持つもの、という規定について、「確かに間違っているかもしれないけれど、そう規定した方がより多くの人が関心を持ちそう」などとあえて支持する人々がいるかもしれないが、そうした規定は大衆的には説得力を全く持たないのであって、むしろそうした規定で戦後の日本社会を無垢なものとして描いてしまうことの方が、悪影響をもたらすと思う。そこにあるのは、平和だった日本社会に亀裂が生じている、という認識(感覚)であって、それこそが<佐藤優現象>を駆動させている認識(感覚)である。 4. 『インパクション』と佐藤優との絡みで言えば、今号で森宣雄が、恐らく沖縄の左派に媚びて、どうでもいい文脈で佐藤を肯定的に引用している。それも問題だが、より端的な例がある。 『インパクション』と関係が深い太田昌国は、2008年2月15日に発表された文章で、佐藤優のどうということもない発言を好意的に紹介している。 http://www.jca.apc.org/gendai/20-21/2008/gyoza.html 時期に注目しよう。私の論文が掲載された『インパクション』第160号が出版されたのは、2007年11月であるが、その少し後にこれは発表されている。 太田が、『インパクション』第160号に、「<佐藤優現象>批判」が掲載されたことを知らなかったはずはない。ここからは私の推測になるが、太田は多分、わざわざ佐藤の文章を好意的に紹介して、「左翼のみなさん、左派論壇から佐藤を排除してはならない」というメッセージを送っているのだと思われる。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への武力行使や朝鮮総連への政治弾圧などを主張する佐藤が、左派論壇の一角にいることで、「左翼も拉致問題を真剣に考えている」というイメージが作られるからである。 これは、以前にも指摘したが、「左翼も拉致問題について考えていますよ」と日本社会で「立ち位置」を確保することを目的とした、太田の『拉致異論』の論理的帰結でもある。 その意味で、佐藤優が登場しない場合も含めた<佐藤優現象>を成立させた大きな要因として、北朝鮮バッシングに直面したリベラル・左派の防衛機制を挙げることができるだろう。 天野恵一は、2003年2月に発表された座談会で、あからさまに、以下のように述べている(天野恵一、池田祥子、太田昌国、白川真澄、ダグラス・ラミス「座談会 日本人拉致問題にどう向き合うか――北朝鮮と私たち」『ピープルズ・プラン』第21号、2003年冬号。強調は引用者) 「僕は、拉致が明らかになったことで、日本社会はすさまじいことになるという予感がした。一番大変なのは、戦後補償の問題のように、ここ十何年それなりに運動がいろいろと積み上げてきたことが、すべて押し返されてめちゃめちゃにされてしまうだろうと感じました。日朝間で経済協力方式で歴史的な問題をすべて収めてしまう方向が決まってしまったが、拉致問題との関係で、抗議の声を出しにくい。反天皇制運動連絡会でも、とにかく経済協力方式に対してだけは抗議しようということで、声明を出しました。その時の討論では、強制連行は大勢の人数だったのに拉致はたったあれっぽっちじゃないかという相殺の論理に立つ政治主義的な論議が多分たくさん出てくるだろうから、やはり被害者には一人一人固有の歴史や社会的文脈があるのだから、一人一人の具体的被害こそ問題なのだから、相殺できる問題ではないということをちゃんと言っておくべきだろうという確認をしました。 日本の中では、在日朝鮮人の人びとや運動もすごく深刻な事態になっていくだろうと思います。もともと破壊活動防止法という悪法は朝鮮総連を対象にして作られたものですが、総連自体と北朝鮮の直接的な関係の構造が洗いざらい表に出てきたときに、一体どうなるのか。また、それと共闘してきた日本の運動体がどうなるのか。 そして、左翼の正義感の前提が壊れつつある。メディアでいえば、『諸君!』とか『正論』とか『VOICE』とかの右派の言論がジャーナリズムの主流に出てきています。ラミスさんの言論が載るようなメディア、例えば『世界』が嘘をついてきたというのは極端かもしれませんが、拉致問題に限っていえば本当のことを言っていたのは右翼だったわけで。そういう逆転の中で、運動における混乱が生まれています。正義感が逆向きになっていて、例えば北朝鮮が五人を帰さないかもしれないのだから、本人たちの意思であろう永久帰国ということを国家が決めてしまうのはやむを得ないというような意見が、運動の中にも出てきていないわけではない。」 ここには、日本社会において恐らく座談会当時吹き荒れていた、北朝鮮や朝鮮総連や在日朝鮮人へのバッシングに対抗するという認識は全くなく、むしろ、日本の左翼になんとかしてその火の粉がふりかからないようにしなければ、という焦りしか見られない。恐らく、そういう焦りが強いから、朝鮮人強制連行を問題化することは「相殺論」の名の下で切り捨てられ、「『世界』が嘘をついてきた」などという虚偽の主張すら行なわれているのであろう(注4)。 現に、天野にしても『インパクション』にしても、この後、日本社会における北朝鮮への好戦的論調、在日朝鮮人への排外主義に対してほぼ沈黙している。呆れることに、「「新自由主義」とナショナリズム――安倍政権下で加速化される改憲策動」と題された、天野と渡辺治による二段組40頁近くにわたる対談(『インパクション』第157号、2007年4月刊)の中でも、北朝鮮問題はほとんど触れられていない。それこそが、安倍政権下の「改憲策動」における駆動力であったにもかかわらず、である。 「平和」と「人権」を考える人間は、こうした馴れ合い的な左派(注5)から手を切るべきである。 2010年は、佐藤優のいない<佐藤優現象>ではない、真っ当な批判的言論を作っていきたい。 (注4)これは恐らく、和田春樹あたりを指していると思われるが、太田による同趣旨の批判に対して、和田は、説得的に反論している(「われわれの過去の意味ある総括のために――太田昌国『「拉致」異論』に答える」『同時代批評――日朝関係と拉致問題』彩流社、2005年3月)。 (注5)天野は『インパクション』の「編集顧問」であるが、同じく「編集顧問」である、池田浩士氏と私のやりとりの件を紹介しておこう。 私は、論文発表直後、『週刊新潮』、岩波書店、岩波書店労働組合からほぼ同時に攻撃を受けたので、私の論文を評価してくれている人から、応援のメッセージをもらい、首都圏労働組合特設ブログに掲載させてもらおう、と考えた。 そこで、池田氏が私の論文を評価してくれていると聞いていたので、2007年12月21日に池田氏にメールで連絡し、メッセージをいただけないか、うかがった。 池田氏は、自分は電子メディアにあまり見解を載せたくない、自分は『インパクション』編集顧問であるから、意見表明するとすれば、誌面で行いたい、近々深田氏と会うのでその旨伝えたい、という返事をメールでいただいた(12月25日)。 私は池田氏の回答に感謝した(これは皮肉ではない)上で、深田氏が佐藤と会うと言っていることを伝え、深田氏の不当な発言と私の批判を付記し、池田氏が深田氏に会う際に、深田氏に、会うことをやめるようお願いしてもらえないか、メールでうかがった(12月26日)。 これに対して、池田氏から、お断りのメールが来た(12月29日)。もちろん、断られることは仕方がないが、その理由がふるっている。 池田氏は、深田氏の発言には一切触れずに、深田氏と自分は29年来のつきあいで親友だ、親友であるということは、あらゆる思想信条やイデオロギーが同一ということではなく、「お互いの違いを尊重し愛惜したうえでのこと」だ、一週間ほど前に知り合った金の深田評価に軽々しく同調するつもりはない、と述べた上で、金が「ひとに踏み絵を踏ませ」ようとした、などと非難してきたのである。 「踏み絵」もなにも、私が挙げたのは、深田氏の具体的な(不当な)発言なのだから、会った際に深田氏に確認すればよいだけの話ではないか。親友であるがゆえに言いにくい、というのはありがちであるが、まさか、「親友」(「深田さんへの信頼と敬愛」)であることを理由にして非難されるとは思いもよらなかった。 左派系の雑誌の書き手の人選は、大半が意味不明で、「なぜこの人物が未だに業界で生き残っているのか?」という書き手が山のようにいるが、こうした老年の麗しき友情によって支えられているのだと思う。ほぼ例外なく下らない、年配の新左翼系ブロガーのエールの送りあいからも、同じような雰囲気を感じる。
by kollwitz2000
| 2010-01-11 00:01
| 佐藤優・<佐藤優現象>
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