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2010年 01月 30日
対『週刊新潮』・佐藤優裁判のための準備書面(2)を、1月25日に、裁判所と被告に送付した。これは、第4回期日(2009年12月14日)で陳述された、被告の準備書面(2)への反論を中心としたものである。以前記したように、この被告準備書面(2)から、被告側の反論も本格的なものになってきている。そこで、ウェブ上で、この被告準備書面(2)と、今回提出した原告の反論(原告準備書面(2))を中心に、公開していく。
どのみち後日まとめるが、原告の反論(原告準備書面(2))は、引用も含めて3万字以上あり、一気に公開しても読みにくいと思われるので、連載形式で紹介していく。 ---------------------------------------------------------------------------- まず、この裁判の焦点の一つは、私の論文「<佐藤優現象>批判」に対する、佐藤の『週刊新潮』記事での以下の発言 「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。そして、『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」 の正当性である。 佐藤は一体、「<佐藤優現象>批判」内のどこを指して、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いた箇所だと言っているのか。これは、私も分からなかったし、ある佐藤ファンすら分からなかったことを告白している。http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/8fc63517da4264ef220a968fd4c3f0c5 この点については、以前にも書いたように、何を指しているのか明らかにするよう佐藤に質問状を送ったが、佐藤は回答を拒絶していた。 http://watashinim.exblog.jp/9592397/ ところが、佐藤は、被告準備書面(2)において、ついに、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いた箇所を明らかにしたのである!! それでは、被告準備書面(2)から引用しよう。 「第2 佐藤発言①について 1 被告ら準備書面(1)では、本件記事における被告佐藤発言を3つに分類し、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です」という部分を①としている(5頁)。 この①の発言については、以下に述べるとおり原告の論文(甲3号証、以下、「論文」という)において、被告佐藤が言っていないこと、あるいは曲解された事実が多数記載されていることに基づくものであって、真実である。 2 言っていないこと 原告は、「論文」143上段2,3行目、下段12行目において、《佐藤の提唱する「人民戦線」なるものが、いかなる性質のものであるかを検証しておこう》《佐藤の言う「人民戦線」とは、「国民戦線」である》との記述を行っている。 しかしながら、被告佐藤は「人民戦線」とは言っておらず、「論文」でもそれに該当する箇所の引用はない。 また、原告は、「論文」6.及び7.において、被告佐藤が言っているとする「人民戦線」についての持論を大々的に展開しているが、佐藤自身が「人民戦線」と言っていないので、そもそもの前提自身が成り立たない。 3 曲解していること」(後略) このように、佐藤は、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いた箇所を、「2 言っていないこと」と「3 曲解していること」の2種類に分けている。上では略したが、「3 曲解していること」は9箇所に渡っている。 その9箇所に関する主張は、全て、佐藤は反論が公開されることを想定しなかったのだろうか、と呆れさせるような稚拙な内容である。これらについては、原告準備書面(2)において逐一反論したし、この連載でもそれを紹介していくのであるが、そもそも、この「曲解していること」などと佐藤が挙げてくること自体が奇妙である。 佐藤が発言した「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書」いた箇所とは,普通に読めば、原告が被告佐藤の主張を捏造して批判している,という意味なのであって、「曲解」というのは解釈の問題なのだから(そして、後で示すように、私は全く曲解していない)、「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書」いたとするものとは全然次元が異なる。 多分佐藤は、後述するように、「2 言っていないこと」が主張として弱すぎるので、「3 曲解していること」を付け足したのではないかと思う。 この「3 曲解していること」を挙げること自体がおかしい、ということを確認した上で、本題の、「2 言っていないこと」を取り上げることにしよう。 なんと、佐藤が言っていた、「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いた箇所とは、「人民戦線」の箇所だったのである!!しかも、「言っていないこと」はここしか挙げていない。 「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。」とまで言うのだから、読者としては当然、金が佐藤の主張を捏造して批判したのだと佐藤は主張している、ととるだろう。私は、佐藤の主張を捏造した覚えは全くなかったので、『週刊新潮』での佐藤の発言を読んで以来、一体何を指して佐藤はこのように主張しているのか、訝しく思っていた。それで、「言っていないこと」として、「人民戦線」の箇所しか挙げられていないのを見て、しばし唖然としてしまった。そして、「人民戦線」とは言っていないなどという佐藤の主張自体が、以下で述べるように全く真実性を欠いている。 こんな弁明では、私が心配してやる必要はないが、佐藤ファンですら当惑するのではないか?そして、リベラル・左派は、佐藤自身が「人民戦線」と言っていないと主張しているのだから、「右翼」「国家主義者」を自称する佐藤をいかなる理由で重用するのか、「人民戦線」以外の理屈で公的に説明すべきであろう。 前から推測しているように、佐藤としては、『週刊新潮』で恫喝すれば、岩波書店が金を黙らせると思っていたから、何の根拠もなくあのように発言し(「滅茶苦茶な内容」だとすれば、私に反論する必要もなくなるわけである)、裁判沙汰になってからはじめて「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書」いたと強弁できそうな箇所を探したのかもしれない。それほどやっつけ感が漂うのである。 さて、上で挙げた佐藤の「人民戦線」云々について、原告準備書面(2)で書いた反論を引用する。 「(2) 被告が「言っていないこと」と主張しているのは,唯一この「人民戦線」の箇所のみであるが,それすらも真実ではない。 被告佐藤は,その著書『佐藤優 国家を斬る』(同時代社刊,2007年10月5日初版刊行。甲36号証)の93頁から94頁にかけての箇所で,以下のように述べている(強調は引用者,以下同じ)。 「右の媒体にも左の媒体にも書いていますので,いろいろ会合に呼ばれることは多いんですが,圧倒的に右の方に呼ばれることが多いんですね。そうすると,「大日本者神国也(おおやまとはかみのくになり)」とか,あるいは「万邦無比の我が国体」という発想がどういうことなのかとか,そういう話をするんですが,実は右の言語でも左の言語でも,同じことが言えるわけなんです。「反ファッショ統一戦線」というのと,私が理解するところの「国体の護持」というのは全く同じなんです。そんなことをいうと,皆さんきょとんとされていると思うんですが,それは国体をどう定義するかという問題なんです。その定義にかかってくるわけです。国体とは日本ファシズムみたいなものだと,そんな国体という概念は全くろくでもない。しかし,『神皇正統記』の中には,多元的な世界で価値を認め合うんだと,書かれているんですね。あるいは室町時代にできた「猫の草紙」というのがあるんですね,『御伽草子』の中に。猫というのは実は日本サイズに現れたトラなわけです。我々は非常に小さい国だからそういったような自分たちの分をわきまえなきゃいけない。だから排外主義的な発想なんか持ったらいけないんだよといって,アジャリに猫が説教する,こういう話があるんですね。私はこういうようなところが,日本人が書く日本人観かなと思っているんです。」 そして,93頁には,「反ファッショ統一戦線」という語について,以下のように注釈が付されている。 「反ファッショ統一戦線 一九三〇年代に,コミンテルンの決議にもとづいて,各国共産党が,ファシズムと戦争に反対する多様な政治勢力の統一戦線戦術を採った。一九三五年のコミンテルン第七回大会のディミトロフ報告で提起され,翌三六年のフランス,スペインでの人民戦線内閣の成立として実を結んだ。」 この注釈の執筆者が被告佐藤であるかは,同書中に記載がないので不明だが,被告佐藤名義の単著として同書が刊行されている以上,少なくとも,被告佐藤がこの記述に承認を与えていると読者が理解することには,十分な合理性があると言える。 被告佐藤は,「日本について考える場合,北畠親房が『神皇正統記』の冒頭で宣言した,「大日本者神國也(おおやまとはかみのくになり)」というのが,私にとっての基本テーゼであります。」(甲37号証,佐藤優「丸山真男の呪縛から脱却せよ」『月刊日本』2007年3月号24頁),「筆者の理解では,われわれの歴史において,日本の国体が危機に瀕したことが二度あった。第一回目は,まさに北畠親房が活躍した14世紀の南北朝の動乱で,第二回目は60年前に終わったあの戦争である。ここで皇統が途絶えるような事態が生じたならば,日本国家も日本人も解体してしまったことであろう。南北朝の動乱の結果,足利義満が日本国王になり,中国皇帝の臣下となったならば,日本国家は中華帝国の内部に包摂されることになったと思う。第二次世界大戦の結果,皇統が廃止され,日本が共和制になったならば,社会主義革命が起き,「日本民主主義人民共和国」が成立し,人民民主主義の優等生となった日本人が「日本民主主義人民共和国」を「日本ソヴィエト社会主義共和国」に改組し,ソ連邦への加入を申請したことも十分考えられる。そこでは日本や日本人という名称が維持されても,伝統を断ち切られ,文化的に異質な「日本人」の残骸しか残らなかったことであろう。第二次世界大戦直後に,日本の政治・軍事エリートが「大日本者神國也」という国体の本質をアメリカ占領軍に理解させようと試み,これに対してアメリカがプラグマティズムの観点から皇統の維持という決断をしたからこそ,今日,われわれは日本人として生き残ることができたのである。」(甲38号証,佐藤優『日米開戦の真実――大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』小学館刊,2006年7月1日初版発行,287~288頁)と述べているのであるから,被告佐藤が,「国体の護持」という概念に肯定的であり,「国体の護持」が必要であると認識していることは明らかである。 そして,被告佐藤は,その「国体の護持」と「反ファッショ統一戦線」は「全く同じ」だと明言しており,しかも,「反ファッショ統一戦線」という語には,「人民戦線内閣の成立として実を結んだ」と明確に記述する注釈が付されている。ここで説明されている「反ファッショ統一戦線」は,一般に,「人民戦線」と基本的に同義のものとして解釈されていることは周知のことであり,そのことは注釈で「人民戦線内閣」と記述されていることからも明らかである。したがって,原告の「論文」内の《佐藤の提唱する「人民戦線」なるものが,いかなる性質のものであるかを検証しておこう》《佐藤の言う「人民戦線」とは,「国民戦線」である》という記述が正当であることは明らかである。 被告は,被告準備書面(1)において,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。」という被告佐藤の発言を「真実である」と主張し(5頁),被告準備書面(2)において,「被告が「言っていないこと」と主張している点」として,この「人民戦線」の記述を挙げているが,被告が原告の「論文」内で,この箇所以外に「被告が「言っていないこと」と主張している点」を挙げていない。そして,この箇所は被告佐藤が「言っていないこと」ではない。被告の主張は失当である。 (3)また,そもそも,原告による,「論文」中での「人民戦線」という記述は,被告佐藤の主張を要約したものである。 原告は,「論文」において,「佐藤は呼びかける。「ファシズムの危険を阻止するためには,東西冷戦終結後,有効性を失っているにもかかわらず,なぜか日本の論壇では今もその残滓が強く残っている左翼,右翼という「バカの壁」を突破し,ファシズムという妖怪を解体,脱構築する必要がある」(50)と。魚住昭は,呼びかけに応じて,「いまの佐藤さんの言論活動の目的は,迫りくるファシズムを阻止するために新たなインターアクションを起こすことだ」と述べており(51),斎藤貴男も,前掲の『週刊読書人』の記事で,「魚住の理解に明確な共感を覚えた」と述べている。」と,被告佐藤の主張を示し,被告佐藤の主張が,「人民戦線」と要約される意で受容されていることを示している。 また,「論文」中の,《佐藤の言う「人民戦線」とは,「国民戦線」である》の記述においては,「国民戦線」という一般的な用語と対比する形で,一般的な用語として「人民戦線」という用語を示している。 また,被告佐藤の主張する,ファシズムを阻止するために「左」と「右」を超えて連帯しようという政治的方針のことを,一般に,「人民戦線」と呼ぶことも,周知の事実である。『広辞苑 第六版』(岩波書店刊,2008年1月11日発行)の「人民戦線」の項でも,「ファシスト独裁および戦争に反対する,共産主義・社会主義の政党に自由主義政党も加えた広範な統一戦線。」とあり,「統一戦線」の項には,「政治運動などにおいて,ある共通の目標に対して諸党派または諸団体が協同して形成した持続的な運動形態。人民戦線の類。」とある。 被告佐藤は,原告の「論文」において,「言論を超えた私個人への攻撃」であり,被告佐藤をして「絶対に許せ」ないと思わしめた,「滅茶苦茶」な,「私が言ってもいないことを,さも私の主張のように書」いた箇所が存在すると主張しているのであるが,これが,一般読者の普通の注意と読み方に従えば,原告が被告佐藤の主張を捏造して批判している,という意であると解されることも明らかである。 被告が挙げる「人民戦線」の箇所は,「滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり,絶対に許せません。」という論評の前提となるに足る真実性を有するものとしての,実質を欠いており,形式論へのすり替えであることは明白である。被告の主張は失当である。 (4)また,被告佐藤は,山川均や和田洋一(1903~94,元同志社大学文学部教授)といった,1938年に人民戦線事件で検挙されたことで知られる人物の主張を,リベラル・左派系のメディアで,しばしば好意的に取り上げている。和田が深く関与していた雑誌『世界文化』の同人たち,および山川均が同事件で検挙されたことは,高校の日本史教科書にも記述されている,周知の事実である。このことは,被告佐藤が自らを,「人民戦線」への志向を持った人物として,リベラル・左派系の読者に印象づけようとする行為であると解されるべきである。 被告佐藤は,『獄中記』の「序章」において,和田洋一について,「和田先生には前科があった。一九三八年六月二四日に治安維持法違反(京都人民戦線事件)で逮捕され,翌三九年一二月一四日までの五三八日間の獄中暮らしをした経験がある。」と書いた上で,「序章」全般にわたって,和田との学生時代以来の親しい交流を描いている。 また,これは論文刊行後であるが,被告佐藤の著書『世界認識のための情報術』(金曜日刊,2008年7月10日発行)では,「『週刊金曜日』への私の想い――序論として」の1頁目から,同じく和田に関する説明と和田と佐藤との交流が9頁にわたって述べられており,しかも,この「序論」の章全体(全31頁)が,被告佐藤が語るところの和田の姿勢と発言を補強する形で構成されている。 また,被告佐藤は,『世界』2005年7月号から9回にわたって掲載された連載「民族の罠」の,第8回目(2006年3月号)と最終回(2006年4月号)において,山川均のファシズム論を好意的に紹介しており,また,「山川均の平和憲法推進戦略」(『世界』2008年6月号)でも,山川均の安全保障論を肯定的に解釈し直して紹介した上で,同文章を「山川均はまさに日本におけるマルクスの後継者なのだと,筆者は見ている。」と結んでいる。 山川均は,共同戦線論の提唱者としても知られている。『広辞苑 第六版』の「山川均」の項の全文は,以下のようになっている。 「社会運動家。岡山県生まれ。明治末以来社会主義運動に従事,赤旗事件で入獄。日本共産党創立に参画。山川イズムと称される共同戦線党論を主張。再建共産党には加わらず,労農派論客として活躍。第二次大戦後は日本社会党に属し,社会主義協会を創設。(一八八〇-一九五八)」 また,雑誌『世界』,被告佐藤の著書『獄中記』を刊行する株式会社岩波書店,『世界認識のための情報術』を刊行する株式会社金曜日は,一般的にはリベラルまたは左派系の出版社として知られる。 したがって,被告佐藤は自らを,「人民戦線」への志向を持った人物として,リベラルまたは左派系の読者に印象づけようとしていたと解されるべきであって,このことからも,被告佐藤が実質的には「人民戦線」について記述していたことは明らかである。 以上,原告が「論文」で被告佐藤が「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように書いたとする被告の主張が,真実でないことは明らかである。」 (4)は駄目押しのようなものであり、主張としては(2)(3)が中心的なものである。佐藤が形式論に逃げようとしていること(しかもそれすら成立していない)は明らかである。そして、この「人民戦線」云々のみで「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です。言論を超えた私個人への攻撃であり、絶対に許せません。」と主張しているのだから、呆れるほかない。 しかも、「佐藤優の言論封殺行為について(原告「準備書面(1)」より)」で述べたように、『週刊新潮』の記事が、「原告の社会的評価を低下させることにより,論文の信頼性の低下を企図して,被告佐藤が,昵懇の『週刊新潮』記者,被告新潮社,被告早川清と結託して成立せしめたことは明らか」である。佐藤は、「言っていないこと」がこの「人民戦線」云々のみであったにもかかわらず、この結託行為を行なっているわけであるから、これが、「原告に対する人身攻撃」であり、「原告の社会的評価を低下させることにより,論文の信頼性の低下を企図」したものであることも自明である。これによって、私の論文への反論を回避しようとしたのだろう。まさしく「言論封殺」行為であり、絶対に許されるべきではない。 もちろん、佐藤を相変わらず使い続けるマスメディア、特に、リベラル・左派も同罪である。このことは、「首都圏労働組合特設ブログ」で書いたが、岩波書店(および岩波書店労働組合)が、この『週刊新潮』の記事に乗じて、私への「言論封殺」行為を行い、退職することすら促したことに、大変明瞭に現れている。 佐藤のこうした言論封殺行為およびそれを支える諸言動が、マスメディア、特にリベラル・左派によって公然と容認されていること自体が、私が<佐藤優現象>と呼んでいるものの一つの現われである。この裁判では、佐藤とともに、こうしたリベラル・左派をはじめとしたマスメディアの異常さにも注目が集まることを期待する。
by kollwitz2000
| 2010-01-30 00:00
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