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2010年 02月 05日
既に述べたように、佐藤は被告準備書面(2)で、論文「<佐藤優現象>批判」(以下、論文と略)内の9箇所について、佐藤の発言を「曲解している」などと主張している。今回は、この9箇所のうちの2箇所目を紹介しよう(1箇所目については既に述べた)。
順番的には、相手側が挙げてきた9箇所のうちの9番目のものを取り上げることにする。これは、9箇所のうちには取るに足りないものもいくつかあるので、順番に取り上げていっては内容がダレてしまうからである。 今回、この9番目の箇所を取り上げるのは、佐藤の在日朝鮮人に対する攻撃性と、その弁明の支離滅裂さが、大変鮮明に現れているからである。佐藤はここで、朝鮮総連に対する「国策捜査」すら擁護している。かなり長いが、是非ご一読いただきたい。 ここでは、私が、佐藤は朝鮮総連とその他の(日本国民の)団体との間で「二重基準」を適用している、と主張しているのに対し、佐藤は、自分はそのような「二重基準」は適用していない、と述べている。また、他方で、「朝鮮総連は朝鮮民主主義人民共和国という特定の国家と結びついており、その意味において、部落解放同盟やJR総連と同列に扱うことはできず、《二重基準》という主張の前提がそもそも成り立たない」とも述べている。こうした主張に対して、いや、佐藤は「二重基準」を明確に適用しているし、後者の主張も佐藤自らが実は否定しているのだ、というのが私の主張である。 まずは、佐藤側の主張、被告準備書面(2)の該当箇所を紹介する(下線強調は原文、太字強調は引用者)。冒頭で、私の「<佐藤優現象>批判」のうち、佐藤が「曲解している」と主張している箇所が引用されている。 ------------------------------------------------------- (9)「論文」157,8頁註(55) 《なお、佐藤は、日本がファシズムの時代になり、「国家に依存しないでも自分たちのネットワークで成立できる部落解放同盟やJR総連の人たち」がたたきつぶされると、左右のメディアも弾圧されて結局何もなくなると主張する(「国家の論理と国策操作(ママ)」『マスコミ市民』2007年9月号)。ところが、佐藤は同じ論文で、緒方重威元公安調査庁長官の逮捕について、「国民のコンセンサス、を得ながら朝鮮総連の力を弱める国策の中で、今回の事件をうまく使っている」と述べており(傍点引用者)、朝鮮総連の政治弾圧には肯定的である。この二重基準に、「国民戦線」の論理がよく表れている。「国民戦線」の下では、「人権」等の普遍的権利に基づかない「国民のコンセンサス」によってマイノリティが恣意的に(従属的)包摂/排除されることになる。》との記述がある。 しかしながら、「この事件をうまく使っている」というのは、検察が自分たちにとっての「きれいな社会」を作るために緒方公安調査庁元長官の事件をうまく使っているという意味であり、これに対し被告佐藤はそのような考えこそが全体主義なのだと否定的な評価をしている。さらに、この記事において被告佐藤は朝鮮総連についてはその力を弱める国策があるという事実を述べているだけで、総連の政治弾圧にはここで肯定的評価も否定的評価もしていない。従って、《二重基準》という「論文」の指摘は当たらない。原告によれば、この曲解に基づいた「二重基準」に、被告佐藤が言ってもいない「国民戦線」の論理がよく表れているそうである。 さらに言うならば、朝鮮総連は朝鮮民主主義人民共和国という特定の国家と結びついており、その意味において、部落解放同盟やJR総連と同列に扱うことはできず、《二重基準》という主張の前提がそもそも成り立たない。 被告佐藤が、『マスコミ市民』2007年9月号「国家の論理と国策捜査」(乙8号証9,10頁)に記述した内容は以下のとおりである。 「基本的に検察官は、『きれいな社会』を作りたいという情熟のみで、『国が滅びても正義が実現すればいい』という発想ですから、国益というより『公益観』なのだと思います。ただし、この『公益観』は市民が下から築きあげた本物の公益とは異なる司法官僚の出世の基準にすぎません。 緒方公安調査庁元長官が捕まった事件は、『きれいな社会』を作ろうとする検察の本質を能く表していると思います。この事件は一種の国策捜査ですが、これは権力内の内部抗争です。警察は『俺たちの上でいつもえらい顔をしている検察の中はどうなっているのだ』と、先に手をつけたかったと思うのです。そうなると検察の権威は丸潰れですから、『うちの出身であってもお目こぼししない』と、緒方元長官を捕まえたのだと思います。さらに検察は、朝鮮総連を被害者にすることによって、“朝鮮総連に対してもわれわれはフェアーに対応している”という外観を装いました。『被害者だから協力しろ』と言いつつ、被害者なのか加害者なのかわからないような取り調べをしていると思います。そして国民のコンセンサスを得ながら朝鮮総連の力を弱める国策の中で、今回の事件をうまく使っているのだと思います。 歴史上、極端にきれい好きな政治家はアドルフ・ヒトラーでした。独裁国の街は非常にきれいです。つまり『きれいにしたい』ということは、自分の思うとおりに何でもしたいということですし、『きたない部分』とは、自分の思うとおりにならない部分です。それを除去していく考えこそが、全体主義なのです。」 ---------------------------------------------------- この箇所については、佐藤側の主張はこれで全部である。以下は、私の反論(原告準備書面(2))である(下線強調は原文、太字強調は引用者)。論証するために、かなり長くなってしまったが、ここまで言っておいてよくシラを切れるなあ、という内容なので、是非お読みいただきたい。 ----------------------------------------------------- (9)「論文」157,8頁註(55) 被告は,原告の「論文」の《なお,佐藤は,日本がファシズムの時代になり,「国家に依存しないでも自分たちのネットワークで成立できる部落解放同盟やJR総連の人たち」がたたきつぶされると,左右のメディアも弾圧されて結局何もなくなると主張する(「国家の論理と国策操作(ママ)」『マスコミ市民』2007年9月号)。ところが,佐藤は同じ論文で,緒方重威元公安調査庁長官の逮捕について,「国民のコンセンサスを得ながら朝鮮総連の力を弱める国策の中で,今回の事件をうまく使っている」と述べており(傍点引用者),朝鮮総連の政治弾圧には肯定的である。この二重基準に,「国民戦線」の論理がよく表れている。「国民戦線」の下では,「人権」等の普遍的権利に基づかない「国民のコンセンサス」によってマイノリティが恣意的に(従属的)包摂/排除されることになる。》との記述について,「「この事件をうまく使っている」というのは,検察が自分たちにとっての「きれいな社会」を作るために緒方公安調査庁元長官の事件をうまく使っているという意味であり,これに対し被告佐藤はそのような考えこそが全体主義なのだと否定的な評価をしている。さらに,この記事において被告佐藤は朝鮮総連についてはその力を弱める国策があるという事実を述べているだけで,総連の政治弾圧にはここで肯定的評価も否定的評価もしていない。従って,《二重基準》という「論文」の指摘は当たらない。」と主張している。 また,「朝鮮総連は朝鮮民主主義人民共和国という特定の国家と結びついており,その意味において,部落解放同盟やJR総連と同列に扱うことはできず,《二重基準》という主張の前提がそもそも成り立たない。」とも主張している。 だが,以下に述べるように,「二重基準」という原告の「論文」の指摘は,被告佐藤の主張を的確に表現したものである。 被告は,「「この事件をうまく使っている」というのは,検察が自分たちにとっての「きれいな社会」を作るために緒方公安調査庁元長官の事件をうまく使っているという意味であり,これに対し被告佐藤はそのような考えこそが全体主義なのだと否定的な評価をしている。」と主張しているが,被告佐藤は同じ文章で,「政治の力で公平配分を担保するシステムは,ある程度の腐敗がつきものです。その構造にメスを入れて「きれいな社会」を作りたいという考えが,検察の国益観です。」と述べており(9頁),また,「緒方公安調査庁元長官が捕まった事件は,「きれいな社会」を作ろうとする検察の本質をよく表していると思います。この事件は一種の国策捜査ですが,これは権力内の内部抗争です。」とも述べている(10頁)。したがって,被告佐藤は,「国策捜査」について,検察が「きれいな社会」を作りたいという考えに基づき行なうものとして,「否定的な評価をしている」と言うことができる。 ところが,他方,被告佐藤は,朝鮮総連に対する「国策捜査」の適用に関しては,以下で示すとおり,肯定的である。 被告佐藤は,前記論文「対北朝鮮外交のプランを立てよと命じられたら」(甲41号証(注・『別冊正論』Extra.02所収,2006年7月刊)において,「読者からの「軟弱だ」という非難を覚悟した上で言うが,筆者自身は北朝鮮国家を生き残らせる方向が日本の国益により適うと考える。その理由については後で説明するが,まず,「北朝鮮を叩き潰すという前提でマスタープランを組み立てよ」という国家意思が明確に示された場合の筆者の腹案を記したい。」(31頁)と前置きした上で,その「腹案」の中で,以下のように述べている。 「「平壌宣言」の廃棄だけでは,日本国内から民間のカネや物が北朝鮮に流れることを阻止できない。そこで警察庁,国税庁,検察庁が一体となって国策捜査を展開するのだ。日本は法治国家である。従って,違法な捜査はしない。しかし,これまでは「お目こぼし」の範囲内にあった違反行為でも徹底的に摘発し,逮捕,長期勾留,厳罰,マスコミに対する情報のリークで,北朝鮮とビジネスをすることで利益を得ている者を,朝鮮籍,韓国籍をもつ在日外国人であるか,帰化日本人であるか,生まれたときからの日本人であるか,中国人,アメリカ人などのその他の外国人であるかを一切問わず,徹底的に叩き潰すことである。」(31~32頁) 「実は北朝鮮はこの国策捜査のシナリオを何よりも恐れている。北朝鮮政府の事実上の公式ウェブサイト「ネナラ(朝鮮語で「わが国」の意)・朝鮮民主主義人民共和国」が二〇〇六年三月二十八日付の北朝鮮外務省スポークスマン声明を掲載しているが,ここに大きなヒントが隠れている。少々長いが全文を正確に引用する。 〈朝鮮民主主義人民共和国外務省代弁人の談話 最近,日本当局の反共和国・反総聯騒ぎは新たな様相を帯びて,いっそう悪辣に繰り広げられている。 すでに報道されたように,日本当局は去る3月23目,警視庁公安部の主導のもとに数十人の大阪府警察機動隊を動員して,在日本朝鮮人大阪府商工会とわが同胞が経営する商店や家宅など6か所に対する強制捜索を強行するなど,総聯の弾圧に平然と国家権力を投入した。 のみならず,日本当局はすでに総聯の中央会館や東京都本部の会館,出版会館に対する固定資産税減免措置を取り消して差押処分を下し,ついで「現行法の厳格な適用」という美名のもとに,全国のすべての総聯関連施設に対する地方自治体の固定資産税減免措置を完全になくそうとするなど,総聯を崩壊させるための財政的圧迫をさらに強めている。 われわれは,いま日本でヒステリックに繰り広げられている総聯と在日朝鮮公民に対する殺伐たる弾圧騒ぎを絶対に袖手傍観することはできない。 元来,日本政府は,歴史的見地からしても当然,総聯の活動を保障し,在日朝鮮人の生活を保護すべき法的・道徳的責任を担っている。 日本の総理は,朝日平壌(ピョンヤン)宣言を採択した時をはじめ多くの機会に,在日朝鮮人が差別されないよう友好的に彼らに対するという立場を繰り返し表明し,日本政府もこの2月の初めに,北京における朝日国交正常化会談でこれを再確認した。 にもかかわらず,「法治国家」を自任する日本が,解決済みの「拉致問題」を故意に総聯と結びつけ,国家権力まで発動して無頼漢のように総聯と在日朝鮮公民に対するファッショ的暴挙を強行し,われわれに「圧力」をかけようとするのは,実に浅ましく卑劣であり,笑止の至りである。 総聯は,わが同胞の諸般の民主主義的民族権利を擁護する朝鮮民主主義人民共和国の合法的な海外公民団体であり,朝日両国間に国交がない状況のもとで日本人民との友好親善をはかる外交代表部の役割を担い,果たしている。 こうした尊厳ある総聯と在日朝鮮公民に対する弾圧は朝日平壌宣言を踏みにじるものであり,わが共和国に対する許しがたい主権侵害行為である。 日本の悪辣かつ無分別な振る舞いは,わが軍隊と人民の限りない嫌悪感と満身の怒りを湧き立たせている。 われわれは,日本政府の直接的な庇護,助長のもとに体系的に強行されている総聯と在日朝鮮公民に対する弾圧行為を徹底的に計算し,それに強力に対応するであろう。 日本当局は絶対に,それによって招かれる重大な事態の責任を逃れることはできない。2006年3月28日 平壌〉 「敵が嫌がることを率先して行う」というのはインテリジェンス工作の定石だ。北朝鮮政府が重要なシグナルを出しているのだから,それを正確に読み取って,「現行法の厳格な適用」という国策捜査を用いて,北朝鮮に流れるカネ,物の元栓を完全に閉めるのだ。日本国家の暴力性を最大限に発揮した国策捜査は経済制裁よりも効果がある。」(32~33頁) 以上のように,被告佐藤はここで,「北朝鮮政府の事実上の公式ウェブサイト「ネナラ(朝鮮語で「わが国」の意)・朝鮮民主主義人民共和国」」の「二〇〇六年三月二十八日付の北朝鮮外務省スポークスマン声明」において批判されている,2006年3月23日の在日本朝鮮人大阪府商工会等への警視庁による強制捜索,および「現行法の厳格な適用」という名目の下での,「全国のすべての総聯関連施設に対する地方自治体の固定資産税減免措置」の廃止を「国策捜査」と規定している。 上の文章で示されている「腹案」は,一応,仮定上のものとして記述されているが,「「ネナラ」,北朝鮮からのシグナル」(甲43号証,『地球を斬る』角川学芸出版刊,66頁。初出はインターネットサイト「フジサンケイビジネスアイ」「北朝鮮からのシグナル」2006年4月13日付)では,仮定上のものだったはずの主張が,以下のように,被告佐藤の自論として記述されている。 「 なぜ北朝鮮はこのタイミングでシグナルを送ってきたのか。このヒントは「ネナラ」に掲載された三月二十八日の北朝鮮外務省スポークスマンの声明にある。 〈日本当局は三月二十三日,警視庁公安部の主導のもとに数十人の大阪府警察機動隊を動員して,在日本朝鮮人大阪府商工会とわが同胞が経営する商店や家宅など六ヵ所に対する強制捜索を強行するなど,総聯の弾圧に平然と国家権力を投入した。のみならず,日本当局はすでに総聯の中央会館や東京都本部の会館,出版会館に対する固定資産税減免措置を取り消して差押処分を下し,ついで「現行法の厳格な適用」という美名の下に,全国のすべての総聯関連施設に対する地方自治体の固定資産税減免措置を完全になくそうとするなど,総聯を崩壊させるための財政的圧迫をさらに強めている〉 日本政府が朝鮮総連の経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮が逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。 政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネスで利益を得ている勢力を牽制(けんせい)することが拉致問題解決のための環境を整える。」 すなわち,ここで被告佐藤は,上述の「対北朝鮮外交のプランを立てよと命じられたら」(甲41号証)と同じく,「北朝鮮政府の事実上の公式ウェブサイト「ネナラ(朝鮮語で「わが国」の意)・朝鮮民主主義人民共和国」」の「二〇〇六年三月二十八日付の北朝鮮外務省スポークスマン声明」から引用した上で,2006年3月23日の在日本朝鮮人大阪府商工会等への警視庁による強制捜索,および「現行法の厳格な適用」という名目の下での,「全国のすべての総聯関連施設に対する地方自治体の固定資産税減免措置」の廃止について,「拉致問題解決のための環境を整える」と肯定的な見解を示している。 以上から,被告佐藤は朝鮮総連に対する「国策捜査」を肯定的に捉えている,と言える。 したがって,被告は「「この事件をうまく使っている」というのは,検察が自分たちにとっての「きれいな社会」を作るために緒方公安調査庁元長官の事件をうまく使っているという意味であり,これに対し被告佐藤はそのような考えこそが全体主義なのだと否定的な評価をしている。さらに,この記事において被告佐藤は朝鮮総連についてはその力を弱める国策があるという事実を述べているだけで,総連の政治弾圧にはここで肯定的評価も否定的評価もしていない。」と主張しているが,被告佐藤が他の媒体で朝鮮総連への「国策捜査」に肯定的であることを明示しているのであるから,「国民のコンセンサスを得ながら朝鮮総連の力を弱める国策の中で,今回の事件をうまく使っている」という被告佐藤の記述を,「国民のコンセンサスを得ながら」および「うまく」という,通常肯定的な意を持つ表現が用いられていることにも留意して,朝鮮総連への政治弾圧を肯定したものとして解釈することは,正当である。 また,被告佐藤は朝鮮総連への「国策捜査」に肯定的であるのだから,「国民のコンセンサスを得ながら朝鮮総連の力を弱める国策」という記述に関して,その前にある,被告佐藤が肯定的であると考えられる「被害者なのか加害者なのかわからないような取り調べ」を受けているものと捉え,「朝鮮総連の力を弱める」ために,検察が「今回の事件をうまく使っている」と解釈することも,正当である。 そして,この記事においては,「「国家に依存しないでも自分たちのネットワークで成立できる部落解放同盟やJR総連の人たち」への「国策捜査」には否定的と見なしうる一方で,前述のように,朝鮮総連への政治弾圧には肯定的であると見なしえ,しかも,朝鮮総連への「国策捜査」には肯定的であるから,これを指して「二重基準」だと言うことも正当である。 また,被告は「朝鮮総連は朝鮮民主主義人民共和国という特定の国家と結びついており,その意味において,部落解放同盟やJR総連と同列に扱うことはできず,《二重基準》という主張の前提がそもそも成り立たない。」と主張しているが,被告佐藤自身が,原告の「論文」発表(掲載号は2007年11月10日発行であるが,実際には,11月初頭には販売していた書店も存在した)後に刊行した,『国家論』(甲44号証,日本放送出版協会刊,2007年12月25日発行,「あとがき」の日付は「二〇〇七年一一月一八日」)においては,「いま重要なのは,JR総連のような労働組合,部落解放同盟,そして在日外国人の運動――これは朝鮮総聯(在日本朝鮮人総聯合会)も含みます――です。このような,国家に頼らずに,お互いで助け合っていける団体がある。国家に対する異議申し立て運動をして,国家に圧力を加えられたとしても,自分たちの中で充足して,生き延びていくことができる。そのようなネットワークがないといけません。」(136~137頁),「朝鮮総聯の日本社会の民主化を担保する機能もきちんと理解しておく必要があります。」(137頁)などと,朝鮮総連を「部落解放同盟やJR総連と同列に扱」っているのであるから,朝鮮総連と「部落解放同盟やJR総連」を同列に扱うことは正当である。また,『国家論』(甲44号証)以前に発表された被告佐藤の記事において,朝鮮総連と「部落解放同盟やJR総連」を同列に扱った上で,姿勢の相違を「二重基準」と評することは,その根拠があれば正当であると解されるべきであり,前述のように,原告はその根拠を提示している。
by kollwitz2000
| 2010-02-05 00:00
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