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2010年 02月 11日
既述のように、佐藤は被告準備書面(2)で、論文「<佐藤優現象>批判」(以下、論文と略)内の9箇所について、佐藤の発言を「曲解している」などと主張している。今回は、この9箇所のうちの3箇所目を紹介しよう(1箇所目と2箇所目については既に述べた)。
今回は、9箇所のうちの6番目のものを取り上げる。 私は、佐藤の文章を読んで、佐藤は2007年のアメリカ下院の「慰安婦」決議について、不正確な事実に基づくもので不当だ、と見なしていると思っていたので、論文でそのように指摘した。ところが、佐藤は、そうではないと言うのである。佐藤のここでの反論は、なぜこれが反論足りうると思ったのか不思議に思う水準なのだが、ここでは、佐藤の弁明がどれほど形式論に終始したものであるかという点と、そしてそれすら全く成立していない点を鑑賞していただきたい。 まずは、佐藤側の主張、被告準備書面(2)の該当箇所を紹介する(下線強調は原文、太字強調は引用者)。冒頭で、私の「<佐藤優現象>批判」のうち、佐藤が「曲解している」と主張している箇所が引用されている。そして、最後に、私が取り上げている文章の一部が引用されている。 --------------------------------------------------------- (6)「論文」131頁上段10行日~16行日 《産経新聞グループのサイト上での連載である(地球を斬る)では、「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し、「慰安婦」問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている。》との記述がある。 しかしながら、被告佐藤は、「慰安婦問題を巡るアメリカの報道には無茶苦茶なものが多い」という事実を指摘しているのであって、《アメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し》ている事実はない。 さらに、「安倍発言は従来の政府見解と何ら齟齬を来していない」と言っているのであって、原告が言うような《正当》か否かということについては何ら述べていない。また、「安倍総理は、慰安婦問題について強制性を認めているのである」と言っており、《あたかも「慰安婦」決議自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている》というのは曲解である。 すなわち、フジサンケイビジネスアイ「地球を斬る」2007年8月8日「米下院の慰安婦決議(上)」(乙6号証)では、『慰安婦問題を巡るアメリカの報道には無茶苦茶なものが多い。『20万人のアジア女性をレイプ・センターに入れた』などという事実無根な話が独り歩きしている。 3月1日の安倍総理の発言についても冷静に考えてみる必要がある。安倍発言の趣旨は慰安婦について「狭義の強制性はなかった」という認識を示したのであり、これは従来の政府見解と何ら齟齬を来していない「狭義の強制性はなかった」という認識は「広義の強制性はあった」という前提でなされている。「強制性があったかなかったか」という設問に対して、「あった」という回答になる。安倍総理は、慰安婦問題について強制性を認めているのである。それだけのことだ。』 -------------------------------------------------- この箇所については、佐藤側の主張はこれで全部である。以下は、私の反論(原告準備書面(2))である(原文は強調なし、太字強調は引用者)。余談だが、ここで引用したように、佐藤が「アジア女性基金」(「国民基金」)を擁護していることは、「国民基金」の性格を考える上で大変示唆的である。 -------------------------------------------- (6)「論文」131頁上段10 行日~16行日 被告は,原告の「論文」の《産経新聞グループのサイト上での連載である(地球を斬る)では,「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し,「慰安婦」問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして,あたかも「慰安婦」決議自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている。》との記述について,「被告佐藤は,「慰安婦問題を巡るアメリカの報道には無茶苦茶なものが多い」という事実を指摘しているのであって,《アメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し》ている事実はない。」と主張している。 だが,被告佐藤の「慰安婦問題を巡るアメリカの報道には無茶苦茶なものが多い」という発言を,「「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「無茶苦茶」と非難し」と要約したことは,何ら「曲解」と言えず,ましてや,被告佐藤の主張を「曲解」しており,「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように言っていることに当たらないことは明白である。被告の主張は失当である。 また,被告は,「「安倍発言は従来の政府見解と何ら齟齬を来していない」と言っているのであって,原告が言うような《正当》か否かということについては何ら述べていない。また,「安倍総理は,慰安婦問題について強制性を認めているのである」と言っており,《あたかも「慰安婦」決議自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている》というのは曲解である。」と主張している。 だが,被告佐藤は同じ文章で,「ワシントンの日本大使館やアメリカ各地の日本総領事館が慰安婦問題に関する政策広報をきちんと行っていればこのようなことにならなかったはずだ。筆者の理解では,外務省が「アジア女性基金」の活動をアメリカで正確に紹介していれば,事態がここまで悪化することを避けることができた。「アジア女性基金」は「従軍慰安婦」という用語を用いず「慰安婦」としている。また,「狭義の強制性」も認めていない。慰安婦の人々に日本の総理が「おわびの手紙」を出している事実をアメリカ議会関係者に日本の外交官がていねいに説明していれば事態の展開は異なった。」と主張しており,「アジア女性基金」を肯定的に評価している。 また,被告佐藤は,『国家と人生』(甲42号証,竹村健一との共著,太陽企画出版刊,2007年12月5日発行)でも,277頁から278頁にかけて,「過去,日本は村山首相談話や河野洋平官房長官の発言などで,アジア各国に公式に謝罪しました。アメリカ側はこれでは不十分だというのですが,ともあれ,日本の内閣総理大臣や官房長官が公式に謝罪した以上はそれを継承するべきです。外交面ではマキャベリックな発想が必要です。 たとえば慰安婦問題なら,「アジア女性基金」のメンバー,三木元首相夫人の三木睦子さんなどをアメリカに派遣し,アジア女性基金の活動を報告してもらえばよい。」「アジア女性基金は民間団体ということになっていますが,実際の運営資金は国が援助しています。元慰安婦に対しては内閣総理大臣,厚生労働大臣,厚生労働省から見舞金が出されており,内閣総理大臣も手紙を書いています。こうした活動ぶりをアメリカ側に説明すれば,アメリカの世論は割れると思います。アメリカ世論は,日本は何も責任をとっていないと誤解しているのですが,過去,日本は談話も発表しているし,きちんと対応しているとアピールする。 こうした活動を展開してアメリカ世論を味方につける。これぞまさしくインテリジェンスというものだと思います。」と述べており,被告佐藤が「アジア女性基金」を肯定的に捉えていることは明らかである。 この「アジア女性基金」は,「従来の政府見解」と同義である。そして,被告佐藤は,「安倍発言の趣旨は慰安婦について「狭義の強制性はなかった」という認識を示したのであり,これは従来の政府見解と何ら齟齬を来していない。」と主張しているのであるから,被告佐藤は,「従来の政府見解と何ら齟齬を来していない」安部発言を「正当」と見なしていると言える。 したがって,原告の「論文」における,「安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして」という記述は,何ら「曲解」ではなく,ましてや,「言ってもいないこと」をさも被告佐藤の主張のように言っていることに当たらないことは明白である。被告の主張は失当である。 また,被告佐藤は,同じ文章で,「慰安婦問題を巡るアメリカの報道には滅茶苦茶なものが多い。「20万人のアジア女性をレイプ・センターに入れた」などという事実無根の話が独り歩きしている。」などと述べた上で,「ワシントンの日本大使館やアメリカ各地の日本総領事館が慰安婦問題に関する政策広報をきちんと行っていればこのようなことにならなかったはずだ。筆者の理解では,外務省が「アジア女性基金」の活動をアメリカで正確に紹介していれば,事態がここまで悪化することを避けることができた。」と主張しているのであるから,被告佐藤が《あたかも「慰安婦」決議自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている》ことは明らかである。したがって,「論文」の記述は「曲解」ではなく,被告の主張は失当である。
by kollwitz2000
| 2010-02-11 00:00
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