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2010年 03月 10日
6.
以上で、川瀬氏の発言に関する総論を終えることにする。では、以下、川瀬氏の発言を順次検討していこう。 ①「やっぱ、twitterでの発言は、文脈(今までの生き方も含む)と切り離されて一人歩きして解釈される危険性があるなあ、と実感。いや、数日前の発言を批判されたんですよ。俺からすれば誤読だけど。」 ②「@yamaguchiM いやあ、敢えて「国益」的な立場だったとしても、という意味なんですけどねえ。普遍的人権と思ってるに決まってるっつーの(笑)。リアルポリティックスとか言うなら、それくらいの「外交手腕」を見せろよ、というつもりだったんですけどね。 」 川瀬氏はここで「やっぱ、twitterでの発言は、文脈(今までの生き方も含む)と切り離されて一人歩きして解釈される危険性があるなあ、と実感。」と発言している。ということは当然、川瀬氏は、今回の私の文章を、川瀬氏の発言を「文脈(今までの生き方も含む)と切り離」して「一人歩きして解釈さ」れたものと捉えているということになる。 だが、川瀬氏がここで言う「文脈」の意味が、私にはさっぱり分からない。私が前回の記事でとりあげた川瀬氏の発言は、2月25日午後3時1分付のものである。そして、その前後において、twitter上だけでなく川瀬氏のブログにおいても、川瀬氏は今回の朝鮮学校排除問題についてこれ以外に発言しているのは、私が前回記事を発表した3月4日時点では、3月3日の橋下発言への川瀬氏の苦言だけである。この苦言と2月25日の発言だけで、いかなる意味において「文脈」が構成されうるのか謎である。 私が言っているのは極めて単純な話であって、自分の発言の責任をとれ、ということだけだ。川瀬氏は、まともに反論すればよいだけの話にもかかわらず、ありもしない「文脈」を持ち出して、「誤読」だ、などと発言の責任を回避しているにすぎない。どこまで破廉恥な人物なのだろうか。 また、川瀬氏は、「普遍的人権と思ってるに決まってるっつーの(笑)。」などと言って、反論したつもりになっているようだが、前述のように、川瀬氏の「内心」はどちらでもよいのである。そして、「 いやあ、敢えて「国益」的な立場だったとしても、という意味なんですけどねえ」という論理こそ、私が批判した当のものであるから、「誤読」であるはずもない。意図的な歪曲または基礎的な文章読解力の欠如である。 また、言うまでもないが、朝鮮学校排除問題を普遍的人権の問題であると「内心」思うことと、政治的見解としては「寛容」論を表明することとは両立する。したがって、「普遍的人権と思ってる」ことは、そもそも反論にすらなっていない。 また、川瀬氏は、自らの「内心」をここで説明している。これは、自らの「内心」は違う、という川瀬氏の主張に則ったとしても(言うまでもないが、川瀬氏の「内心」が別途仮に表明されていたとしても、私は「寛容」論という論理を批判しているのであるから、私の批判の論旨は影響を受けない)、私がとりあげた文章においては説明不足だった、ということを認めたことを意味する。だから、川瀬氏の、自分の「内心」は別、という反論にならない反論を仮に認めるとしても、問題は私の「誤読」ではなく、川瀬氏の説明不足および文章表現の誤りが問題だった、ということになる。川瀬氏は、自分の過誤をよそに、私の「誤読」を主張しているのである。これで教育者の資格があるのだろうか。 ここで、「文脈(今までの生き方も含む)」という発言を見よう。前述のように、川瀬氏の前後の発言においては、それらしき「文脈」はないから、川瀬氏は恐らく、このカッコ内の「(今までの生き方も含む)」に力点を置いて、「文脈」と主張しているのだと思われる。だが、前述のように、この「(今までの生き方も含む)」というのは、より珍妙な主張である。川瀬氏の「今までの生き方」をどこまで理解してあげれば、私は批判する権利が得られるのだろうか?一般的に、ある人物のある発言を批判する際に、「今までの生き方」を知っておかなければならないはずがない。そもそも私は川瀬氏に「今までの生き方」について多くを知らないが、だからといって発言を批判する権利がなくなるはずもない。私たちは<本当の川瀬さん>を知らない限り、川瀬氏を批判できないのだろうか。私たちは川瀬氏の母親や恋人ではない。 7. また、川瀬氏の「今までの生き方」も含めて「文脈」だと考えれば、川瀬氏が自分自身の主張ではないとする「「こっちから寛容さを示して道徳的な優位性を保つ」姿勢は、むしろ、川瀬氏自身の主張として理解した方がよいように思われる。 そのことを考える上で、まず、川瀬氏が私淑していることを再三表明している、内田樹の見解を見てみよう。発言⑨からも垣間見れるが、川瀬氏は自らのブログで、内田樹を「内田樹先生」と敬称をつけて呼び、たびたび内田樹の発言・著作に対して極めて好意的に言及している。 http://d.hatena.ne.jp/t-kawase/archive?word=%C6%E2%C5%C4%BC%F9 以下、二つ目と三つ目の引用は長くなってしまったが、このポストコロニアル系の朝鮮史研究者が内田に私淑する理由を考える上で、なかなか示唆的なものだと思うので引用した。ご寛恕いただきたい(強調は引用者)。 「私はウェブサイトを開いて三年近くになりますが、そのあいだに掲示板にきびしい批判の言葉が書き込まれたことはほとんどありません。その数少ない例外が、在日コリアンの問題に言及したときです(たいしたことを書いたわけではありません。「在日外国人が、そのナショナル・アイデンティティに固執するかぎり、共生への道は遠いだろう」という持説を述べたのです)。」(内田樹「在日と共生」、内田樹・鈴木晶『大人は愉しい』ちくま文庫、2007年8月、212頁) 「「強い敵」とは誰だって共存せざるをえない。潰したくても潰せないから「強い」と言われるわけで、とりあえず共存するか従属する以外にこちらの選択肢はない。 しかし、「弱い敵」については、その生殺与奪の権は私たちの側に属する。私たちはそれを排除することも迫害することも差別することもできる。 しかし、それを自制し、「敵とともに生き、反対者とともに統治する」ことをオルテガは市民の基本的な構えであると書いているのである。 私はこのような考え方が今の私たちの社会にもっとも欠けているものではないかと思う。 私が「愛国心」という言葉を間くときに、いつも考えてしまうのは、「私は愛国者だ」と自称する人々にはオルテガ的な意味での「市民」の資格があるのだろうか、ということである。 私たちの社会には自らの「愛国心」をことさらに誇り、「国旗を掲げろ、国歌を歌え、皇室を敬愛しろ」などとまわりの人々にも愛国の身振りを強要する人々がいる。しかし、そのときの「国」とは何のことなのだろう? 彼らはことあるごとに「日本の国益」について語るが、そのときの「国益」というのは誰の利益のことなのだろう? 日本の「国益」を論じるときに、彼らは「自分たちの意見に反対する人間」を「日本人」にカウントしない。自説に反対する人は簡単に「非国民」と切り捨ててしまう。彼らにとっては、「自分に賛成する人間」だけが「日本国民」で、彼らに反対する人間はその利益を守るベき「日本国民」に含まれていない。(中略) 「国益」とか「公益」を規定することが困難なのは、自分に反対する人、敵対する人であっても、それが同一の集団のメンバーであるかぎり、その人たちの利益も代表しなければならないという義務を私たちが負っているからである。反対者や敵対者を含めて集団を代表するということ、それが「公人」の仕事であって、反対者や敵対者を切り捨てた「自分の支持者たちだけ」を代表する人間は「公人」ではなく、どれほど規模の大きな集団を率いていても「私人」にすぎない。 自分の意見に反対する人間、自分と政治的立場が違う人間、自分の利益を損なう人間であっても、それが「同じ日本社会」の構成員であるかぎり、その人は「同胞」であり、その権利を守り、その人の利害を代表することが私の仕事であると言い切れる人間だけがその語の厳密な意味における「公人」、すなわち「市民」であるとオルテガは考えており、私はその考えを支持する。(中略) しかし、すべての「他者」がフレンドリーなわけではない。 私たちの「同胞」である「他者」の中には、「私の意見に反対する人間、私と政治的立場が違う人間、私の利益を損なう人間、私の自己実現を阻む人間」が含まれている。 「同胞」とは、自分と政治的意見を同じくする人間だけでなく、また「私」の自己中心性を審問し、私を倫理的に高め、私のコミュニケーション感度を改善してくれる教化的な「他者」ばかりでなく、私たちに何の「善きこと」も贈ってくれないばかりか、むしろことあるごとに私たちの生活の邪魔をする「不快な隣人たち」をも含んでいる。 「不快な隣人たち」。それが「弱い敵」という言葉にオルテガが託した具体的な意味だ。 そのような「不快な隣人たち」と共生し、その利益を配慮し、その権利を擁護すること、それが「市民」の条件であるとオルテガは言っているのである。 「私人」としては不愉快でも、「市民」としてはやらなければならないことがある。その矛盾に耐えることが「公私の別」をわきまえるということである。 保守派であれ、多民族共生派であれ、「正しさ」を主張する人々に共通しているのは、「不快な隣人」を勘定に入れたがらないということである。 彼らはいずれも「正義の執行」を本質的に「快適なもの」として構想している。(中略) だが、この二種類の人々はいったいいかなる根拠があって、「正しい」ことの実践はそれ自体が「快適」であり、「正しいこと」の成就は「快適な社会の実現」であると信じていられるのであろう。 オルテガが暗に言っているのは、「市民として正しくふるまう」ということは、ほとんどの場合、「不快」に耐えることだ、ということである。 法規を守り、良俗美風に服し、私利の追求を自制し、欲望の実現を抑制するのが市民としての「正しいふるまい」である。そして、その「我慢」の最たるものが「弱い敵」との共生なのである。 どう考えたって、それが愉快な経験であるはずがない。 それは私自身に例えて言えば、靖国神社に額ずく人々の心情を配慮し、それと同時に、金正日に忠誠心を抱いている在日朝鮮人の権利も尊重しないとまずいわな、というような面倒な気配り仕事を意味している。 「私人としての私」にとって、彼らはいずれも「不快な隣人」である。しかし、残念ながら、彼らはまぎれもなく私の「同胞」である。それゆえ、「市民としての私」は彼らのイデオロギー的な歪みを含めてその心情を尊重し、彼らの政治的誤りを含めて、その政治的自由を保障しなければならない。オルテガが私たちに求めているのは、「そういうこと」である。」(内田樹『子どもは判ってくれない』文春文庫、22~27頁) 「 尹氏(注・尹健次)はだから日本が過去の植民地支配の犯罪性を「反省」しないかぎり、「北朝鮮の現在の政治体制の犯罪性」を糾弾する資格は日本にないと考える。私はこの論法によって日本国民を説得することはむずかしいだろうと思う。それは、同罪刑法的思考の根本的矛盾に尹氏がおそらく気づいていないからである。 「殴られたら、殴り返す」というルールは、それが人間同士の殴り合いの場面に適用されるならば、「痛み分けがなされた」という「痛みの相称性」の実感をもたらすことができる。しかし、これは「時間」というものを関与させていない場合にだけ成立するある種の「空論」である。 国際政治の場合には、「殴る」行為と「殴り返す」行為のあいだにしばしば何十年という長い時間差が介在する。抗争の当事者世代が死に絶えたあとも、まだ「殴り返し」が果たされないということも起こる。その場合、被害者の側では「殴られた痛み」の経験は執拗に語り継がれるが、「殴ったL加害経験はふつう次世代には語り伝えられない。 すると、一定時間が経過したのちには、被害者の側のリアリティと、加害者の側のリアリティのあいだに有意な差が生じることになる。被害者側に「私たちには殴り返す権利がある」と言われても、加害者側に「加害の実感」がないということが起こるのである。 現在の日本人のほとんどは直接的に植民地支配に関与したこともないし、アジア人民を殺傷した経験も迫害した経験もない。その私たちが「植民地支配を今ここで清算せよ」と言われても、それを心理的に受け容れることはむずかしい。そのむずかしさをクリアーして、私たちに「加害者意識」を徹底させるためには一つの論理的な架橋を行わないといけない。 それは、「国民国家は永遠不滅である」というイデオロギーを介入させることである。 つまり、どれほどの歳月が経っても、加害者世代が全員死に絶えても、日本国民のナショナル・アイデンティティは揺るぎないものであり、その出来事から一世紀経とうと十世紀経とうと「日本人は未来永劫に日本人であらねばならない」という国民幻想を賦活することなしには、「同罪刑法」を適用できる場は担保しえないのである。(中略) 同罪刑法的な「過去の清算」理論を述べる人たちは、いわば無時間的なモデルのうえで国際関係を構想している。だから、その主張そのものが当事者両国の国民国家幻想の「永続化・恒久化」という「時間的現象」を呼び寄せてしまっているという事実について十分な自覚がないのである。 誤解してほしくないが、「国民国家の犯した歴史的犯罪についての謝罪や反省を求めるべきではない」というようなことを私は述べているのではない。そのようなモラルハザードは国民国家幻想の永続化よりいっそう有害である。 私が言いたいのは、ほんとうに実質的な「過去の清算」を果たしたいと望むならば、被害者も加害者も、同罪刑法的モデルに基づいて問題を考える習慣をそろそろ廃すべきではないか、ということである。 私たちとアジアの人民のあいだに「時間」というファクターを含めた友愛と連帯の関係を構築するためにはどうすればよいか。問題はそのように立て直されるべきではないだろうか。 そのためには、かつてわが国民国家が犯した国家的犯罪の謝罪と清算は、そのようなエゴサントリックな国民国家幻想を私たち日本人自身が空洞化・無害化し、より開放的でより寛容な共同体を未来志向的に形成してゆくことそのものを通じて果たされる、という考え方をとることが必要であると私は考えている。それは、賠償請求や公的謝罪は「する必要がない」という意味ではない。しかし、賠償請求や公式謝罪が「同罪刑法」のロジックの枠内で論じられているかぎり、その議論は必ずや国民国家とナショナリズムをいっそう強化し、硬直化させる危険な反作用をもたらすことになるだろうと申し上げているのである。 論理的には「過去の清算」「痛みと屈辱のトレードオフ」こそが「正義」である。しかし、歴史が教えるように、これまでほとんどすべての「加害者」は、これは「殴り返し」であるという言い訳によっておのれのふるう加害的暴力を正当化してきた。日本のアジア侵略は主観的には「生命線の死守」として遂行されたし、太平洋戦争は「ABCD包囲網」への反攻であると正当化されていた。 あらゆる「加害の行動」はその前史として「被害の経験」を有しており、そのトレードオフとして発動する。そして、私の知るかぎり、同罪刑法のルールを適用しながら、「加害被害の因果関係をこれ以上以前には遡及しない」ということについて、関係者全員を合意させることに成功した政治家はこれまで存在しない(その端的な例が中東紛争である)。 「過去の清算」を原理とする「正義」は効果的に「正義」を実現することができない。これは私たちが歴史的経験から学んだ厳然たる事実である。 そのうえで私たちは、このまま同罪刑法的思考にこだわり、「過去の清算」「痛みと屈辱のトレードオフ」の成就を求め続けるか、それとも、このロジックからの転換をはかるかについて熟慮すべきときに来ていると私は思う。私は、同罪刑法的思考はもう限界に来ていると考えている。繰り返し言うように、それが「正しくない」からではなく、「実効的でない」という理由からである。 アジア人民との連帯と共生を志向する国民的合意の形成こそを私たちの国民的目的に設定すべきであり、そのプロセスで「戦争責任戦後責任の引き受け」は「負債の清算」というかたちではなく、「よりよい関係の構築」というかたちで果たされるだろう。そのような未来志向的な様態に切り替えるほかに、同罪刑法的無時間モデルの行きづまりを超克する方途はない。私はそう考える。」(前掲書、244~248頁) どうであろうか。私には、川瀬氏の元の発言、「朝鮮学校だけ除外、こういうのを「ケツの穴が小さい」というんだよ。こっちから寛容さを示して道徳的な優位性を保つって判断くらいできないのかね、情けねえ。 」という発言は、内田の上記の見解に極めて親和的と思われる。内田の主張においては、「植民地支配の過去清算問題はどうなるのだろうか」という疑問は、「同罪刑法的モデル」なる方法の放棄と「未来志向」の提言として、クリアされている。「寛容な共同体」たる日本国家が、北朝鮮に対して「道徳的な優位性」を継続すべきという立場は、内田の論理を今回の朝鮮学校排除問題に適用すればそのようになるもの、とすら言えるかもしれない。 なお、内田の主張は、一応、在日朝鮮人の権利の尊重は謳っているものの、民族教育権等の普遍的権利の擁護、という論理構成ではない。「金正日に忠誠心を抱いている在日朝鮮人の権利」が、「靖国神社に額ずく人々の心情を配慮」することと同列に論じられていることがそれを示唆しており、また、在日朝鮮人が「そのナショナル・アイデンティティに固執するかぎり、共生への道は遠いだろう」とすら発言している。内田の主張は、在日朝鮮人が「「同じ日本社会」の構成員」であるかぎり、その人は「同胞」」であるがゆえに、権利が守られねばならない、という論理構成になっている。逆に言えば、これは、「「同じ日本社会」の構成員」たる「同胞」という社会的(法的ではない。内田は外国人一般と、在日朝鮮人を分けている)基準に合致しなければ、権利の尊重の対象には基本的にならない、と言うことでもある。 内田の主張の論理(これと相反する私の主張は「イデオロギーの終焉(中)」参照)は、「左」「右」を問わず、朝鮮学校排除問題に関する現在の主流メディアの言説を支えているものである。kscykscy氏が鋭く指摘しているように、朝日新聞は朝鮮学校の教育「課程」にとどまらず教育「内容」にまで踏み込んで、教育「内容」の精査の必要性を自明視する言説を醸成させている。朝日は、朝鮮学校が日本人の「同胞」たる在日朝鮮人が通うものとしてふさわしいことを示そうとしているわけである。橋下知事が提示した「同胞」の基準は、朝鮮総連と結びつきを持たないことだ。要するに、朝日から橋下までの違いというのは「同胞」として認めるべきハードルの高低に過ぎない。それならば、多くの大衆は、朝日よりもむしろ橋下の「同胞」の基準を支持するだろう。 また、川瀬氏は、自身のtwitterの今年1月26日付の発言で、以下のように述べている。 「別に中島岳志さんの真似するわけないけど、もうちょっと「右翼」という思想をちゃんと考えようよ。僕の考える「ちゃんとした右翼」の見分け方は簡単。それは、中国人、韓国人、台湾人の親友がいること。今朝の朝日新聞の中曽根元首相のインタビュー見て、ますますそう思ったぜ。」 この定義からすれば、韓国や台湾の右派と大変交流が深い中井洽国家公安委員長や産経の関係者たち、その他、今回の高校無償化問題で精力的に朝鮮学校の排除を主張している多くの右派たちは、「ちゃんとした右翼」になる。だとすれば、普遍的権利としての在日朝鮮人、外国人の教育権など視野にすらない、中井や産経その他の主張も、レイシストたちによる論外の主張ではなく、「ちゃんとした右翼」による発言ということになるから、「普遍的権利」論よりも、「寛容」論の方が親和的である。 また、川瀬氏は、自身のブログの2008年12月13日付記事のコメント欄で、私が以前批判した、東浩紀による在日朝鮮人への差別容認論について、「端的に東君が愚かだったな、とは思っています(歴史問題や在日問題に、なぜああ脇の甘い発言をするのか、僕には全く理解の外です)」とはしつつも、「東君にしても、大屋さんにしても、僕はその頭脳を尊敬していますが、彼らにも苦手な分野がある、というシンプルな事実があるだけだと思っています(二人とも、そこで地雷を踏んだわけです)。」などと片付けている。ここからも、川瀬氏が、在日朝鮮人への人権侵害を恒常的に容認しうる発言について、それほど深刻なものと受け止めていないことは明らかである。 以上より、川瀬氏が主張するように、「今までの生き方」も含めて「文脈」と考えるべきという前提をとるならば、川瀬氏が自分自身の主張ではないとする「「こっちから寛容さを示して道徳的な優位性を保つ」姿勢は、むしろ川瀬氏自身の主張として理解した方が説得力があると思われる。したがって、「4」で述べたように、私の元の文章は川瀬氏が<本心では>どのような見解を持とうが無関係なものだが、川瀬氏が言い張ろうとしているように、仮に私の文章が川瀬氏の<本心>を問題にしていたものであったとしても、この時点で川瀬氏が「普遍的権利」論を主張しておらず、また、以上のようにそのように主張する十分な根拠があるから、何ら「誤読」ではない。 そして、「こっちから寛容さを示して道徳的な優位性を保つ」姿勢に対して、川瀬氏が少なくとも肯定的に評価していることは元の文章からも明らかであるが、以上で示した川瀬氏の公開されている記述は、川瀬氏が「こっちから寛容さを示して道徳的な優位性を保つ」姿勢について、自らの立場または大きな共感を持つ立場と見なしていることの根拠たりうるものであり、川瀬氏の発言に関する私の記述の正しさを裏付けるものである。したがって、私の記述は「誤読」であるはずもなく、問題は一に川瀬氏にある。 最低限、川瀬氏は、私の指摘を「誤読」だと主張する根拠となる、「文脈」とはどのようなものか、また、川瀬氏の発言を批判する際に川瀬氏の「今までの生き方」を私が知っておかなければならない理由は何か、また、今回の件で、上記「文脈」を構成する川瀬氏の「今までの生き方」とは何かを示すべきである。もちろん、そこで提示されるはずの「今までの生き方」は、私が上で挙げた川瀬氏の「今までの生き方」が有する「寛容」論への親和性を凌駕するほどのものでなければなるまい。
by kollwitz2000
| 2010-03-10 00:02
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