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2010年 07月 10日
渡辺治「菅政権の登場と参議院選挙の意義」(『前衛』2010年8月号。7月8日発売)から引用させていただく(強調は引用者)。
「 結論から言うと、私は、菅政権は、鳩山政権が国民の運動の圧力のもとではじめた従来の保守の枠組みから逸脱しかねない政治を、保守の枠に戻そうとする、語の正確な意昧での「反動」政権だと思っています。鳩山政権は、昨年の夏の総選挙で、反構造改革と反軍事大国の期待を背に受けて登場し、普天間の国外移設・県外移設や福祉マニフェストの実現を掲げて、部分的には保守政治の枠組みから逸脱をくり返しました。そうした鳩山政権の政治に対し、財界やアメリカ、保守支配層は苛立ちと不安をつのらせました。菅政権は、こうした逸脱を修正して、民主党政権を、自公政権が追求した構造改革と軍事大国の路線に引き戻すことをめざした政権だと言えます。」 「 鳩山政権に代わり保守回帰政権として登場した菅政権によって、支持率はV字型の回復をします。これには大きく三つの要因があったと思います。 一つは、国民、とくに反構造改革派の国民が菅政権に幻想をもったことです。菅政権に代わることによって昨年の夏の、反構造改革の民主党政権にもう一度戻ってくれるのではないかという期待が、「市民運動出身」を謳い文句にする菅氏に対する期待、幻想として集まったのです。菅氏はそのことを意識して、自身のスローガンとして「強い経済」「強い財政」のあとに、無内容な「強い社会保障」という言葉を入れています。」 「 たしかに、菅氏自身は、必ずしも構造改革の推進に固執する人間でもなければ、積極的改憲派、タカ派ではないかもしれません。それどころか副総理時代には、湯浅誠氏を内閣参与に引っ張るなど、構造改革の結果顕在化した格差や貧困克服に関心をもっているようにも見えます。しかし、菅政権自体は、政権をつくった力からの期待に応えて、〇七年マニフェスト、〇九年マニフェストにおいて、一部は保守政党としての枠組みを逸脱した民主党政権を、もう一度、保守の総路線の枠内に戻すことを課題として登場した政権にほかなりません。」 ・・・・・・とりあえず、渡辺が自身の「菅直人幻想」を払拭したらしいことは、良かったということにしておこう(菅が消費税増税を言い出さなかったならば、払拭できていたかは怪しいものであるが)。ただ問題は、菅政権を「「反動」政権」「構造改革と軍事大国の路線に引き戻すことをめざした政権」などと悪玉にしている分、鳩山政権や小沢一郎および「小沢派」に対して、異常に甘くなっている点である(注)。これでは、以前指摘した「よい大連立」には対抗できないどころか、かえってそれを促進することになるだろう。 小沢らについては、今の渡辺の現状分析はほとんど参考にならないので、渡辺が一番輝いていた時期の文章を引用しておこう。16年前の文章である。 「 一九九三年六月の自民党の分裂から細川政権の成立という九三年政変において生じた最も大きな変化は小沢一郎が率いる支配層の権威的改革派が政治的支配層の主流を占めたことである。(中略) さて、この権威的改革派のヘゲモニー掌握は、新生党と公明党の同盟、ついで新生・公明ブロックによる日本新党の吸収、続いて、自民、さらには社会、民社の切りくずしという形で実現した。とりわけ、その鍵を握ったのが、新生党と公明党の同盟そして日本新党の吸収であった。 これは、乱暴にいうと、日本の帝国主義的大国化をめざす帝国主義的改革派と、新自由主義的改革により日本経済の国際進出体制の維持・発展をめざす新自由主義的改革派との同盟である。この同盟を、財界が支えることによって、彼らが連立政権の主導権を握ったのである。これによって、連立政権はその内部に社会党を抱えながら大方の政治学者のコメントに反して、自民党政治の限界を打破して「政治改革」を実現し、かつ八〇年代に中曽根が追求して挫折した諸改革に次々と手をつけることを可能にしたのである。(中略) 「政治改革」法によって導入された新選挙制度・小選挙区比例代表並立制は、小沢ら権威的改革派の思惑どおり、こうした権威的大政党をつくり、諸党をそれに吸収する上で格好の制度であることが明らかとなってきた。なにしろ、小選挙区制においては、自民党で立つか新生・公明ブロックで立つかしなければ勝ち目がないため、選挙が近づくにつれ、新生・公明ブロックが膨張していくことは必定だからである。 小沢らは、これを挺子に帝国主義的改革派と新自由主義的改革派の共通項たる、自衛隊の国連PKFや多国籍軍への派遣+そのための基本法制定と自衛隊法改正をはじめとする法制の再編+国連安保常任理事国化と大国外交+それを支える行政改革、消費税税率アップの税制改革+地方支配体制、などの政策を基準にして、既成政党の解体・再編を進め、自民党を上回る大政党を結成して、小選挙区制下の第一回選挙に臨み、一気に多数を制して諸改革を実現しようとしている。」 (渡辺治『政治改革と憲法改正――中曽根康弘から小沢一郎へ』青木書店、1994年6月、520~523頁) 渡辺のこの16年前の本は、細川政権成立前後の、『世界』をはじめとしたリベラル・左派にまで蔓延していた、「政権交代」「政治改革」への礼賛論に対する徹底した批判の書である(未読の方には、是非一読を勧める)。再版「政治改革」たる2009年の「政権交代」以後の民主党政権は、まさに「帝国主義的改革派と新自由主義的改革派の共通項たる、自衛隊の国連PKFや多国籍軍への派遣+そのための基本法制定と自衛隊法改正をはじめとする法制の再編+国連安保常任理事国化と大国外交+それを支える行政改革、消費税税率アップの税制改革+地方支配体制、などの政策」を実現しようとしているのであって、「小沢ら」がやろうとしていることは別に変わっていない。変わったのは渡辺(ら)だ。 (注)余談ではあるが、これは、ブログ「世に倦む日日」とほぼ同じスタンスである。以下の一節なども、「世に倦む日日」を彷彿とさせるものである。 「 さらに選挙を前にお尻に火がついた参議院議員のなかで「これでは選挙はたたかえない」と言う声が高まり、選挙に勝つために何とか「鳩山降ろし」をやってもらいたいと小沢氏に頼むようになりました。小沢氏は自身の参院での権威を保つために、「鳩山おろし」に同意する。そして、鳩山に引導を渡し、続いて菅氏にヒモをつけて、小沢裏指導の下で菅政権をつくろうとしたのです。 ところが、菅氏は、代表選に立候補する直前、小沢氏を裏切って、「小沢切り」を断行した。小沢氏としては飼い犬に手を噛まれたようなものですが、どうしてそんなことが起こったのでしょうか。 菅氏は保守支配層の要請をいち早く察知して、権力を握り、政局の転換つまり鳩山政権の逸脱した部分を保守の枠に戻すという役割を担うことで、財界、アメリカの支持を得ようとはかったのです。」 小沢の動きなど、「見たんかい!」と言いたくなる。ただ、悲しいのは、「世に倦む日日」や「きっこの日記」などは「仕事」としてやっているのだろうが、今の渡辺は本気なのではないか、という点である。いや、渡辺も「仕事」(共産党の政治方針)なのかもしれない。それはそれで嫌だが。
by kollwitz2000
| 2010-07-10 00:00
| 日本社会
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