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2010年 08月 31日
私の弁護士の申し出により、2010年8月27日付で、第2東京弁護士会から岩波書店に対して、弁護士会照会(弁護士法23条に基づくもの)が行われた。
照会事項は、「週刊新潮」に私に関する第一報を伝えたとされており、取材に応じている「岩波書店関係者」とは誰か、また、「週刊新潮」荻原信也記者が陳述書で述べているような、この「岩波書店関係者」が2007年11月24日午前中、当時の「世界」編集部員に対して電話で確認していたような事実はあるのか、といったことが中心である。 そこに記されている、「照会理由」を挙げておこう。 「本件は、原告が、被告らによる名誉毀損を理由に損害賠償等を求めている事案である。 原告は、株式会社岩波書店の社員であるところ、被告らは、本件についての真実性および相当性の抗弁は、もっぱら株式会社岩波書店の関係者と称するものからの取材を理由としている。 名誉毀損訴訟において、一般論として、被告らが取材源を特定できないとする言い分は理解できるところではある。しかしながら、原告としては、被告らが主張する真実性、相当性に対して反論、反証する必要がある。 被告らが主張する真実性、相当性の根拠が、原告自身が勤務する株式会社岩波書店の関係者であるという以上、本件では、取材源の秘匿により表現の自由を守るという前提は該当しない。岩波書店として、前記照会事項に回答しない理由はない。 よって、原告の立証の必要上、上記事項について照会を求める次第である。」 岩波書店が回答するのは難しくないはずである。荻原記者はその陳述書の中で、私に関して「岩波書店関係者」がもたらした情報について、以下のように述べている。 「これらは岩波、とりわけ『世界』編集部に非常に近い関係者が、編集部員から直接、耳にしていた話であり、内容も具体的です。また、取材中も、曖昧な点や不明な点は、再度、その場で、編集部員に確認してもらっていました。」 ここで荻原は、『世界』編集部員が関与していると主張しているが、これが事実ならば、調査は極めて容易なはずである。『世界』編集部員の人数は限られており、2007年11月時点で編集部員は、編集長を含めて6人のみである。このうち2名は、私が『世界』編集業務から外れた2006年12月前半以後に入社してきた人物であるから、それは除くとすれば、残りは 岡本厚・伊藤耕太郎・清宮美稚子・中本直子 の4名のみである。この4名は、私の『世界』編集部在籍時から継続して在籍している人々である。 また、この「岩波書店関係者」は『世界』編集部に非常に近い関係者とされているが、これが意味する可能性が高いのは、近い過去に『世界』編集部に在籍していた者、ということであろう。2007年11月から過去10年に『世界』編集部にいた社員のうち、2007年11月時点で社員として在籍している社員は、上田麻里、太田順子、大塚茂樹、小田野耕明、馬場公彦、三輪英毅、山川良子、山本賢の8名である(全員現在も社員として在籍している)。 なお、被告である佐藤優の『獄中記』(岩波書店、2006年12月6日第1刷発行)の「終章」に、佐藤と『世界』編集部との関わり、『世界』編集部員を記した箇所があるので、参考までに抜粋しておこう(462~463頁)。 「 末筆になるが、感謝の気持ちを伝えたい。 まずは岩波書店の人々に対してである。馬場公彦さんの叱咤、激励なくしては本書が陽の目を見ることはなかった。馬場さんと知り合ったのは、筆者が一九九五年にモスクワから東京に戻り、外務本省国際情報局分析第一課に戻ってから、それほど時間が経っていなかった頃と記憶している。当時、馬場さんは『世界』編集部の編集者だった。それからしばらくして、恐らく『世界』の論潮の幅を広げようと考え、「世界論壇月評」というコラムの執筆を外務官僚である私に依頼してきた。当時、外務省は『世界』にきちんとした足がかりをもっておらず、対ロシア外交を進めていく上では同誌の読者であるロシア専門家の理解を得ることが重要であると考え、私は外務省という組織の意向を体現してコラムの仕事を引き受けたのである。「世界論壇月評」執筆陣との月一回の意見交換ではいつも知的刺激を受けた。 同時に馬場氏は大学・大学院で哲学を専攻した関係もあり、神学を基礎教育とする私と波長があった。特に馬場さんの中国哲学やアジア主義に関する言説は興味深い。そもそも筆者のデビュー作である『国家の罠』も馬場さんが「佐藤さんが体験したことは日本のナショナリズムについて考えるよい材料となるので、是非、本にまとめるべきだ。時代に対する責任を放棄してはならない」と「最後の一押し」をしてくれなければ、新潮社から本を出すという決断を私はできなかったと思う。また、編集者の世界には所属組織の利害関係を超える尊敬と協力の文化があるということを私は馬場さんと伊藤幸人さん(新潮社広報宣伝部長)を通じて教えられた。 それから岩波書店では『世界』の岡本厚さん(編集長)と中本直子さんにも感謝の気持ちを伝えたい。 二〇〇二年一月末、鈴木宗男バッシングの嵐が吹き荒れ、外務省のラスプーチンこと佐藤優に対するバッシングも強まったが、岡本さんをはじめとする世界編集部の人たちは、私の活動を偏見なく受け止めてくれた。そして、私が逮捕される直前の『世界』二〇〇二年五月号に、恐らくは当時『世界』編集部にいた馬場さんの働きかけがあったものと想像しているが、和田春樹先生の「スキャンダルと外交――日露領土交渉の流れを断ち切るもの」、歳川隆雄さんの「“ムネオパージ”で見失った外交・外務省改革」と題する二つの論考が掲載された。この二つの論考のおかげで「思考する世論」の中で私の行動を理解しようとする土壌ができた。二〇〇二年五月一四日に私が逮捕された後も『世界』七月号には和田先生が「テルアビブ国際会議と佐藤優氏について」を、八月号には歳川さんが「劇場型政治の中 根腐れていく外務省――創造的破壊以外に活路はない」([協力]粟野仁雄氏)を寄稿し、筆者を巡り生じた状況について客観的に解明する努力をしてくださった。」 岩波書店の回答に注目しよう。 なお、9月1日11時より東京地裁第708号法廷にて、原告の口頭弁論(証人申請等)が行われる。ご都合が合い、ご関心のある方には、是非いらしていただきたい。
by kollwitz2000
| 2010-08-31 00:00
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