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2010年 12月 09日
1.
山口二郎が、『週刊東洋経済』2010年12月4日号で、「私も、十数年間ひたすら民主党による政権交代を叫んできたので、リフォーム詐欺の片棒をかついだようで、身の置き所がない。」などと発言している。「またか」と思う人間は私だけではないだろう。有名な話であるが、山口は90年代後半、当時、失敗であることが誰の目にも明白になりつつあった「政治改革」をかつて自身が煽りまくっていたことについて、読者に「謝罪」したことがある。当時、大学の学部生だった私は、あれだけ「政治改革」を煽りまくった山口が、一片の「謝罪」で禊を済ませたつもりになり、何事もなかったかのように再び日本政治論をマスコミで語っていること、そしてそのことをマスコミや言論人たちが誰も公的には問題にしていないらしいことに驚いたものだ。10年以上たって、また同じことをやろうとしているように見える。 だが、山口はメディアやウェブのリベラル・左派「論壇」の<空気>を読み損なっているように思う。これは、それらの「論壇」が山口を許容しないだろう、ということでは勿論全くなく、一応は「民主党革命」が失敗であったことを認めようとしているらしい山口よりももっと先に行ってしまっているように思われるからである。 「民主党革命」を支持したリベラル・左派の多くは、それが失敗であったことを認めるよりも、むしろ、小沢一郎の権力の再奪取により真の「民主党革命」(「小沢革命」)を実現する、ということに期待している。後者の人々にとっては、現状は確かにどうしようもないが、「民主党革命」はまだまだ終わっていないのである。 山口の発言は、参議院選直後あたりならば、リベラル・左派「論壇」でもそれなりの支持を得られたかもしれない。だが、民主党党首選や、その後の菅政権の迷走により、リベラル・左派「論壇」の<空気>は上記の、「小沢革命」待望論の方に向かっていっているように思う。 決定的な要因は、尖閣諸島(釣魚島)問題である。これにより、リベラル・左派の大多数がもはや歴史認識でも安全保障論でも、「国益」論への躊躇が完全に消え、民主党的な価値観と完全に同化してしまったように思われる。1年ほど前の「政権交代」時では、左派内部では、現実性はもちろん皆無だったが「政権交代を利用し、社会運動の圏内に反新自由主義的な議員をはじめとして民主党を取り込もう」といった主張をする人が多かったように思うが、もはやそうした建前すら存在しなくなったのである。 2010年秋の民主党党首選(「リベラル・左派の小沢支持について」参照)や尖閣問題を経て、言論界におけるリベラル・左派がほぼそのまま「小沢派左派」とでも呼ぶべき立場に移行したのだと思う。『金曜日』2010年11月12日号は、佐藤優責任編集で、表紙にまで佐藤の似顔絵が掲載されているほど佐藤一色の号だが、『金曜日』がここまで佐藤と同化してしまうに至ったのもこのリベラル・左派の「小沢派」化の一つの現われである。佐藤が、言論界で「小沢革命」の最も熱心な宣伝者の一人であることは周知の事実である。岡本厚『世界』編集長が、2010年11月号の『世界』で民主党党首選について、「普天間問題に関して言えば、小沢氏の方が筋が通っていたように思います」(90頁)とまで発言するに至っているのも、その一つの現われであろう。「知恵を出し合えばよい」「具体案はない」といった無内容jな小沢の主張のどこに「筋」があるのか。 佐藤や『月刊日本』周辺の人物あたりが「小沢派右派」である。岡本編集長や『金曜日』その他が「小沢派左派」で、必ずしも小沢を明示的に支持していなくても、その政治的主張の論理的帰結が小沢への期待ということになっていたり、人脈が「小沢派」と骨がらみになったりしていれば、広義の「小沢派」と見なすことができよう。その意味で、社民党は典型的な「小沢派左派」であり、『金曜日』の執筆陣なども「小沢派左派」と見なして差し支えないと思う。共産党系の一部の学者や、渡辺治なども広義の「小沢派左派」と見なさざるを得ない地点に来ている。 私が以前から指摘していた、リベラル・左派ジャーナリズムの変質による「陰謀論的ジャーナリズムの形成」という事態が、行き着くところまでいって、このような言論界における「小沢派」の成立に至った、と見ることができる。 私がここで言っている、言論界の「小沢派」というのは、「民主党内の「小沢派」議員たち」といった形で使われる「小沢派」よりも広い概念である。単なる派閥ではなく、「ドゴール派」のような、一つの政治流派として考えている。私には、「ドゴール派」のような一個人の名前を冠した政治流派というものは、今ひとつイメージしにくかったのだが、今の言論界における「小沢派」を見ているとよく分かるように思う。 「小沢派右派」「小沢派左派」という呼称も、「ドゴール派右派」「ドゴール派左派」という呼称にちなんだものである。また、フランス共産党がドゴールの(相対的)対米自立路線を一定評価していたことも知られている。 メディア上では、「小沢派」と「反小沢派」の対立激化により民主党は分裂する、といったことがよく言われる。特に、小沢の翼賛誌と化しつつある週刊誌の類では、小沢および小沢派が未だに強力であることが強調され、いつでも小沢が党を割ったり「政界再編」を仕掛けたりすることは可能だと言う。だが、衆議院で300議席以上あるのだから、私は分裂も解散もないのではないかと思う。「小沢派」にせよ「反小沢派」にせよ、恐らく核心的な議員はごく一部であって、大多数の民主党議員は日和見で、勝ちそうな方につくということではないか。フランス革命で、ジャコバン派とジロンド派よりも平原派(日和見派)の方が圧倒的に多かったようなものである。仮に小沢が政治的に復権して、小沢か小沢派の誰かが民主党内の主導権を握ったとしても、大々的な離党は起こらないのではないか。 民主党の主要な支持団体の動きを見ていると、「小沢派」と「反小沢派」の双方に両天秤をかけているように見える。ただ、傾向として、より保護主義的な施策を必要としていると思われる団体・業界は、小沢派よりのように見える。マスコミなどその最たるものであって(注)、これだけ金権スキャンダルが次から次へと出てきているにもかかわらず、いまだに小沢擁護論はマスコミ界で強く存在する。言論界の「小沢派」が言うような、「マスコミが小沢を潰そうとしている」などという主張は転倒している。そして、小沢がマスコミ操作に長けており、極めて意識的にマスコミや「論客」たちを使っていることは周知の事実である。 特に小沢は、リベラル・左派メディアをかなり意識的に活用している(小沢が『日本改造計画』(講談社、1993年5月)で提唱した「平和安全保障基本法」が、そのすぐ前に発表された山口二郎・和田春樹らの「平和基本法」(『世界』1993年4月号)への応答であり、その取り込みを図ったものであることは、渡辺治が夙に指摘していることである(『政治改革と憲法改正』)。これは、1993年8月の細川政権成立に際しての、小沢への社会党の協力という事態に一役買ったと思う。) 前から言っているように、議員レベルでの「小沢派」と「反小沢派」の政策上の本質的な争点などほとんど存在しない。同じ政党なのだから当たり前と言えば当たり前である。現在、民主党内で「小沢派」と「反小沢派」が争っている(ように見える)が、これは内ゲバであって、何か政治的な争点に基づいたものではない。 「小沢派」の主張は、「反小沢派」の主張をより急進化させたものと見ることができる。米国からの(相対的)自立、「国策捜査」論による三権分立の実質的否定、「政治主導」、「東アジア共同体」(これは最早難しいだろうが)、解釈改憲の下での海外派兵路線など、主要な点でそうである。 リベラル・左派は、小沢派のこのような「急進性」を真に受けて(または利用して)「小沢派左派」に移行したと見ることができる。ただし、リベラル・左派が「小沢派左派」に移行したとしても、「小沢派右派」(佐藤ら)が右翼的な主張を展開するのであるから、「小沢派」全体が一般社会に与える印象の総和は、「反小沢派」よりも大きく「左」ということにはならない。実質としてもそうであり、「右」と「左」が相殺されるのである。もちろん、<佐藤優現象>の社会的悪影響を見ようとしない「小沢派左派」たちには、「小沢派」は「反小沢派」よりも格段に「左」、ということになるだろう。 リベラル・左派は、今や「国益」志向型に完全に再編されており、今さら「民主党革命」支持は間違っていた、とも言えない(言う勇気がない)。とすると、小沢への期待・親和性をますます強めて、「剛腕」小沢の下で、「民主党革命」をやり直し、自分たちの主張を実現する、という形にならざるを得ない。小沢も、自らの政治的復権のために、マスコミを徹底的に利用しようとしている。そのためには言論界におけるリベラル・左派はまだそれなりの利用価値があるのである。 言論界における「小沢派」と議員派閥としての「小沢派」、そして小沢個人は全て異なる。小沢が仮に裁判を勝ち抜いた上で、なおかつ政治的に十分な形で復権した場合、言論界における「小沢派左派」が小沢に期待した政策は全て無視される可能性が高い。したがって、この言論界における「小沢派」は、さしあたっては小沢が政治的に十分な形で復権するまでのものである。 だが、仮に小沢から捨てられるか、小沢が政治的に没落するかしたとしても、言論界における「小沢派」は雇い主または信奉の対象を変えるだけだろう。別の、リベラル・左派を利用しようとする野心的な政治家と癒着するだけである。そうした構造が成立してしまったのが2010年秋であると私は見ている。 (注)あくまでも推測ではあるが、小沢や有力政治家たちは、新聞や出版業界のエライ人たちに、自分が権力を握れば税金の公的投与で業界を救済する、といった口約束を与えているのではないかと思うことがある。もちろん、このような推測を裏付ける確たる事実はない。ただ、私の知る範囲でしかないが、読書人向けの本を出す出版界隈では、税金の公的投与による何らかの形での救済措置でもなければ将来性は皆無、という<空気>が存在することも事実である。また、これは機会があれば取り上げるが、新聞・出版事業の公共性を強調し、政府による公的補助(救済)の必要性を訴える言説も、メディア上で最近、いくつか出始めている。昨年の衆議院選直前に、毎日新聞紙上で原寿雄(「岩波書店の著者」でもある)が、新聞業界救済のために年500億円の公的資金を投入せよと主張して、ウェブ上で袋叩きにあったことがあるが、あのような主張はこの<空気>の一つの現われに過ぎない。 もちろん、今のマスコミに税金で救済措置をとるなど、JAL救済措置以上に不当・不合理極まりないので、普通にやれば「世論」の猛反発で失敗するだろう。そのような救済措置は、強力な政権の下でのみ可能である。もちろんこれはあくまでも推測に過ぎないが、落としどころは大連立、という主張を展開している佐藤優(佐藤は実際にしばしば、大連立を提唱している)や、最近の姜尚中のような人物をマスコミが猛プッシュする背景にも、一つにはそれがあるように思う。
by kollwitz2000
| 2010-12-09 00:00
| 日本社会
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