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2011年 09月 19日
岩波書店の公式ツイッターを見て驚いた。
http://twitter.com/#!/Iwanamishoten/status/115258775400755200 「1931年9月18日,柳条湖の鉄道爆破をきっかけに勃発した満州事変.国際連盟脱退,2.26事件などへ連なり,日本は中国との長期持久戦体制へと突入していきます.満蒙開拓団など中国に渡った人々が味わった数々の辛苦も忘れてはなりません.」 侵略の片棒を担いだ満蒙開拓団(その他の大多数の「中国に渡った人々」もそうである)の「辛苦」を「忘れてはなりません」とする一方、侵略を受けた中国の民衆の被った惨害には一片の言及もない。驚愕である。また、「勃発」や「長期持久戦体制へと突入」など、まるで他人事のような言葉遣いをしている。侵略戦争・加害責任といった認識がもう根本的になくなっているのだろう。もちろんあれが侵略戦争かと聞かれれば「侵略戦争」と答えるだろうが(これも怪しいかもしれない)、上のような記述を当然の前提とする人間が用いる「侵略戦争」という言葉は、当事者性を欠如した、恐ろしく軽いものにしかなりようがない。前に「「国民」の否定形としての「市民」」で書いた事態そのものである。 また、そもそも「満州事変」という用語自体、侵略者の用語を無批判に用いているという観点から戦後歴史学でも見直しの動きがあったはずであるが、もちろんそんな認識は欠片もない。 それでいて、「忘れてはなりません」などと啓蒙・指導意識だけは健在な点には感嘆させられる。 岩波書店は15年戦争関連本を多く出しているが、会社としての歴史認識はこの記述のようなもの、ということになる。これは皮肉を言っているのではなく、このように「他人事」のように語る人々しか会社では見たことがないので、これは岩波書店をなかなかよく代表しえている記述であると思うのである。 こうした問題をめぐる話題の際に私が昔から感じていたのは、彼ら・彼女らの、恥らうのでもなく、強い怒りを表明するのでもなく、もちろん歴史修正主義者のように強く否認するのでもなく、ただひたすら「客観的に」語ろうとする姿勢である。あれはなんだったのだろう、としばしば思い出すのであるが、この記述は、私が奇妙に感じていたあの雰囲気をよく伝えてくれている。 加害問題についてはひたすら「客観的に」、第三者的に語ることに努めながら、日本人の被害体験については情緒的な訴えも多用しながら強調するというのは、実は戦後日本の大多数の平和運動のあり方そのものである。これが、90年代に周辺諸国からの加害責任の突き上げをやり過ごしていく、または同化・吸収していく過程で、より洗練された形態に変容していった結果が、この記述に見られるような現在のリベラル・左派の「歴史認識」だと見ることができる。もともとこのようなあり方自体が防衛機制でしかないのであるから、佐藤優のような極右的な言辞を専らにする人間の起用に反発を持たないのも当然と言えば当然である。
by kollwitz2000
| 2011-09-19 00:00
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