|
カテゴリ
以前の記事
2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 01月 2018年 11月 2018年 06月 2018年 02月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 03月 2016年 09月 2016年 07月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 02月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 06月 2007年 01月 2006年 12月 検索
その他のジャンル
|
2011年 09月 24日
ツイッターをいくつか見ていたら、「池田信夫的なものに名前をつけるとしたら?」などという問いに罵倒表現を使って答える、という遊びを何人かでやって盛り上がっていた。幼稚かつ醜悪なことをするなあ、と思ったら、この遊びを始めたのが、在日朝鮮人の学者だったので呆れ返った。この遊びには他の在日朝鮮人も参加している。
池田は無茶苦茶な主張を展開していることも多いが、その左派批判はしばしば正しい。池田は、マスコミやリベラル・左派があえて「空気」を読んで沈黙しているか、何らかの「空気」を作ろうとしている点を、身も蓋もないやり方でぽーんと衝くことがある(<佐藤優現象>の件や、岩波書店による私への弾圧の件も取り上げていた)。だからこそ、私のように池田の主張の大半には同意しない人間も、たまに池田のブログやツイッターを見るのであり、恐らくウェブ上の池田の読者はある程度はそうである。池田の方が、大多数のリベラル・左派系の書き手よりも、面白さや快・不快さの感覚からすれば、一般人の感覚に近いものを持っている。 池田はリベラル・左派系の研究者やネット住民から標的にされている。この種の人々は、異論のある言論に対して言論で異議を唱えることと、街頭デモのような形態で圧力を加える(暗黙のうちに、嫌気がさしてネット上から撤退することを望んでいる)ことを意識的にか無意識的にか混同しているのであって、昔よくあった、個人ブログのコメント欄に否定的なコメントを集団で書いて閉鎖に追い込む(古い言い方だが)ネットイナゴと変わらない。リベラル・左派系が(特に「ゼロ年代」の)同調圧力の結果、自浄作用というものを完全に消失してしまったがゆえに、リベラル・左派系の奇妙な現象というものは、名の知れた書き手からは池田や小谷野敦のような、左派でもなんでもない人間からしか指摘されないものになっている。<佐藤優現象>も同様であるが、リベラル・左派界隈での、中島岳志のような輩の横行や、「一般読者からは既に見放されていた」(小谷野敦)柄谷行人がより陳腐化して論壇で「復活」して醜悪な発言を垂れ流しているような状況にも、左派界隈は公的には誰も何も言わない。多少本を読んでいれば中学生くらいでもそのおかしさを指摘できるであろうのに。仮に池田やその種の人々が、(ないとは思うが)こうした同調圧力そのものに屈してネットから撤退すれば、(ネット)言論はますますつまらないものになるだろう。 「池田信夫的なものに名前をつけるとしたら?」などといった遊びをやっているのが日本人左派ならば、「民主党政権全面支持の過去やら<佐藤優現象>やらその他もろもろの都合の悪いことを忘れるために、またこいつらは(「原発推進派」の池田を叩いて)「反原発」でごまかそうとしているのか」くらいの感想しかなかったと思うが、これを主導・展開しているのが在日朝鮮人(たち)ということに驚いた。これはむしろ感覚的なものだが、この人たちは、日本の左派の馬鹿馬鹿しい同調圧力的なものに醜悪さと嫌悪感を感じていないらしいのである。普通にマイノリティとして日本社会で生きていれば、こういうものに気持ち悪さを感じると思うのだが。逆に彼らは、自分らが日本人左翼の一員であるかのように振舞っている。 ミルトン・フリードマンが『資本主義と自由』で、ユダヤ人等のマイノリティが社会主義・左翼団体の政治活動に熱心に参加する傾向があることを皮肉っていた。そうした左翼団体が権力を握れば、真っ先に抑圧されるのは当のマイノリティだからである。これは真理である。欧米ですら左派というのはそのような存在であり、まして日本の場合は、その傾向に、日本的な強固な同調圧力が加わって、左派というものはどうしようもないものになってしまっている。 冒頭で挙げたような類の池田バッシングは、そもそも池田個人に対して失礼であるし、かなり多くの人間には醜悪としか映らないと思う。池田がある程度の権力を持っている人間であれば分かるが、明らかにそのようには見えない。昔、芸達者な左派批判をたまにやる「HALTANの日記」というブログに、「はてなサヨク」と称されるネット上の左派系の人々が、ささいな発言に便乗して集団で(明らかにブログを閉鎖に追い込むことを目的として)罵倒・中傷を繰り返していたことがあった。それがまた児戯に類するレベルにまで達していたのである。私は後でこのことを知って、それまではたまに見ていたこれらの人々の文章を読む気が起こらなくなった。内輪同士では盛り上がっているけれども物言わぬ大多数には醜悪にしか映っていない、というのは往々にしてある現象であろうが、ネットというのはそのような現象を容易に作りやすく、ましてやツイッターはその最たるものであろう。日本の(リベラル・左派の)現状では、池田のような言論が普通に存在する言論空間よりも、左派系一色の言論空間のほうがはるかに人々に対して抑圧的である。 この記事は、最初は実名を挙げていたが、あまり恥を書かせるのもどうかと思ったので今回はやめた。当該の人々(およびその周辺の人々)は、私のブログをそれなりに見ているらしいので、反省したら当該ツイッターを削除すべきである。
by kollwitz2000
| 2011-09-24 00:00
|
ファン申請 |
||