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2012年 05月 03日
前回記事で批判した@unspiritualizedが、ツイッター上で反論を書いている。「金光翔はさっさと坊主頭にして出直してくるべき馬鹿野郎である。」とまで述べている。前回述べたように、@unspiritualizedは公共的な議論に必要な最低限の論理性を欠いており、こんな人物の相手をしている暇もなく、@unspiritualizedの反論と私の前回記事および関連文章を読み比べていただければ、@unspiritualizedの主張に根拠がないことは明らかであると思うので、逐一反論する気はない。ただ、私が@unspiritualizedの主張を「曲解・捏造・すりかえ」し、「デマ」を作成しているなどと主張しており、このような発言は私の社会的評価を低下させる悪質なものであるので、以下、@unspiritualizedのその点に関する主張が不当であることを示す。
@unspiritualizedは、5月2日のツイッターで、以下のように発言している。 「金光翔は僕の発言を切り貼りして印象操作し、ありもしない「馴れ合い」なるものを捏造した。」 その主張の根拠として、以下のように発言している。 「さらに、金光翔が「馴れ合い」の「醜悪さの一例」として引用している僕のツイート。「「ブログ主>金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」を転換させるものだ、と主張したが… は、金さんの言う通り誤読」 ところが、このツイートには続きがあった。僕はなんと書いていたか。以下である。「・・・金さんの主張は「普通の日本人」の「認識フレーム」を本当に変えるのか。 」(※「金さん」は金明秀) つまり、だ。僕はkscykscyの読解は誤解があるが、彼の批判にもあるように、「認識フレーム」をめぐっては金明秀の論に疑問がある、と表明しているのである。「馴れ合い」どころか、たえず疑問、批判をも繰り返しているのだ。」 以上のように、@unspiritualizedは、私が、@unspiritualizedの発言を「切り貼り」することで、@unspiritualizedが金明秀を批判している事実を隠蔽し、「印象操作」して、「ありもしない「馴れ合い」なるものを捏造した」などと主張している。 だが、私の元の記事「金明秀の弁明について(上)」http://watashinim.exblog.jp/15794366/の該当箇所は、以下である。 「金明秀は、kscykscy氏の「3.金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」を転換させるものだ、と主張したが、金の主張はむしろその「認識フレーム」にとどまることを積極的に主張したものである。」との指摘に対して、以下のように回答している。 「論点3。ぼくは「ネトウヨ」の「フレーム」を転換するということは論じていないつもりなのだけどね。いま自分の原稿を確認してみたが、やはり書いていない。藁人形を勝手にこしらえてぼくの名前を張り付けられても、それはぼくじゃないよ。」 https://twitter.com/#!/han_org/status/195863162929688576 この発言を受けて、@unspiritualizedも、「ブログ主>金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」を転換させるものだ、と主張したが… は、金さんの言う通り誤読」などと書いている。 https://twitter.com/#!/unspiritualized/status/195879927252385792 また、金明秀の取り巻きの一人である韓東賢(この人物の発言については、以前、簡単に批判したことがある)が、@unspiritualizedのこの発言を好意的に引用(RT)している。 だが、金明秀は、争点になっている論文(エッセイ)について、以下のように発言しているのである。 「ぼくがあのエッセイで「国益」レトリックを持ち出したのは、2種類の読者に批判を込めてメッセージを届けるため。ネトウヨと共和国ナショナリストです。事実、どちらにも届きましたよ。受け入れられはしなかったけど。 @gurugurian @mujigedari posted at 17:22:51 あのエッセイで最も重要な論点は、認識のフレームを転換するような運動が必要だということ。「朝鮮学校は日本の国益につながる」というのは、その手段となるレトリックの事例として取り上げたもの。 @gurugurian @mujigedari posted at 17:24:58 ぼくが試行錯誤して見つけた中では、「朝鮮学校は日本の国益になる」というレトリックがネトウヨの認識フレームを揺るがす効果を持っているというだけの話。手段として有効な別のレトリックがあるなら、それを使えばいい。 @gurugurian @mujigedari posted at 17:28:52 もともと、日本人読者のうち、「国益」レトリックの適用自体に違和感を覚えるような方や、損得抜きに同じ住民だという実感を持っている方は、あのエッセイの直接の想定読者ではありませんでした。 @unspiritualized posted at 22:39:47 ぼくがあのエッセイに込めたメタメッセージの一つは、「マジョリティである自覚を持て」というものでした。根拠のない不安によってスケープゴートを不法に排除したり、踏み絵を踏ませたりする特権を持つ立場だと。(続く) @unspiritualized posted at 22:58:56 そのために、使用する用語も、分析視角も、意図的にマジョリティ目線をたどったつもりです。日本人の特権性をマジョリティ目線で可視化するという拙い意図が成功したかどうか、まあ怪しいところではありますが。 @unspiritualized posted at 23:02:20」 これらの発言から解釈すれば、金明秀が自身の論文(エッセイ)について、kscykscy氏の記述通り、「金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」 を転換させるものだ、と主張」しているとしか言いようがないのであって、「ぼくは「ネトウヨ」の「フレーム」を転換するということは論じていないつもりなのだけどね。いま自分の原稿を確認してみたが、やはり書いていない。藁人形を勝手にこしらえてぼくの名前を張り付けられても、それはぼくじゃないよ。」な どという金明秀の反論が、単なるハッタリでしかなく、どれほど厚顔無恥なものであるかは明白であろう。また、同時に、こうした金明秀の反論を擁護するその取り巻きたちが、どれほど程度の低い人物であるかも明らかであろう。」 このように、ここで争点となっているのは、kscykscy氏に対する金明秀の「ぼくは「ネトウヨ」の「フレーム」を転換するということは論じていないつもりなのだけどね。いま自分の原稿を確認してみたが、やはり書いていない。藁人形を勝手にこしらえてぼくの名前を張り付けられても、それはぼくじゃないよ。」という主張の真実性である。その主張が明らかに虚偽であるにもかかわらず、@unspiritualizedが何らの根拠も挙げないまま、「金さんの言う通り誤読」などと金明秀の主張を追認していることを指して、「金明秀と日本人馬鹿左翼の馴れ合い」の「醜悪さの一例」だとしているのである。問題は、金明秀の主張を是認するかどうかなのであるから、「ブログ主>金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」を転換させるものだ、と主張したが… は、金さんの言う通り誤読だが、問題の本質としては、「ネトウヨ」ではなく「普通の日本人」なのだではないだろうか。つまり金さんの主張は「普通の日本人」の「認識フレーム」を本当に変えるのか。」という発言のうち、「「ブログ主>金は自らの主張は「ネトウヨ」の「認識フレーム」を転換させるものだ、と主張したが… は、金さんの言う通り誤読」という箇所のみを引用し、後の部分を省略することは何ら問題がない。 また、元記事から明らかなように、私はこの箇所の引用のすぐ下に、該当発言のURLを明記しているのである。私が省略した部分を隠蔽して「印象操作」したかったのだとすれば、わざわざURLを貼る理由が分からないではないか。@unspiritualizedこそが、私が発言を部分的に引用したことに関して歪曲して報じて、私が発言を「捏造」し、「デマ」を作成した、などと「印象操作」しているのである。 また、後述するように、そもそも元記事の「金明秀の弁明について(下)」において、@unspiritualizedの金明秀への批判的な発言は@unspiritualizedの発言として金明秀の発言の引用中に出てきているのである。私が@unspiritualizedによる金明秀への批判的な発言を隠蔽して「馴れ合い」を捏造した、などというのは言いがかりとしか言いようがない。 @unspiritualizedは、この他にも、自分は金明秀とは「馴れ合い」の関係ではない、と繰り返し主張し、私が「馴れ合い」なるものを「捏造」した、と主張している。 例えば、以下のように反論している。 「次に、「…被害者面しているが、前の記事でも指摘したように、@unspiritualizedは一貫して、金明秀とkscykscy氏とのやりとりにおいて、金明秀の主張に理があるという立場をとっており、」の箇所。http://t.co/L0GgqFVM これも事実に反する。僕は、「一貫して」、両者に正しさがあると述べている。 http://t.co/6p36Cs0M」 だが、「両者に正しさがある」ならば、金明秀にも正しさがある、と主張していることを意味するから、「一貫して、金明秀とkscykscy氏とのやりとりにおいて、金明秀の主張に理があるという立場をとっており」という私の発言は真実である。なぜこれが「事実に反する」ことになるのかさっぱり分からない。私はこんな次元の人物を相手にしているのである。実際には、Kscykscy氏と金明秀との論争において、金明秀に理は一つもない。 また、@unspiritualizedは以下のように発言している。 「ついでに、金光翔が罵倒する「金明秀と日本人馬鹿左翼の馴れ合いの典型例」http://watashinim.exblog.jp/15794366/ について事実関係を検証してみよう。 追加:金光翔は僕について、「前に金明秀がkscykscy氏に批判された時も、この人物が沸いてきて、金明秀に理があるかのごとき主張を行なっていた。」とも罵倒している。 事実は、僕は最初から「在日が「国益」になる/ならないという判断の下に置かれるということは、いつでも恣意的に”ならない”に振り捨てられるということでもあり、「認識フレームを転換する」ことにはならないのでは。」と、金明秀の論文の根幹について批判している。 それについて、金明秀は真摯に応えてきた。ただ、僕は一貫して「たとえリアリズムであれそこに分割線を引くことに抵抗がある」「問いが「国益」か否かという二択となっていることが、はたしてどうなのか」等、抵抗感を表明している。 その上で、金明秀の説明に納得した。マジョリティー(日本人)として、かくあるべきという理念を優先させるべきだという考えは、いままさに被害を受けているマイノリティー(「現実に犠牲となっている人々」)からすればおかしいものではないか、という点に気付かされたからだ。 その上で、「今後10年〜、日本はいっそう海外の労働力を必要とするでしょう。その時、おのずから排外主義は「益」でなくなっていく。しかし、それでいいのか?ということを、少なくとも思想としては考えねばなりません。」と、大きな宿題があることを提示した。 いったいぜんたい、これのどこが、「「金明秀と日本人馬鹿左翼の馴れ合いの典型例」なのか。どこが「この人物が沸いてきて、金明秀に理があるかのごとき主張を行なって」いるというのか。事実無根の言いがかりであるという他はない。」 このように、@unspiritualizedは、「事実」としては自分はこのように主張しているとして、あたかも私が「馴れ合い」だと主張したいがために@unspiritualizedの批判的発言を隠蔽しているかのように書いているが、前述のように、そもそも元記事の「金明秀の弁明について(下)」において、@unspiritualizedがここで反証として挙げている全ての発言「在日が「国益」になる/ならないという判断の下に置かれるということは、いつでも恣意的に”ならない”に振り捨てられるということでもあり、「認識フレームを転換する」ことにはならないのでは。」「たとえリアリズムであれそこに分割線を引くことに抵抗がある」「問いが「国益」か否かという二択となっていることが、はたしてどうなのか」「今後10年〜、日本はいっそう海外の労働力を必要とするでしょう。その時、おのずから排外主義は「益」でなくなっていく。しかし、それでいいのか?ということを、少なくとも思想としては考えねばなりません。」は、@unspiritualizedの発言として金明秀の発言の引用中に出てきているのである。私に隠蔽の意図があろうはずがない。 そして、@unspiritualizedは、同じ1月9日に、以下のような発言をも行なっているのである。 「RT @unspiritualized: @han_org ご教示感謝します。リアリズムとしてマジョリティの認識フレームを変えるために「国益」を全面に出すべきとのこと、「現状でやれること」としてはその通りだと思い、賛成します。ただ、僕を含め、疑問を持ったひとは、「理詰め」というよりパトスとして違和感を持っているのでは。」 http://twilog.org/han_org/date-120109/asc つまり、金明秀の説明に「納得」したらしいことも合わせて考えれば、ここで@unspiritualizedは、kscykscy氏らの批判よりも、金明秀の主張の方が論理上は正しいことを実質的に認めている。言うまでもないが、kscykscy氏はまさに金明秀の主張の論理こそを問題にしている。これまでの記事で指摘したように、金明秀は、kscykscy氏の批判に対してほとんどまともな反論を行なっていないにもかかわらず、@unspiritualizedは、理屈の上では金明秀の方が正しいと実質的に判定しているのである。 この発言に象徴されるような@unspiritualizedの振る舞いをさして、私は、「前に金明秀がkscykscy氏に批判された時も、この人物が沸いてきて、金明秀に理があるかのごとき主張を行なっていた。」と述べているのであり、上の記述通り、私のこの主張の内容は真実である。 @unspiritualizedは、自分は金明秀を批判しているから「馴れ合い」の関係ではないと主張しているが、その批判は金明秀による愚にもつかない説明によって「納得」してしまう程度の底の浅い「批判」であり、その批判も本質的なものではなく、また、kscykscy氏が提起している争点にまともに触れない金明秀に対して、それに答えるよう促してもいない。しかも、論争において、何ら理のない金明秀があたかも理があるかの主張を行なっている。このような関係性は「馴れ合い」と言うほかない。 もちろん@unspiritualizedが、「馴れ合い」ではないと主張することは個人の勝手である。だが、上で見たように、「馴れ合い」とする相当の根拠があるのであって、「馴れ合い」との主張を「捏造」ということはできない。 また、批判があること自体が「馴れ合い」ではないことを意味しないし、私も元記事で@unspiritualizedによる金明秀への「批判」を掲載している以上、@unspiritualizedの批判を隠蔽して「馴れ合い」を「捏造」しようとした意図があったはずもない。この点からも「馴れ合い」との主張は「捏造」とは言えない。 以上より、私が@unspiritualizedの主張を「曲解・捏造・すりかえ」し、「デマ」を作成しているなどという主張は虚偽であり、それ自体が「デマ」であると言える。@unspiritualizedに、この主張の発言を削除し、ツイッター上でこの件に関して私に謝罪することを求める。 私は金明秀に関して、「議論に関して負けを認めず、無限に「反論」を繰り返して、自分は負けていないという姿勢を崩そうとしない人間が多数存在することを、インターネットが普及して以来、われわれは知るに至っているが、金明秀はその典型例であるように見える」と書いたが、この@unspiritualizedという人物もまたその典型例であるようである。こうした人々の「馴れ合い」によって醸し出される空間から、在日朝鮮人の人権を擁護する言論は手を切らねばならないだろう。
by kollwitz2000
| 2012-05-03 00:00
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