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2012年 06月 07日
17.
これまでの連載で、姜尚中の在日朝鮮人規定に関して、1992年5月頃に明白な転向と呼べる主張・論理が現れていることを指摘し、その転向の性格について論じてきた。また、この連載の第4回および第9回で、転向後の最初のまとまった形での在日朝鮮人規定に関する論述と言える、「「在日」の新たな基軸を求めて――抵抗と参加のはざまで」(⑧)(『季刊青丘』13号、1992年8月刊)の論理を検討した。 姜は、⑧の発表から約半年後、同じ『季刊青丘』に在日朝鮮人論を発表する。論文「「在日」のアイデンティティーを求めて」(『季刊青丘』15号、1993年2月。⑨)がそれである。 既に言及した転向の論理的帰結であるが、姜はここで日本社会における在日朝鮮人の抵抗の基軸を、ナショナリズムまたは民族主義に置くこと自体に否定的になっている。連載第9回で指摘したように、ナショナリズム批判・抑制論はすでに⑧にも現れていたが、ここではそれが原理的かつより鮮明に否定されているのである。以下、⑨から該当箇所を引用する。 「戦後、「民族自決」のもとに独立し、社会主義的新興国家の道を歩むことになったアジア・アフリカ諸国のナショナリズムは、スターリン型一国社会主義モデルのヴァリアントであり、社会主義と国民国家的なナショナリズムは一向に矛盾なく併存しうるものと考えられた。」 「戦後、分断国家として出発した韓国が、反共主義を正統性の根拠としつつ、他面で過剰なほどのナショナリズムを意識し、民族的および文化的同質性にもとづく国民国家の純粋型を目指そうとしたことは、ある意味で避けられないプロセスであったと言えよう。とくに朴政権以降の開発独裁型の近代化政策のなかで「反日」を意識した国家主義的なナショナリズムの発揚は、「上からの改革」と相俟って韓国社会の底辺にまで浸透し、一元的で統合的なナショナリズムの基盤を形づくることになった。この限りで韓国社会もまた、同質的な非開放的なナショナリズムの洗礼を受けることになったのである。/しかもそれは絶えず目本のエスノセントリックな文化論やナショナリズムを意識し、それに挑発される形で増殖することになる。/・・・・・・この限りで戦後の韓国は日本との「依存」と「対抗」の強弱のなかでナショナリズムのスパイラルを駆け昇ってきたと言えよう。そこでは皮肉にも日本と同じような単一のナショナル・アイデンティティーが「純粋型」にまで昇華されていくことになる。/北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の場合も、国民国家の単一ナショナリズムと社会主義が結合し、その中心に家父長制的で世襲カリスマ的な支配が居座ることで、民族と言語および文化的な単位の同質性はより「純化」され、複合的なアイデンティティーの余地はほぼ絶望的なほど欠落したままである。」 このように、姜は十把一絡げに「ナショナリズム」の名の下に第三世界ナショナリズムも南北朝鮮国家のそれも否定する。だが、これまでの姜の主張を検討してきた者からすれば、ソ連や東欧の「エスニシティーの復権の動き」を手放しで礼賛していた少し前の姜との違いに当惑せざるを得ないだろう。「エスニシティーの復権」には大賛成だが「ナショナリズム」は駄目ということなのか?だが、「エスニシティー」と「ナショナリズム」はそれほど簡単に切り離せるものなのか?そもそもソ連・東欧の「エスニシティーの復権の動き」の多くは、国民国家の樹立に帰結したのではないのか?それは駄目だというのか?このように、これまでの主張との整合性を問題にするならば、数多くの疑問が出ざるを得ない。 そして、姜のこのナショナリズム批判の主張において、在日朝鮮人は一体どうなるのか、という素朴かつ根本的な疑問――現在に至るまで、リベラル・左派の言論圏に住まわせてもらって「ナショナリズム批判」を口にする在日朝鮮人の物書き・学者たちがまともに論じようとしない疑問――が生じることになる。在日朝鮮人はそもそもその存続それ事態が、ナショナリズムまたは民族主義の意識的な維持・堅持なしでは不可能ではないのか? そこで姜が持ち出したのは、「複合的アイデンティティー」という主張である。この文章は、90年代以降の姜の文章に頻出する、在日朝鮮人の「複合的アイデンティティー」なる用語が管見の範囲では初めて登場したものである。この概念を姜は鄭瑛恵から借用したのではないかと私は推測している。鄭は『情況』1991年4月号に、「民族と人権と新しい時代――在日韓国朝鮮人の国籍問題が提起するもの」を発表しており、そこで「在日韓国朝鮮人」にとっての「複合的アイデンティティ」の意義に関して詳しく論じているが、当時『情況』の常連執筆者であった姜が鄭のこの論文を読んでいないはずはないからである。「複合的アイデンティティ」に関する鄭と姜の主張の異同はそれなりに興味深いものではあるが、別稿に譲る。 さて、「複合的アイデンティティ」を主張するに際して、姜は手の込んだ芸当を演じている。この文章の中で、在日朝鮮人にとっての「複合的アイデンティティー」の可能性を論じる際の、以下の文章をお読みいただきたい。 「「在日韓国・朝鮮人」のアイデンティティーをめぐる軋轢と苦悩は、その歴史的な経緯とともに、ぬきさしならない単一的なアイデンティティーの葛藤によるものである。/多くの「在日韓国・朝鮮人」が、日本社会の単一アイデンティティー志向的な思考の強制にさらされ、日常的にそれへの同化と恭順を余儀なくされている。しかもそれが必ずしも強制的な同化として多くの日本人に意識されていないところに問題の深刻さがあると言えよう。この限りで日本の「国際化」は、国民共同体の内外に開かれているわけではない。・・・・・・とはいえ、その「国際化」も「日本=国家化」へと収斂されていく方向性をゆるがす、あるいはそれとのズレや軋みを孕む方向性を伴っていることも事実である。そのキー・ワードとなっているのは「地域」と「脱国家化」である。/水ぶくれしたような大国意識の肥大化にもかかわらず、日本といえども国民国家のゆらぎから自由ではない。「下からの変化」を促す地域の動きは、これまでの一元的なナショナル・アイデンティティーを揺るがそうとしている。地域は今やこれまでの単なる国家の下請け的な機関であることから次第に脱却しつつあり、むしろ多様な住民が地域の生活者として出会う<場>となりつつある。」 ここでは「多くの「在日韓国・朝鮮人」が、日本社会の単一アイデンティティー志向的な思考の強制にさらされ、日常的にそれへの同化と恭順を余儀なくされている。しかもそれが必ずしも強制的な同化として多くの日本人に意識されていないところに問題の深刻さがあると言えよう。」と書かれているので、普通に読めば、日本社会の(排外主義的)同化主義の力は極めて強いから、それに抗するために「複合的アイデンティティー」が必要だ、と主張していると理解されるだろう。 だが、当たり前の話だが、この一節の脈絡で言えば、そうした「複合的アイデンティティー」を日本人が持つべき、という議論にならなければ本来おかしいのである。ところが、日本人は一切問題にならず、在日朝鮮人が「複合的アイデンティティー」を持つべき、ということになっている。ここに姜が弄している小細工がある。 そもそも(排外主義的)同化主義に抗するためには、91年頃までの姜が主張していたように、民族(主義)的抵抗しかありえないのである。ところが、その点には姜は一切触れずに、「地域」と「脱国家化」、「複合的アイデンティティー」が必要、という主張を行っている。 この一節は、この論文全体を通して初めて理解することができる。要するに姜は、韓国や北朝鮮において、「皮肉にも日本と同じような単一のナショナル・アイデンティティーが「純粋型」にまで昇華されてい」ったがゆえに、「複合的なアイデンティティーの余地はほぼ絶望的なほど欠落」したことと同じように、戦後の在日朝鮮人も、「日本社会の単一アイデンティティー志向的な思考の強制」にさらされてきたがゆえに、それに対抗する結果、「皮肉にも日本と同じような単一のナショナル・アイデンティティーが「純粋型」にまで昇華されてい」った、と本当は言いたいのである。ところが、この時点では在日朝鮮人向けの雑誌でそのようにはっきり書くと反発を買う恐れがあるから、読者になじみの深い(排外主義的)同化主義批判の文脈の中で「複合的アイデンティティー」の主張を導出しようとしているのである。だから、この一節は、注意深く読めば、何を言っているのかわからないものになっている。 しかも姜は、この「複合的アイデンティティー」なる概念を導入するために、もう一つの芸当を演じている。姜は、この文章の中で、以下のような奇妙な主張を展開している。 「「在日」がその民族的なルーツにおいてマジョリティとしての日本人(イデオロギーとしての日本人は別として)から区別されるエスニックな側面をもっていることは否めないはずである。/なるほど、「在日」の多くが、そのエスニックな特徴と意識をどれほど自覚しているのか、心もとないほどの同化にさらされていることは否定できない。それにもかかわらず、エスニックな痕跡は程度の違いはあれ、やはり何等かの形で生き続けている。そのベースを最小限の合意として民族的ルーツを顕在化させる試みを「在日」全体の方向として確認することがまず必要である。」 エスニックな痕跡?日本人と区別される形でのそのようなものが在日朝鮮人にもともとあるということであれば、戦後の在日朝鮮人の歴史は全く別の経路をたどっていただろう。もちろん民族学校出身者はその範疇に含まれるであろうが、それは少数派なのであって、在日朝鮮人がもともと「エスニックな側面」を持っているならば、帰化や日本名使用の問題一つとってみても、問題としてこれほど複雑な形にはならなかったであろう。 姜がこうした主張を行うのは、管見の範囲では初めてであるが、問題はなぜ姜がこのよう奇妙な主張をここで行っているか、である。ここで、この論文の最後で、「複合的アイデンティティー」について姜が語っている文章を見ておこう。この論文の最も重大な箇所である。 「「在日」そのものの範囲が少しずつゆらぎ始めているのである。それはこれまでの単一的なアイデンティティーを民族的な自覚と一体化していた立場からすれば、そうした傾向そのものが「在日」社会の溶解と思えるかもしれない。しかし、このゆらぎを恐れてはならない。それはあらたな可能性の兆しであるかもしれないのだ。少なくとも複合的で柔軟なアイデンティティーの開く可能性に「在日」の将来を探ろうとする立場からすれば、それは決して慨嘆すべき傾向ではない。そのなかから民族や国家をめぐって展開されてきたアイデンティティーを求めるもうひとつの次元が開けてくるのではないか。」 姜はここで、「単一的なアイデンティティーを民族的な自覚と一体化していた立場からすれば、そうした傾向そのものが「在日」社会の溶解と思えるかもしれない。」などと主張している。だが、「「在日」社会の溶解」とその問題性を鋭く指摘していたのは、既に見たように、梁泰昊との論争期および87年の「「在日」に未来はあるか」(第7節の①)における姜であった。もう一度引用しておくと、「「在日」に未来はあるか」で姜は、 「「在日」の大多数が経済セクターの中心から排除され、周辺的な部分に追いやられてゆく一方、ごく一部の二世・三世が中心ないしは亜中心へとリクルートされていく動きは、今日の「定住化」の問題とも絡んで、「在日」のなかに不協和音をもたらしつつある。それは多様化というよりもむしろ、幾層にもコマ切れ的に分断された「分極化」現象とも言うべきものである。/ここにおいてはっきり言えることは、「在日」を「在日」たらしめている、あるいは自らを「在日朝鮮人」として自覚することのできる共通の基盤が見失われつつあることである。/このことは、南北間のイデオロギー的な対立の意識よりも、もっと深刻な意味をもっていると言わなければならない。」 と記しているのである。 ところが、この「「在日」の新たな基軸を求めて――抵抗と参加のはざまで」(⑨)における姜は、このような「分極化現象」をして「複合的で柔軟なアイデンティティーの開く可能性」などととらえている。後に姜や多くの在日朝鮮人(およびその周辺の日本人)が、「在日朝鮮人におけるアイデンティティーの多様化」などとして言祝ぐように至る言説である。要するに、評価が180度変わっているわけであるが、このような変化の背景には、当時、姜がマスコミや論壇、アカデミズムで飛ぶ鳥を落とす勢いであったことがあるかもしれない。まさしく当時の姜こそが、「ごく一部の二世・三世が中心ないしは亜中心へとリクルートされていく動き」の最も代表的な例だったのである。 ここで、先ほど言及した、(管見の範囲では姜においては初の)「エスニックな痕跡」なる主張に戻ろう。これは、87年の「「在日」に未来はあるか」と、180度逆の論理構成の下で挿入されたと思われる。 既に見たように、姜は「「在日」に未来はあるか」において、 「「点的な存在である「在日朝鮮人」が、その民族性を公然化しながら地域に「定住する外国人として生きていくことができるためには、それを可能にする民族文化の創造的な育成がともなっていなければならない。先にも述べたように、地域的、階層的、また経済的な分断線によって疎隔されている「在日朝鮮人」が、それらの障壁を乗り越えて、共通の運命とアイデンティティを確かめ合い、その人間性=民族性を肯定的に伸張させていくためにも、民族文化の創造に「在日」のすべてが参加できる機会と共通の機会と共通の広場が確保されていなければならない。」 と主張していた。すなわち「定住外国人」として生きるがゆえに、日本社会に埋没しないために、「民族文化」の創造とそれへの参加が必要だ、という論理構成になっていたのである。上で見た在日朝鮮人における「分極化現象」や「自らを「在日朝鮮人」として自覚することのできる共通の基盤」の喪失に対する当時の姜の危機感も、この論理構成の前提となっている。 ところが⑨では、在日朝鮮人には「エスニックな痕跡」がもともとある、という奇妙な主張を行っているのである。なぜか?それは、在日朝鮮人社会がどれほど「溶解」したとしても、「エスニックな痕跡」があるがゆえに在日朝鮮人が(かつての姜の危惧のように)日本社会に埋没することはありえないから、在日朝鮮人が「複合的アイデンティティー」を持つことは何ら問題がない、と主張したいがためである、というのが私の見解である。 姜が、「複合的アイデンティティー」論の導入に際して、上で見た、あたかも日本社会批判であるかのような文章操作、「エスニックな痕跡」などといった奇妙な主張、かつての論理からの180度の転換を、意識的に行ったのかどうかは定かではない。それは無意識的なものであったかもしれない。留意されるべきは、この時点では、姜は在日朝鮮人を主な読者対象とした雑誌において、「複合的アイデンティティー」なる言説を導入するためにこれほどの迂回を経なければならなかった点である。今日では、「在日朝鮮人の複合的アイデンティティー」「在日朝鮮人におけるアイデンティティーの多様化」などといった言説を肯定的に使うことが、どれほど倒錯的な、政治的にはどれほど危険なものであるか気づかれないほど、一般化してしまっている。 ⑨の発表後、「複合的アイデンティティ」―論は、さらなる展開を見せる。姜は、「「在日」のアイデンティティーを求めて」発表から約1年後、同じ『季刊青丘』に、「転形期の「在日」と参政権――複合的アイデンティティの可能性」と題した論文を発表している(『季刊青丘』20号、1994年5月)。ここで姜は、「複合的アイデンティティ」を積極的に称揚するが、その中に以下のような一節がある。 「「在日」社会の変容のなかから浮かび上がってきつつあるのは、「在日」がこれまで考えられなかったほど「複合性」を増しつつあるということである。「在日」の歴史を形づくる層においても、いわば「古層」と「新層」があり、その中間の層がみられ、それらがお互いの隙間を埋めることができないまま、複合的な分布が進みつつある。そしてその文化的な帰属意識や南北朝鮮との繋がりの意識も「単純性パラダイム」では分類、還元できないほど複合的であり、この傾向は、ますます増大していくのではないかと思われる。/こうした横軸の複合化は、縦軸の複合化、つまり社会階層的な複合化とも交錯して、在日韓国・朝鮮人を国籍本位だけでまとめていくことが事実上困難になりつつある。もちろんそこにはさまざまなねじれが生じていることも否定できない。」 「複合化」における「ねじれ」の存在にも一応言及してはいるが、姜は結局この論文では、「押しとどめがたい流れ」になっている「「在日」の複合化」を前提として、「複合的アイデンティティの可能性」を主張しているのであるから、「複合化」それ自体を「複合的アイデンティティ」の展開のための好機と捉えていると見ざるを得ない。そのことは、既に見たように⑨において、「「在日」そのものの範囲が少しずつゆらぎ始めている」ことに関して、「このゆらぎを恐れてはならない。「少なくとも複合的で柔軟なアイデンティティーの開く可能性に「在日」の将来を探ろうとする立場からすれば、それは決して慨嘆すべき傾向ではない。そのなかから民族や国家をめぐって展開されてきたアイデンティティーを求めるもうひとつの次元が開けてくるのではないか。」と発言していることからも明らかである。 ここで重要なのは、姜が、自らの「複合化」概念の中には、「社会階層的な複合化」も含まれていたことを明言している点である。「複合化アイデンティティー」論がかつての姜の立場からの転向であることは既に指摘したが、この一節によって、それが転向であったことがより確実に実証されたと言うことができる。姜は、在日朝鮮人の社会階層化というかつての姜が危惧していた現象をも認識しておきながら、在日朝鮮人の「複合化」を肯定的に語っていたわけである。これはほとんど犯罪的ではないのか。在日朝鮮人の「複合化アイデンティティー」やら「アイデンティティーの多様化」という言説は今日、一般化しており、それを肯定的に論じることがもはや常識となっているが、在日朝鮮人の社会階層化(「分極化現象」)に関してはほとんど言及されない。それこそが恐らく、80年代以後の在日朝鮮人社会にとって最大の問題の一つであるにもかかわらず。姜のこの発言は、在日朝鮮人の「複合化アイデンティティー」やら「アイデンティティーの多様化」などという言説が、実は、在日朝鮮人の社会階層化現象を黙認・容認する、在日朝鮮人の上層~中間層によるイデオロギーであることを示していると言える。 (つづく)
by kollwitz2000
| 2012-06-07 00:00
| 姜尚中
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