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2013年 08月 05日
安倍政権が検討している集団的自衛権の行使容認路線であるが、私が非常に興味深く思うのは、石破茂自民党幹事長が、今年の6月30日に刊行した『国防軍とは何か』(西修・森本敏との共著、幻冬舎ルネッサンス新書)で、以下のように発言している点である(強調は引用者、以下同じ)。
「石破 集団的自衛権の問題について、自民党は憲法第9条を改正しなくても行使できるという立場です。われわれが集団的自衛権を問題にしているのは、あとで再三触れるように、日米同盟のあり方を変えようとしているからです。普天間基地の移設問題が民主党政権下で二転三転して日米関係がぎくしゃくしましたが、在日米軍基地問題の本質は、今まで日本政府が「集団的自衛権を行使できないから、その代わりに在日米軍基地を受け入れる」という立場に立ってきたことにあると私は考えています。つまり、日本は軍を持つことで集団的自衛権を行使するんだと明確に内外に表明することによって、今まで米軍が日本国内に基地を置くことで担ってきた役割を肩代わりする。だから、在日米軍基地は縮小しましょう。そういう議論に持っていきたいのです。」(126~127頁) ここでの集団的自衛権の行使容認の代わりに在日米軍基地を削減するというプランは、以前の記事で指摘したように、佐藤優が2010年1月時点で主張していたものである。私は、その記事の中で、「「見返り」としての「集団的自衛権の行使」容認という路線は、仮に民主党政権下で「県外移設」が実現した場合の落としどころとして、暗黙のうちに、一部(?)の護憲派や左派の間に認識されていた(いる)のではないか」と書いた。 また、伊勢崎賢治も2010年4月の時点で同様の構想を明らかにしている。media debugger氏の記事から引用すると、「護憲派の立場で、これを言うと非常に波風が立つのであまり口にしていないのですが、いま言われた「集団的自衛権」に関して、僕もすでに民主党の議員と議論をしています。/手続きとしては、まず自衛隊を法的に軍隊として認め、軍法も定め、そして集団的自衛権も認める。そうなれば、軍事基地は全体としてかなり減るはずです。とくに沖縄に関してはそう言えます。ただ問題は、日本の今のような現状では……。」と述べている。 また、周知のように、内閣法制局長官の国会答弁禁止による憲法解釈変更、集団的自衛権行使の容認という路線を民主党、社民党は推進してきたのであり、それを護憲派も容認してきたのである。これについては、これまでに何度もこのブログで指摘してきた。 「民主党政権支持はアフガン侵略容認」 http://watashinim.exblog.jp/10530494/ 「内閣法制局長官の答弁禁止について」 http://watashinim.exblog.jp/10535494/ 「解釈改憲政党としての社民党」 http://watashinim.exblog.jp/11119108/ 前回、安倍政権の外交路線に関して、民主党政権の路線の連続線上で説明できるのではないかと述べたが、安全保障政策の面でも民主党政権、特に小沢一郎の発言力の強かった鳩山政権のそれとの連続線上で考えられると思う。安倍政権の集団的自衛権の行使容認をめぐる政治上・メディア上の議論は、端的に茶番である。 また、同書での石破の発言の中での、以下の発言も非常に興味深いものである。 「石破 集団的自衛権の問題で大事なことは、アジアの国々の信頼を得ることが大前提になるということです。かつて日本は大東亜共栄圏を掲げてアジアの国々に多大な被害を与えました。今まで集団的自衛権の行使についてきちんとした議論ができなかったのも、日本が集団的自衛権の行使を言い出したら、アジアの国々に警戒されるという意識が働いたからです。 アジアの国々の信頼を得るためには、まず日本がなぜあの戦争を始め、ああいう形で敗戦に至ったかをきちんと検証することが必要です。さらにもう一つ、日本がアジアの国々にどんな被害を与え、それに対してどんな賠償をしてきたか、その賠償は本当に十分と言えるか。これについてアジアの国の人びとと日本国民が共有すること。これがどうしても必要です。 戦後「一億総懺悔」という言葉の下に、日本人が全部悪かったというふうにひとくくりにされてしまいましたが、その結果、こうした大切な議論が正面からされてこなかった。やはり憲法改正は、こうした議論を経た上でないと、やってはいけないことだという気持ちは個人的には持っています。」(220~221頁) 「石破 このように東南アジアの海を見ただけでもフィリピンとベトナムは、中国を相手に日本と同じような領有権問題を抱えています。こうした国々に「お互い大変ですね。できることがあれば協力しませんか」と呼びかけていけない理由があるでしょうか。必要なら米国以外の国とも集団的自衛権を行使できるようにするべきです。 もちろん東南アジアの国々が、こうしたわれわれの考えを受け入れてくれるとは思っていません。下手に集団的自衛権を持ち出そうものなら、集団的自衛権の名の下に再び侵略してくるのではないか。そう思われるのがオチです。ではどうすればいいか。 私は二つのことを考えています。まず一つは日本が過去においてなぜ大東亜共栄圏の名の下にあの戦争を始めたのか、そしてなぜ負けたかを、わが国自身の手できちんと検証すること。もう一つは、その過程で日本が東南アジアの国々に何をし、それに対して十分な賠償をしてきたか考えることです。これなしには日本が集団的自衛権を行使することに対してアジアの人びとの広範な理解は得られないし、それなしに日本が集団的自衛権を行使することがあってはならないと考えています。 森本 インドネシアやフィリピン、ベトナムの政府関係者は、日本が憲法を改正してきちんとした軍備をし、集団的自衛権を行使できる普通の国になることをむしろ歓迎しているという印象を受けます。そうなることがアジアの安定を考える上でプラスになるということなのでしょう。 石破 ただそれらの国の民衆はまた別のことを考えているかもしれない。それぞれの政府は中国との緊張関係を意識して「敵の敵は味方」式の発想で、日本の改憲や軍備の増強を歓迎していても、民衆は過去に日本がしてきたことを忘れていないはず。その点を十分に配慮しないといけない。特にわれわれ政治家や自衛官、そしてビジネスマンも、フィリピンへ行くならフィリピンの歴史を、インドネシアへ行くのならその歴史を、日本との関わりを中心にきちんと勉強して行かなければならないと思います。」(278~280頁) こう見てくると、歴史認識に関しても民主党政権とどこが違ってくるのか、ということになる。仮にこれが石破の個人的な発言であったとしても、集団的自衛権の行使容認に踏み込めば、「国益」上は遅かれ早かれ周辺諸国に対する同様の措置を行なうよう迫られるであろう。また、自民党幹事長である石破がこのように発言しているということは、こうした認識が、政権・自民党の上層部で、それほど奇異なものとみなされていないということである。 これは「右派の安倍対リベラルの石破の争い」などという図式ではなく、石破が上で提唱しているような路線は、前回書いた、歴史認識の一致を求めない点での一致を求めるという外交路線を、補完するものとして機能すると見るべきだと思う。首相・閣僚の靖国参拝(A級戦犯分祀になるかもしれない)や歴史教科書、集団的自衛権行使容認、改憲といった、派兵国家体制にとって根幹的な部分では右翼的な、国家主義的な路線を進める一方、それに応じて生じるであろう周辺諸国の反発を糊塗するために、象徴的な形で過去清算その他を行なう、ということである。 そして、ここでリベラル・左派の知識人やジャーナリスト、市民運動が取り込まれていくのではないか、と思うのである。つまり、周辺諸国への過去清算その他において、リベラル・左派のそうした人々を一本釣りし、反発を軽減させる説得役の役割を果たさせる、ということである。形態としては、審議会、関係国との共同委員会、「国民基金」方式など、いろいろなタイプがあろう。姜尚中の登用など、割と思いきったことをしてくるかもしれない。 今回の参議院選の結果、もはやリベラル・左派の大多数は方向性を喪失しており、表向きは「リベラル勢力の結集」などと言っていても、内心ではそれに何らの展望もないと考えているはずである。こうした人びとが、かつての「昭和研究会」に集った知識人のように、体制に取り込まれ、盤石の右派体制の下で、あたかも自らが「革新」的なことをなしうるかのごとくに反動的な役割を演ずるというのが、この「新体制」の特徴になるのではないかと思う。 (つづく)
by kollwitz2000
| 2013-08-05 00:01
| 日本社会
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