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2016年 04月 19日
駄場裕司『後藤新平をめぐる権力構造の研究』(南窓社、2007年6月)は、精緻な実証とともに、要約するのが困難なほど多くの重要な論点を提示する画期的な著作だが、その中に以下の記述がある。
<大杉栄が妻堀保子、愛人伊藤野枝、神近市子の「四角関係」のもつれから神近市子に刺された「日陰茶屋事件」の直前、伊藤野枝が遠縁の頭山満、杉山茂丸に金策を依頼し、大杉が寺内内閣内相時代の後藤新平から300円の資金援助を受けたことは、大杉本人が「自叙伝」で認めていることである。甘粕事件後にこの件が政友会の小川平吉らによって議会で問題とされた第2次山本内閣内相時、後藤新平は1923年12月17日の衆議院予算委員会で「大杉ト云フ人ハ私ハ二回会ヒマシタ、〔寺内内閣〕内務大臣奉職中ノコトデアリマス、其当時金ヲ五百円ヤッタコトガアリマスガ、其後二於テハ何等私ト関係ハ無イ、〔中略〕彼レ窮スレバ乱スルノデアリマスカラ、相当二翻訳ナリ何ナリ頼ンデヤラウト云フ意ノ下二、歴代ノ内務大臣ガヤッテ居ッタコトテアル」と弁明した。これに対して小川平吉が2日後、19日の衆議院予算委員会で「捨テ置キ難キ事柄ハ、歴代ノ内務大臣ガ斯様ナルコトヲシテ無政府主義者二金ヲヤッテ居ッタト云フコトヲ言ハレタ」、「後藤子爵ノ如ク内務大臣自ラガ無政府主義者二金ヲ呉レテ、〔中略〕内務大臣其人ガ、ジカ二自ラガ金ヲヤッテ助ケタト云フ事実ガアルト主張サルルノデアルカ」と質問したのに対して、後藤内相は「直接間接二内務大臣ガ渡シタト云フコトニ付テハ、自分ノ知リ得テ居ル所ノモノデアリマス」と答弁している。 逆に戦後になると、大沢正道『大杉栄研究』は「自叙伝」の記述を圧縮して記しているのみであり、秋山清『大杉栄評伝』は、大杉栄自身が神近市子の心を決定的に傷付けたと「自叙伝」の中で認めている後藤新平から調達した金のことには全く触れずに、「大杉栄を中心にした多角恋愛の、日陰の茶屋事件はある何事かの終結であり、同時にアナキスト大杉の正しい意味においての新しい生誕であり、出発でもあった」と論じ、「大杉栄が生涯を賭けた強烈な反軍思想が、いまふたたび復活されるべき時代である」とする鎌田慧は、「その資金は奇想天外にも、左翼取り締まりの最高責任者である後藤新平内相から、大杉が受け取ったものだった」、「それはけっして同志を売る行為ではなく、『転向』に向かう前提でもない」と大杉栄を庇っている。近年の飛矢崎雅也も大沢正道と同様である。>(同書、223~224頁。強調は引用者(金)) その上で、駄場氏は、大杉栄・伊藤野枝夫婦と頭山満、杉山茂丸らの玄洋社グループとの交流を証言する文献や、竹中労による、大杉と北一輝との交友関係に関する記述を紹介している。詳しくは『後藤新平をめぐる権力構造の研究』を直接参照していただきたい。 後藤の議会答弁は、駄場氏の上の著作で初めて知ったのだが、重要なものであろう。 右と左の結びつき、そのことを問題視しない姿勢というのは、大杉栄および大杉栄評価に既に現れており、大杉栄再評価という形で再生産される、ということであろう。そして、「左」と権力の結びつきについても同じことが言える。 一個の文筆家としては、伊藤野枝は面白いところがあると思うが、大杉の文章のどこが面白いかはいまだによくわからない。
by kollwitz2000
| 2016-04-19 00:00
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