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2007年 06月 11日
佐藤優現象の本質が、ジャーナリズム内の護憲派の解体であることは既に述べた。この護憲派の解体現象は、別の形で説明した方がより分かりやすいだろう。
改憲か護憲(反改憲)か、という問いは、以下の問いに置き直した方がよい。要するに、日本国家による、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)への武力行使を認めるかどうか、という問いだ。 イラク戦争への派兵が違憲であることは言うまでもないが、それでも、憲法九条の縛りのお蔭で、自衛隊は直接イラク人を殺すことはなかった。それが、対北朝鮮との戦争になれば、朝鮮人(兵隊だけではない。民間人も)を殺すのは米軍と日本軍ということになろう。それを認めるかどうかが問題の本質だ。 ジャーナリズム内の護憲派や、小林正弥あたりを中心とした護憲運動の戦略は、大雑把に言えば次のようなものだ。北朝鮮問題には触れないか、佐藤優のような対北朝鮮戦争肯定派を組み込むことによって、「護憲」のウィングを右に伸ばし、「従来の護憲派」だけではない、より幅の広い「国民」層を取り込む。また、アジア太平洋戦争については、「加害」の点を強調する(それは「反日」になるから))のはやめて、「被害」の側面を強調し、改憲することによって再び戦争被害を被りかねないことに注意を促す。 この戦略は馬鹿げている。対北朝鮮戦争は護憲の理念に反しているから言語道断だ、と言っているのではない。国民投票の票計算として馬鹿げているのだ。 簡単な話である。日本が、アジア太平洋戦争のように、敗戦国となることはありえない。現代の戦争は、湾岸戦争にせよイラク戦争にせよ、アメリカ単独もしくはアメリカを中心とした多国籍軍対小国という、ゾウがアリを踏むような戦争になるのであって、ゾウの側の戦争当事国本国が、アリの側からの被害を被ることは、100%ありえないからである。大衆は、マスコミの人間ほど馬鹿ではないのだから、そのことは直感的に分かっている。したがって、対北朝鮮攻撃論が「国民的」世論となってしまえば、護憲側に勝ち目は万に一つもない。 護憲派が、あくまでも仮に、ポピュリズム的な手法や、右へのウィング(これで護憲派が増えるとは全く思えないのだが、あくまでも仮定上)で「護憲派」を増やしたとしても(たとえ、一時的に「改憲反対」が8割くらいになったとしても)、対北朝鮮攻撃論が「国民的」世論ならば、そんな形で増やした層をはじめとした護憲派の多くの人々は「北朝鮮有事」と共に瞬時に改憲に吹っ飛ぶ。自分らに被害が及ぶ可能性が皆無なのだから、誰が見ても解釈上無理のある「護憲」より、「改憲」を選ぶのは当たり前である。 佐藤優の、現在の北朝鮮をミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準える主張や、もっとオブラートに包んだ形での、「週刊金曜日」での対北朝鮮外交に関する主張(ここ参照)が、対北朝鮮攻撃論であることは明白であろう。こういう「リアリスト」(笑)を護憲派に組み込む(組み込んだつもりになる)ことで、護憲派は、「現実」的になって改憲に対抗しようと妄想していると思われるが、それこそ非現実的な妄想の最たるものだ。 護憲の旗頭を掲げている人間と無原則的に組んで、ジャーナリズム内の「護憲派」を増やしたところで、大衆には無関係である。現在の、佐藤優現象に見られる無原則さ、「右」へのシフトは、対北朝鮮攻撃の容認に向けた世論形成を起こし、大衆への「護憲派」の説得力を失わせることに結果するだろう。 護憲派がたたかうべきポイントは、改憲か護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮攻撃を容認するかどうか、である。容認してしまえば、護憲派には勝ち目はない。本気で改憲を止めたい人間は、ジャーナリズム内の護憲派の馬鹿げた判断(または改憲後の生き残り戦略)に惑わされず、明確に対北朝鮮攻撃の是非という争点を設定し、絶対的に反対すべきである。早ければ早い方がよい。世論形成は現在進行中だ。
by kollwitz2000
| 2007-06-11 22:59
| 佐藤優・<佐藤優現象>
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