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2007年 09月 11日
目下、「格差社会反対」は、リベラル・左派ではごく当たり前なことになっている。佐藤優も、「日本国家の弱体化に歯止めを」と、格差社会反対の論陣を張っている。
先日、あるブログで、「見解の相違する部分は切り捨てて、格差拡大の克服という一点で、広義「左翼」の再結集をというのが、現時点の最大の課題だと思う。過去の左翼運動にはありがちなことだったが、人権問題や反戦平和、反天皇制などで参加者を値踏みするような発想が、いちばん良くない」という記述を読んだ。同様な図式の下での「広義「左翼」」が、リベラル・左派に拡大解釈されて、佐藤優にまで及んでいるのが<佐藤優現象>を支える強い要因になっていると思われる。 「格差社会化」に反対しているから、佐藤は一定評価すべきではないか、という声が聞こえてきそうだ。だが、問題は実は逆ではないのか。私には、現在の「格差社会論」自体が排外主義的な論理を孕んでいるように思われる。だからこそ、佐藤のような排外主義者が、容易に格差社会反対の論陣を張れるのだ。 私が前から呆れているのは、現在盛んな「格差社会論」に、外国人労働者の問題、また、グローバリゼーションの下で先進国と第三世界の「格差」が拡大している問題が、ほとんど全く言及されない点である。 リベラルからは、恥知らずにも、外国人労働者が流入すると排外主義が強まるから、流入は望ましくないという言説をよく聞かされる。言うまでもないが、この論理は、排外主義と戦わない、戦う気のないリベラル自身の問題を、すりかえている。こんな論理なら、まだ、はじめから外国人排除を主張する連中の方がすっきりしている。興味深いことに、小林よしのりも格差拡大に反対しているが、その理由は、格差拡大によって、「日本のエートス・魂」が失われ「国民の活力」が縮小し、「少子化が進み、やがて移民を受けいれざるを得なくな」るからとしている(『SAPIO』2007年3月28日号「ゴー宣・暫」第五幕第一場)。すなわち、外国人労働者を排除した上での格差の解消という論理構成の点では、「左」も「右」も同一なのである。 非常に単純化して言えば、外国人労働者の生活権の問題までカバーしうる格差社会論があるとすれば、最低限、労働法制がある程度規制緩和されることが前提となろう。そうでない限り、若年労働者と外国人労働者の競合は避けられまい。無論、そうした規制緩和には、大多数の「国民」は賛成しまいし、大衆統合の見地から見て、支配層も採用しないだろう。 若年者の労働組合運動は、現段階では既存の大組合の支持と援助なしではやっていけないから、「中高年の仕事を自分たちに」などとは言えない。かくして、外国人労働者の問題は「格差社会論」から排除され、若年者の労働運動は、「既得権益」に入ることを要求するものとなる。 最近、「格差社会論」の文脈で、若年者の労働運動がリベラル・左派で持ち上げられているが、赤木智弘(ここで批判しておいた。赤木は、最近はネット右翼との距離を強調しているようだが、前に挙げたエントリーを削除または修正していない以上、ネット右翼と言って差し支えあるまい)と組もうとしているような現状では何ら希望はあるまい。 若年者の労働運動は、このままでは、運動が大きくなったとしても、戦前の社会大衆党みたいになるだけだろう。日中戦争前、農村の惨状と危機を強調する言説(まさに「格差社会論」だが)が蔓延したこと、「対支非干渉」を主張していた農民運動が、変節し、「農民に満州の土地を」といったスローガンを掲げるようになっていったことを想起すればよい。そこでの農民運動の活動家が、戦後の日本社会党の左派に流れたわけであり、今の「格差社会論」も系譜的に言えばつながっていないことはないから、先祖帰りと言えばそれまでであるが。 グローバリゼーションの下、「国民主義」に陥らず、本当に格差を変えていくためには、現状の「格差社会論」から疑う必要がある。
by kollwitz2000
| 2007-09-11 18:37
| 日本社会
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