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2008年 02月 14日
私の尊敬する女性史研究者・鈴木裕子氏が、私の論文を高く評価して下さっているとのことだったので、文章の寄稿を依頼したところ、ありがたいことに快諾して下さった。下に、鈴木氏からいただいた文章を掲載する。鈴木氏が指摘している<朴裕河現象>は、<佐藤優現象>と同質の、重要な現象であり、朴裕河をどう評価するかは、ある種のリトマス紙の役割を果たしている。
なお、鈴木氏の著作からは、私は非常に多くのことを学ばせていただいている。特に、鈴木氏による、「国民基金」と、その推進者をはじめとした「国民基金」に関する言説への批判(特に、『天皇制・「慰安婦」・フェミニズム』(インパクト出版会、2002年))は、私の論文の所論とも密接に関連していると思うので、私の論文に関心を持った読者には是非読んでいただきたい。 下のリンク先で、鈴木氏の最近の文章を読むことができる。 「国民基金」(女性のためのアジア平和国民基金)とは何であったのか(上) 「国民基金」(女性のためのアジア平和国民基金)とは何であったのか(下) ----------------------------------------------------------------- 金光翔「<佐藤優現象>批判」を読んで 鈴木裕子 佐藤優氏があちこちのメディア媒体に登場するようになってからも、わたくしは佐藤氏の書いたものに特別な関心を持っていなかった。ところが、昨2007年7月末に米国下院で決議された、いわゆる「慰安婦」問題解決促進決議をめぐっての、『週刊 金曜日』誌上に載った佐藤氏の文章を読んで、ああ、やはり「国権主義者」だったのだなということを確認させられた次第であった。 最近、とみに気になっていることは、言論界全体の論調に「国益」が浸透してきているらしいことである。先の「慰安婦」決議のときも痛感したが、それまで「リベラル」であることを誇っていた言論機関・言論人の、「人権」よりも「国益」の観点を優位におく傾向が顕著になってきたように思える。私見では「歴史認識」をめぐる問題の対応がその見本である。 そういう折に手にしたのが、金光翔氏の「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号・2007年11月)であった。1976年生まれ、という筆者の若さにまず驚いた。その読書力にも驚かされた。が、最も舌を巻いたのは、その分析力の鋭さである。日本の言論界ひいては思想界が溶解しはじめているのは、大分前から感じさせられていたものの、その「謎とき」に、金光翔氏の論稿は大きく示唆を与えてくれるものであった。 佐藤優氏の正体は、国家主義者そのものであり、「国益」論者であるのは、先の『週刊 金曜日』掲載の一文を読めば容易に分ることである。問題は、その佐藤氏が左派系・リベラル系メディアにおいてももてはやされている背景・土壌であろう。 さて、<佐藤優現象>と同質なものとして、わたくしは最近<朴裕河現象>なるものがあると思う。朴裕河氏の著作『和解のために』が2007年度の「大仏次郎論壇賞」(朝日新聞社)を受賞してにわかにもてはやされている。が、そこに至るまでに日本側関係者によって周到な準備がなされてきたものと思われてならない。佐藤氏同様、率直にいって朴氏の著作のレベルはどう見ても高くない。リベラルないし進歩派さらにはフェミニストを自称している一部知識人や大手言論機関が激賞している、その背後に何らかの意図や企みが働いているのではないかとわたくしには思われてならない。 金光翔氏の「<佐藤優現象>批判」は、「一佐藤優」問題にとどまらず、今日の日本の思想言論状況について、多くを考えさせ、触発させてくれる論稿である。それだけにこの論稿を発表するにあたっては相当の勇気を要したであろうことが推測される。また発表後のリアクションも相当程度あるのではないかとの危惧も覚える。前途多望な若い思想者の芽を摘まないでほしいと思うこと大である。
by kollwitz2000
| 2008-02-14 23:19
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