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2008年 04月 28日
なお、2月5日記事の②の点についてもう少し詳しく述べよう。佐藤は、『週刊新潮』の記者(私に関する記事の筆者)は、何かあると相談する関係であり、今回は、佐藤が悩んでいることをいつものように相談したところ、『週刊新潮』側が独断で記事にすることにし、記事になったものだと答えたとのことである。このことを聞いたとき、『週刊新潮』の記事の成立経緯については、佐藤が口を割ることはないと思っていたので、佐藤がここまで喋ったらしいことに私は非常に驚いた。
まず、このことが事実であれば、これだけでも佐藤の行動は卑劣極まりないという他ない。『週刊新潮』が、特定の個人に対して、事実の捏造込みのプライバシー暴露や卑劣な中傷を躊躇わない雑誌であることを佐藤が知らないはずはあるまい。佐藤は、記事での佐藤の発言には責任を負うが、記事自体には責任は負えないと主張しているとのことであるが、佐藤は、悩みを相談した相手がたまたま『週刊新潮』の記者だった、とでも言うのであろうか?ここで佐藤が行なっていることは、懇意な『週刊新潮』の記者に対して、金を攻撃する記事を書くよう教唆しているということに他ならない。 佐藤は、今日に至るまで、公的な(誰もが読める)形では私の論文への具体的な反論は一切行なっておらず、私の論文に公的に言及したのは、管見の範囲では、『週刊新潮』の記事だけである。結局、佐藤は、私の論文への反論を回避するために、『週刊新潮』の記者に私を攻撃する記事を書くことを教唆して、私の論文の評判を落とし、かつ、私を沈黙させたかっただけではないのか。これまでの佐藤の行動から、そう判断されても仕方あるまい。 これだけでも重大な問題だが、私はむしろ、佐藤は『週刊新潮』の記事に関して、教唆どころか、より深く関与しているのではないか、と推測している。 『週刊新潮』編集部の荻原信也(佐藤と懇意な記者とは、この荻原記者らしい)が私に、11月23日15時36分付のメールで送ってきた「取材のお願い」には、私について、岩波書店の「営業部」の社員と書いている。 荻原記者は、翌日11月24日20時7分付でも、再度「取材のお願い」のメールを送って来ている。内容は、前日に送って来たメールのそれとほぼ同じだが、重要な違いがあった。私の会社での所属について今度は、「校閲部(営業部?)」と書いているのである。 そして、11月29日発売の、『週刊新潮』の記事では、私の会社での所属は「校正部」になっている。現実には、「校正部」が正しい。 岩波書店社員、それも、私の件で『週刊新潮』から取材を受けるような岩波書店社員で、私の所属部署を「営業部」と間違える社員など、まず100%、存在しない。また、24日のメールでもまだ、「営業部」との誤情報を捨て切れておらず、また、「校閲部」なる、岩波書店社員ならばまず使わない用語が用いられている。 ここから推測すると、荻原記者は、11月24日20時7分まで、岩波書店社員と直接コンタクトをとっていなかったことになる。11月23・24日のメールでは、荻原氏が自身の取材の結果として得たいくつかの情報が記されていたが、これは、第三者から提供された情報、ということになる。 そして、『週刊新潮』編集部が、今回の件で、取材にそれほど時間をかけたようにも思われない。『週刊新潮』が、今回の件に関して私について好意的もしくは中立的に記述することはありえないが、実際に取材を開始した場合、(自分たちの意図通りの記事に仕立て上げる材料としてではあれ)取材のかなり早い段階で、私に取材をしてくるであろう。ところが、11月23日のメールが、『週刊新潮』の私への最初の働きかけだったのである。とすると、この記事のための取材には、それほどの日時はかけられていない、と推定できよう。荻原記者に最初に情報を提供したのが佐藤だったならば、恐らく、荻原記者は、佐藤からの情報だけを基に私にメールを送ってきたように思われる。 ここで、上記の、荻原氏の私宛の23日と24日のメールにおける違いに注目しよう。なぜ「営業部」と「校閲部(営業部?)」といった形で、違いが生じたのか?常識的に考えれば、これは、はじめに「営業部」という情報を荻原氏に提供した第三者が、「営業部という情報は誤りだった。岩波書店の社員によれば、正しくは校閲部のようだ」という旨の、新たな情報を荻原氏に提供したからだ、ということになろう。だから、初めに荻原氏に提供したのが佐藤であったならば、佐藤が、『週刊新潮』の記事のために積極的に動いている姿を、ここに垣間見ることができる。 また、荻原記者は、上記2つのメールにて、記事の締切の関係上、25日夜までには回答をほしい旨を記している。発売日は29日(木曜日)であり、入稿から印刷までの日数を考えると、ほとんど時間がない。『週刊文春』元編集長の花田紀凱は、『週刊文春』『週刊新潮』について、「火曜校了で発売が木曜」と述べているので、 この号の場合、校了日は27日(火曜日)ということになる。前述のように、荻原氏は24日20時7分まで、岩波書店社員と直接コンタクトをとっていなかった可能性が高い。おまけに、23日は祝日、24日は土曜日、25日は日曜日である。だとすれば、ほとんど時間がない中で、荻原氏は、どのように記事に登場する「岩波関係者」とコンタクトをとったのだろうか。 最初に情報を提供したのが佐藤だったならば、佐藤が荻原記者に、懇意にしている岩波書店社員を紹介した、と考えるのが自然な推測だと思われる。岩波書店社内には、佐藤と親しい編集者が複数名いる(例えば、佐藤優『獄中記』(岩波書店、2006年12月刊)終章を参照のこと)。 『週刊新潮』の記事では、「岩波関係者」による、私が「社外秘」の組合報まで持ち出した等の私を非難する内容の発言が掲載された後で、「社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない」云々という佐藤のコメントが載っているので、『週刊新潮』の記者が「岩波関係者」に取材して知った内容を佐藤に伝えたところ、佐藤が激怒した、と読まれる構成になっている。だが、最初に情報を提供したのが佐藤だったならば、順番が完全に逆になる。佐藤の行動がこの記事の出発点なのだ。むしろ、その事実を隠蔽するために、『週刊新潮』は、佐藤のコメントを最後に持ってきたように思われる。 佐藤が記事への最初の情報提供者だったならば、この記事の持つ、私の<佐藤優現象>批判を「岩波書店の社内問題」へと矮小化しようとする性格(「『週刊新潮』の記事について④」参照)や、記事が<嫌韓流>の話法に則って作られている点(「『週刊新潮』の記事について⑥」参照)も、佐藤が荻原記者に入れ知恵した可能性が極めて高くなる。佐藤は私の論文に関して、「言論を超えた個人への攻撃」などと言っているが、これこそが「言論を超えた個人への攻撃」である。 また、佐藤は、『週刊新潮』の記事で、「『IMPACTION』のみならず、岩波にも責任があります。社外秘の文書がこんなに簡単に漏れてしまう所とは安心して仕事が出来ない。今後の対応によっては、訴訟に出ることも辞しません」と述べているが、佐藤は、『世界』2008年3月号に、「『プーチン20年王朝』シナリオの綻び」という文章を執筆しており、また、『世界』2008年5月号の巻末に掲載されている、岩波書店の「5月刊行予定の本」欄によれば、佐藤と柄谷行人との共著で『国家の臨界――世界のシステムを読み解く――』という本が、5月28日に刊行されるとのことである。これは一体どういうことなのか? 佐藤の言う「社外秘の文書」とは、岩波書店労働組合の文書であって、この件で岩波書店労働組合から受けた抗議に対して私が何ら配慮する気がないことは、すでに「『週刊新潮』の記事について④:「岩波書店の社内問題」への矮小化」「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」で書いている。そのことを佐藤が知らないはずはない。また、『週刊新潮』の記事の後で、岩波書店労働組合が「壁新聞」の掲載をやめたという事実もなく、株式会社岩波書店が岩波書店労働組合に対して、「壁新聞」を廃止するという措置を執った事実もない。要するに、『週刊新潮』の記事の後でも、状況は全く変わっていないのである。にもかかわらず、佐藤はなぜ岩波書店の雑誌で文章を書き、単行本を刊行するのだろうか?「安心して仕事が出来ない」「訴訟も辞さない」のではなかったのか? 誰にでも浮かぶ疑問であろう。やはり、「『週刊新潮』の記事について⑤:「<佐藤優現象>批判」の「「佐藤優」批判」へのすりかえ」で述べたように、岩波書店が、佐藤を使うのに躊躇するようになることを防ぐことと、岩波書店に私に圧力をかけさせて、私を黙らせたかったことを理由として、佐藤の岩波書店への(求愛的)恫喝は行われたのではないのか。これまた「言論を超えた個人への攻撃」である。佐藤は、『週刊新潮』の記事であれだけの非難を岩波書店に行なったにもかかわらず、岩波書店の雑誌で文章を書き、単行本を刊行することにした理由を、公的に明らかにすべきである(注2)。
by kollwitz2000
| 2008-04-28 00:01
| 佐藤優・<佐藤優現象>
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