|
カテゴリ
以前の記事
2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 01月 2018年 11月 2018年 06月 2018年 02月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 03月 2016年 09月 2016年 07月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 02月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 06月 2007年 01月 2006年 12月 検索
その他のジャンル
|
2008年 04月 28日
(注1)なお、佐藤が1月10日の会合で、在日朝鮮人(朝鮮総連?)を排除すべきなどとは自分は言っていない、と述べていたという情報は、かなり蓋然性が高いと思われる。なぜならば、私の論文発表後、佐藤の朝鮮総連に対するスタンスが変わっているからである。
佐藤は、『国家論――日本社会をどう強化するか』(NHK出版、2007年12月26日発売)で、以下のように述べている。 「いま重要なのは、JR総連のような労働組合、部落解放同盟、そして在日外国人の運動――これは朝鮮総聯(在日本朝鮮人総聯合会)も含みます――です。このような、国家に頼らずに、お互いで助け合っていける団体がある。国家に対する異議申し立て運動をして、国家に圧力を加えられたとしても、自分たちの中で充足して、生き延びていくことができる。そのようなネットワークが複数ないといけません。これが国家の暴走を阻止し、民主主義を担保するのです。もちろん、日本人の拉致問題であるとか北朝鮮の大量破壊兵器開発に朝鮮総聯が関与している面については看過できません。それを法的、政治的手段で封じ込めるのは、主権国家間の国際関係というゲームの中では当然のことです。しかし、それと同時に朝鮮総聯の日本社会の民主化を担保する機能もきちんと理解しておく必要があります。」(136~137頁。太字は引用者) 「自己完結している社会団体、部落解放同盟や朝鮮総聯、あるいはJR総連のような集団は、近代国家の嫌悪の対象になる可能性が高い。これに創価学会を加えてもいいかもしれません。これらはゲルナーの言うところの「強固な下位集団」に該当するからです。」(187頁) 佐藤は必死で一貫性を保とうとしているが、佐藤が、上で示したように、〈地球を斬る〉「北朝鮮からのシグナル」(二〇〇六年四月一三日)では、「「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ」として、朝鮮総連を「敵」と記述しており、また、同じく上で示した『マスコミ市民』の記事でも、「部落解放同盟やJR総連の人たち」と朝鮮総連に対して明確に二重基準を用いているのであるから、ここでの文章に無理があるのは誰の目にも明らかであろう。 また、『国家論』には、以下のような文章もある。 「国家は弱くなればなるほど剥き出しの暴力に依存するようになるのです。日本国家をこのような危機的状況から救い出さなくてはなりません。そうでないと、何よりも暴力性を秘めた国家によって、この国に住んでいるわれわれ――日本人でも外国人でも――が被害を被るからです。」(309頁。太字は引用者) ところが、佐藤はほぼ全く同時期に、以下のように書いている。 「貧困社会が到来すると、金持ちはもはや貧困層を同胞と考えなくなり、そして結局は国家体制が弱体化していきます。この同朋(注・ママ)意識という点で、私がもう一つ注目しているのが、沖縄の集団自決をめぐる問題です。教科書問題に端を発する県民集会の人数などで、左右両翼で激しくやり合っているのですが、まず、沖縄問題は左翼の専権事項、北方領土問題は右翼の専権事項、などというように、地域を左右対立の場にしてはいけません。特にいけないのは、今、右派の沖縄に対する見方が、朝鮮や中国に対する見方と同じになっていることです。これはいけません。沖縄は、わが同胞なのだということからまず出発しなければなりません。沖縄に外国に対するように処すれば、これは沖縄の本土からの独立運動さえ誘発しかねないのです。」(「吉野、賀名生詣でと鎮魂」『月刊日本』2007年12月号。文章末に「2007年11月10日脱稿」とある) 同様の主張を、佐藤が2007年後半以降、『月刊日本』だけではなくあちこちで発言していることは、佐藤の読者には周知のことであろう。ここでの佐藤の「同胞」の概念に「外国人」が含まれることはありえまい。だから、佐藤の『国家論』での「この国に住んでいるわれわれ――日本人でも外国人でも」という記述は、佐藤のいつもの主張と異質なのである。 この記述が佐藤の従来の言動の中でいかに異質であるかは、以下の佐藤の発言を読めばより明瞭になるだろう。 「われわれ官僚がやらないといけないのは、日本の国を強くしていくために、どうやったら内閣総理大臣をよりよくサポートしていけるかです。なぜなら、内閣総理大臣というのは、今の制度の下で外交において日本の国をその人間によって現してるからなんですよね。/この点、ロシア人はしっかりしてる。ロシア人の中ではプーチンはとんでもない奴だ、エリツィンはとんでもない奴だ、アル中だと、みんなものすごい悪口を言います。(中略)/そういう状況の中で、もし外国人が確かにプーチンはひどい、エリツィンはアル中だなんて一言でも言おうものなら、今まで批判していたそのロシア人が「おまえ、外国人のくせにわが国の大統領に対して何を言うか。それはわが国家、民族に対する侮辱だぞ」と、こういうふうになるわけなんですよ。これは国際スタンダードなんです。アメリカの民主党支持者でも、もし日本人がブッシュさんのことを人格的に悪く言ったら、そのアメリカ人はすごく不愉快に思います。イギリスでも同じですよ。」(『国家の自縛』産経新聞社、2005年9月、15~17頁。太字は引用者) ここには、「われわれ」に「外国人」を含める余地などいささかもあるまい。私には、『国家論』における「この国に住んでいるわれわれ――日本人でも外国人でも」という記述も、朝鮮総連に対するスタンスの変更に対応した、佐藤の「われわれ」観に関するスタンスの(一時的な)変更のように思われる。 では、佐藤のこうしたスタンスの変更はなぜ生じたのだろうか? ここで、『国家論』の「あとがき」の日付を見てみよう。日付は、「2007年11月18日」となっている(刊行日は2007年12月25日)。私の論文が掲載された『インパクション』は、11月初頭には都内の大手書店の店頭に並んでおり、佐藤の盟友で、『情況』での上記の佐藤の発言を黙認していた和田春樹は、11月8日発売の『世界』2006年12月号に掲載された論文「安倍路線の破産と新朝鮮政策――拉致問題、核問題をどう考えるか」で、「安倍首相と漆間警察庁長官が推進した対北朝鮮圧力としての在日朝鮮人とその団体に対する圧迫をやめなければならない。安倍内閣の「拉致問題における今後の対応方針」(昨年10月16日)第3項「現行法制度の下での厳格な法執行を引き続き実施していく」は数々の不当な恣意的な圧迫を生み出した。これをやめなければならない。在日朝鮮人をわれわれのコミュニティの一員と考え、「共生」の道を求めていくべきである。」と述べている。 和田の文章を読み、佐藤はリベラル・左派論壇の「空気」の変容の可能性を感じ取ったのではないか。私は、佐藤が、私の論文や和田春樹の文章を読み、慌てて執筆中の『国家論』の原稿に修正の筆を加えたと推定する。 それにしても、佐藤の朝鮮総連に関するスタンスの変更を見ると、佐藤にとって、朝鮮総連弾圧への扇動は右派メディアでの執筆のネタであり、自らの「右翼性」をアピールするための材料に過ぎなかったようにすら思われる(無論、だからと言って、そうした言動の問題性が軽減されるわけではない)。このことは、佐藤の言説戦略について、重要な示唆を与えているのではないか。 佐藤は、左派メディアで執筆しているからこそ、右派からの「左翼」嫌疑を晴らすために、右派メディアでは自らの「右翼性」をアピールする発言をしなければならない。佐藤の一連の言動は、こうしたバランスの上に成り立っている。佐藤が排外主義的発言を繰り返していたのは、恐らくこの佐藤の言説戦略に大きな要因がある。当時の朝鮮総連ほど、こうした佐藤の言説戦略に好都合だったものはないだろう。リベラル・左派は弾圧に対して見て見ぬ振りをしていたのだから(※)。 したがって、「佐藤は左派よりの発言をしているから擁護すべきだ」という言説ほど破廉恥なものはない。そうした言説は、佐藤が右派メディア(もちろん、左派メディアよりはるかに社会的影響力は大きい)において攻撃の対象とするものを、切り捨てることで成り立っているからだ。 現時点の佐藤は、「集団自決」問題での言動(例えばここやここ)によって「左」を利すると右派に表象される印象を与えたため、「右」へ重心を置き直そうと図っているところであろう。「日本が守るべきもの」(『別冊 正論Extra.9 論戦布告――今こそNOと言える日本へ』扶桑社、2008年2月刊)や「南朝精神に帰れ」(<地球を斬る>2008年3月26日・4月2日・4月9日)において、「大日本者神国也」というテーゼや「大和魂」の重要性を強調し、自らの「右翼性」をアピールしているのはその一例である。また、佐藤は、映画『靖国 YASUKUNI』上映に関して、稲田朋美衆議院議員の発言を支持した上で、上映問題は「表現の自由」の問題ではなく、中止の責任を右翼とは対話が成立しないという偏見を持っている映画館のせいにしている(「佐藤優の眼光紙背:第28回」)が、これもこの流れの中で位置づけられよう(※※)。 この傾向は、「集団自決」訴訟をめぐる言動について小林よしのりから攻撃を加えられたため(※※※)(「新機軸!実写版ゴー宣EXTRA「石垣島から領土・領海を思う」」『わしズム』2008年春号、2008年4月26日刊)、当面の間、ますます昂進するだろう。言説戦略上、佐藤は右翼的発言をより強調していかなければならないのである。 (※)この点は、現在でも大して変わっていないと思われる。プリンスホテルの日教組への会場提供拒否は、誰が見ても、朝鮮総連や関係団体への一連の集会・会場使用拒否という前例が、社会的にほとんど批判を浴びなかったことに一因があろう。ネット右翼も、「朝鮮総連も日教組も同じ」と言って、プリンスホテルの決定を支持しているのである。驚くべきことに、プリンスホテルの決定を批判するリベラル・左派のほぼ全員が、朝鮮総連や関係団体に関する前例とプリンスホテルの例との明白なつながりについて、誰も言及していない。 マルティン・ニーメラーの周知の言葉――「ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。だからなにも行動にでなかった。次にナチスは社会主義者を攻撃した。自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。/それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。それからナチスは教会を攻撃した。自分は牧師であった。だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった」――や、サルトルの『ユダヤ人』(安堂信也訳、岩波新書、1956年刊)のこれまた有名な末尾の言葉――「ユダヤ人の立場を失わせるために敵方が払っている情熱と執着のいく分かを、イスラエル人の味方の人々も持ってそれを擁護のために用いさえすれば、イスラエル人の勝利はそれだけで半ば確定するであろう。この情熱を生むためには、「アーリヤ人」の高邁さなどをあてにしてはならない。高邁さは、最も立派な人のうちでさえ影がうすれている。それより、ひとりひとりに、ユダヤ人の運命が、同時に、自分達の運命であることを見せる方がよかろう。ユダヤ人が彼等の権利を完全に行使出来ぬ限り、フランス人は一人として自由ではないのである。フランスにおいて、更には、世界全体において、ユダヤ人がひとりでも自分の生命の危険を感じるようなことがある限り、フランス人も、ひとりとして安全ではないのである」(強調は原文)は、その正しさが示されているにもかかわらず、相変わらず黙殺されている。 私は論文の注(55)で、「「国民戦線」の下では、「人権」等の普遍的権利に基づかない「国民のコンセンサス」によってマイノリティが恣意的に(従属的)包摂/排除されることになる」と書いたが、「日教組は朝鮮総連と違って同じ国民だから、朝鮮総連とは違う」という論理は、「国民のコンセンサス」論と土俵を同じくするから、「国民のコンセンサス」に基づき社会的に排除されても、有効に反撃できないだろう。 (※※)もちろん、佐藤はリベラル・左派系の人々と恒常的なつきあいがあるから、この発言も、リベラル・左派が許容するであろうことを計算した上での発言と思われる。実際に、上映中止は映画館の自己規制のせいだと言わんばかりの論調が、リベラル・左派内でも出てきている(例えば、日下部聡「政治時評 常套句は思考停止をまねく 「靖国」の騒動を「民主主義の危機」と括るのは早計だ」(『金曜日』2008年4月18日号)、田原牧「こちら特報部 右翼・民族派の憂うつ」(『東京新聞』2008年4月26日付朝刊))。日下部は、毎日新聞の記者である)。 念のために書いておくと、映画館に出向いて直接抗議した右翼の当事者は、抗議の際に『南京1937』でのスクリーン切り裂きの前例を持ち出した、という映画館側の主張を否定しておらず(4月7日放映のTBS『NEWS23』より)、また、上映中止活動を行っている右翼は、「無論上映となれば断固抗議行動を徹底し、日本の正義を守る覚悟である」と明言しているのだから、これが「表現の自由」の侵害でないならば何が侵害になるのか。日下部も田原も、こうした事実には触れていない。 <佐藤優現象>に乗っかるリベラル・左派は、格差問題等で右翼との連帯を志向しているらしいから(象徴的なことに、最近刊行された雨宮処凛と佐高信の対談本(『貧困と愛国』(毎日新聞社、2008年3月刊))のある章の表題は、「右翼と左翼を超えて」である)、<まっとうな右翼>を救い出したいという衝動が強いからこそ、上映中止を映画館の自己規制のせいにするという認識が生まれるのである(現に、田原の記事は、「(注・桐山襲『パルチザン伝説』単行本化への右翼の抗議活動時の時と)今回の主役は違う。一部では街宣活動もあったというが、「ネット右翼がネットを走らせ、オタクっぽい人が電話をかけてきた」(配給宣伝会社アルゴ・ピクチャーズの岡田裕社長)」として、上映中止の電話等の抗議活動をしてきた「ネット右翼」と、上映中止が「自分たち(注・右翼)の表現活動をも封じかねない」と発言している一部の「右翼・民族派の活動家」という対比を用い、後者の発言を多く紹介している(発言が、「右傾化でなく管理化」として、見出しにも使われている)。ただし、田原は、後者のような主張を「右翼・民族派の中で多数派ではない」とも記しているので、これでは「今回の主役は違う」という記事内の記述と矛盾してしまう)。 だから、こうした認識は、ある種のイデオロギーに根ざしたものなのである。イデオロギーは現実を簡単に乗り越える。こんな認識の下では、テロ行為も含めた右翼によるいかなる「言論・表現の自由」への侵害行為も、「<まっとうな右翼>ではないニセの右翼によるもの」として表象されることになり、「言論・表現の自由」の深刻な問題として受け止められなくなる。 ちなみに、少し前までは、<佐藤優現象>に乗っかるリベラル・左派の連帯の対象は<健全な保守>だったはずなのだが、一向にそうした<健全な保守>が現れないためか、いつのまにかそれが<まっとうな右翼>になっている。 (※※※)佐藤が小林への賛美・追従をあちこちで行なってきたことは、佐藤の読者には周知のことであろう(例えばこの、佐藤の熱烈なファンによる記事を参照)。佐藤にとって、日米同盟の推進・対テロ戦争の必要性の強調・イスラエルの擁護は絶対に譲れない一線であろうが、だからこそ、佐藤は「反米」の小林からの攻撃を避けるために、沖縄戦での米軍の残虐さを強調するなど「反米」のポーズをとって、小林からの攻撃を避けようとしてきたわけである。 佐藤が小林からの攻撃を警戒してきたのは、小林から攻撃を受けると、佐藤が「親米」右翼であることが露呈し、「「親米」と「右翼」は論理矛盾」という共通理解を持つリベラル・左派論壇において、佐藤が「右翼」であることで担保されていたある種の「オーラ」が消えかねないからである。佐藤は「<左右の図式>を超えて活躍する一流の思想家」なる表象を維持しなければならないのだから、「親米保守」と一緒にされなかねない「親米」ではなく、真の「右翼」と思われなければならないのだ。したがって、この観点からも、佐藤は小林からの攻撃が本格化しないうちに、自らが「右翼」であることを示す発言をより強調していかなければならない。 (注2)佐藤が岩波書店での執筆にこだわるのは、<佐藤優現象>を成立させる基盤に関係があると思われる。佐藤の文章には、(柄谷行人のように)根拠を示さない、または、(落合信彦のように)情報の出所が不明確な断定が非常に多い。佐藤の言明が事実であるかどうかは、佐藤を<信>じるしかないのである。では、佐藤の言明のもっともらしさは何によって担保されているか?佐藤が<一流の思想家>だという表象によって、である。論文でも指摘したが、佐藤は、「左」で執筆しているからこそ、「<左右の図式>を超えて活躍する一流の思想家」なる表象が生まれる。岩波書店が使っているからこそ、他の護憲派ジャーナリズムも安心して佐藤を使えるわけである。また、岩波書店がいまだに保持しているらしい、「学術性」なる表象も、佐藤が<一流の思想家>であることを担保する上で不可欠だろう。佐藤の文章は、読者が佐藤を<信>じるか否かの一点にかかっている。私は前に、佐藤が、もはや熱心な佐藤信者すら追いかけるのが難しいほど多くの媒体で書きまくるのは、自分が「超売れっ子」であるという表象を不断に作るためであることを指摘したが、それと同様に、読者の<信>を失ってしまえばバブルが崩壊するという危険性を、恐らく誰よりも認識しているからこそ、佐藤は岩波書店での執筆にこだわらざるを得ない。 (注3)論文でも引用したが、佐藤と懇意の馬場公彦(岩波書店学術一般書編集部編集長)は、以下のように述べている。「この四者(注・権力―民衆―メディア―学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論の公共圏を形成していく」(岩波書店労働組合「壁新聞」2819号。同紙は、2007年4月上旬に岩波書店社屋内部にて掲示された)。佐藤の言う「化学変化」と似た、「化学反応」という言葉が使われているのが興味深い。佐藤やその周辺の編集者の間では、<佐藤優現象>やそれに関する人的交流がもたらす変化が、「化学変化」「化学反応」というジャーゴンを用いて表現されているのかもしれない。 (注4)朝日新聞の2003~2006年のソウル支局長で、「現在は編集局で外交問題を担当」(注・奥付より)している市川速水の以下の発言は、なかなか示唆的である。 「慰安婦問題については、95年にアジア女性基金ができたのが一つのゴールだと思います。韓国は猛反発してるし、結果的にうまくいかなかったけれど。政府は関与していないという日本政府の名目上の責任のとり方としては精いっぱいだったと思います。あのあと、朝日新聞も僕も、さらに責任を取れとは言っていないですよ。」(黒田勝弘・市川速水『朝日VS.産経 ソウル発――どうするどうなる朝鮮半島』朝日新書、2006年12月刊、57頁) 「国民基金」で終わり、ということは、日本政府の「法的責任」はないということであるから、「慰安婦」問題に限らず、全ての個人補償が否定されることになる。もちろんこれは日朝平壌宣言のラインでもある。 (注5)例えば、山口二郎は「メディアは自民と民主に違いがないと言うが、どこの部分を代表するかということを政党が自覚し、具体的な政策の優先順位の議論をしていけば、政党間の差はおのずと出てくる。メディアはそういう差を正確にとらえていくべきだ」(姜尚中と山口二郎の対談記事「耕論 政治は大丈夫か」『朝日新聞』2007年11月11日付)と述べ、メディアが二大政党制の確立を助けるよう注文している。また、宮本太郎との共同執筆論文(山口二郎・宮本太郎「日本人はどのような社会経済システムを望んでいるのか」『世界』2008年3月号)でも、「90年代から始まった政治改革や政党再編の試行錯誤は、最終段階に入った。右側に新自由主義路線をとる保守政党、左側に福祉国家路線をとる社会民主主義・リベラル政党が対置するという世界標準の二大政党制の姿がようやく現れつつある」という認識を披露している。 姜尚中も、中島岳志との対談本で、中島の「今の民主党が健全な保守リベラルを生み出す可能性は、まだなくはないと思います」という発言を受けて、「その可能性は、僕は十分にあると思う」と答えている(姜尚中・中島岳志『日本――根拠地からの問い』毎日新聞社、2008年2月刊、151頁。対談は、2007年8月30~31日)。 (注6)この点については、さしあたって、私の論文の「5.なぜ護憲派ジャーナリズムは佐藤を重用するのか」や、「リベラル・左派からの私の論文への批判について(3) ③「リベラル保守」を探し求める論理と衝動」を参照していただきたい。
by kollwitz2000
| 2008-04-28 00:03
| 佐藤優・<佐藤優現象>
|
ファン申請 |
||