私の論文「<佐藤優現象>批判」を高く評価してくださっている、若いイタリア史研究者の方からいただいたメールが、非常に興味深い内容だったので、了解をいただいた上で、「資料庫」に掲載する。
「読者より:イタリアの2008年4月上下院選挙結果について」
日本において、外国人労働者の流入・定住化が一層拡大することは自明だが、その意味で、イタリアの状況とそれに対するこの方の分析は、非常に示唆的である。私は論文で、
「「格差社会反対」は、リベラル・左派ではごく当たり前なことになっているが、私が呆れるのは、そこに、外国人労働者の問題、また、グローバリゼーションの下で先進国と第三世界の「格差」が拡大している問題が、ほとんど全く言及されない点である。リベラルからは、外国人労働者が流入すると排外主義が強まるから流入は望ましくないという言説をよく聞かされるが、言うまでもなく、この論理は、排外主義と戦わない、戦う気のないリベラル自身の問題のすりかえである。」
と述べた。現在の日本の格差社会論は、「格差社会反対の点では、右翼も左翼もない。格差社会反対の一点で、左右は手を組もう」といった論調になりつつある。だが、この方が指摘されているように、こうした枠組みの下では、「それぞれの国で世界経済の暴力に最も明確に抵抗しているのは極右ということになる」。右翼は、外国人労働者の生活権なるものを、タテマエの上でも顧慮する必要がないのだから。
格差社会論が現状のように、国民主義的枠組みを自明視したままでは、その「成果」は、いずれ出てくるであろう、北部同盟のようなタイプの排外主義政党に全てかっさらわれるであろう。格差社会論が真に普遍的な議論になるには、こうした問題点から出発する必要があると考える。