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2008年 07月 24日
『週刊朝日』の見出しについて、「ここまで直球だと、『諸君!』、『正論』、『Will』ほかの並みいる右翼雑誌をすっ飛ばして、<マンガ嫌韓流>(しかも初期の)である」と書いたが、これは誤解を招く表現だった。『マンガ嫌韓流』の1巻のキャッチコピーは、「だから僕たちは韓国が嫌いだ」で、「韓国人が嫌い」とは言っていない。また、『週刊朝日』のように、大々的な吊革広告や新聞広告をしたわけでもないのだから。「いい加減にしろ!韓国人」の『週刊朝日』の方が、この文言だけ見る限り、『マンガ嫌韓流』より過激であり、悪質である。
右派メディアは、キャッチコピーにおいては、「韓国」は罵倒しても、「韓国人」一般に罵倒表現を使う事例はあまり見かけない。民族差別だと言われないよう警戒しているのだろう。「リベラル」であるはずの朝日の方が、警戒心がないからこそ、こうした差別感情が垂れ流されたキャッチコピーを使うわけである。 朝日が使ったのだから、右派メディアにも、こうした「韓国人」への罵倒表現は「解禁」されてしまったということだ。今後、「朝日ですらあそこまで言うのだから、ああいう表現はセーフなんだ」として、右派メディアでも、「韓国人」「朝鮮人」「中国人」への罵倒表現がキャッチコピーとして使われだす可能性が高い。 ところで、私は「<佐藤優現象>批判」で、「仮に佐藤優が没落して、「論壇」から消えたとしても、〈佐藤優現象〉の下で進行する改編を経た後のリベラルは、佐藤優的な右翼を構成要素として必要とするだろう」と書いたが、『週刊朝日』のこのところの急速な右傾化にも、同じ原理が働いていると思われる。今後、本紙の朝日新聞が、若宮啓文流の、ぬるい「国益」中心主義的「リベラル」路線の微調整で行くとすれば、『週刊朝日』の右傾化は、朝日グループ全体から見れば「バランス」がとれているわけである。むしろ、『週刊朝日』のような、本紙から見れば周辺的な媒体の一つが右傾化しておいてくれたほうが、本紙にとっては都合がいいのだ。 こういった、従来とは異質の「バランス」感覚は、現在の東京新聞の論調にもつながっている。最近の東京新聞は、産経とあまり変わらない対中バッシングのオンパレードだ。また、6月の、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への日本による経済制裁一部解除、米国によるテロ支援国家指定解除については、東京新聞の社説はどちらにも反対し、産経よりも強硬な主張を展開していた。一方で、沖縄の集団自決訴訟、死刑問題、格差社会論については、明確に「左」としての立場を打ち出している。 要するに、現在の東京新聞は、ある記事に関して、「右」と「左」の立場からの主張の配分比率を考えて「バランス」のとれた記事をつくるというよりも、国外(特に中国・北朝鮮)の問題には「右」のスタンスで、国内の問題には「左」のスタンスで臨むという形で、全体としての「バランス」をとっているように思われる。これまた従来とは異質の、新しい「バランス」感覚である。 この、中国バッシングが一段落した後(というよりも、もはや中国への否定的な認識が支配的な世論の「空気」として成立した後)、2008年6~7月は、現在のリベラル系の大手紙の、新しい「バランス」感覚に基づいた「立ち位置」が確立した時期なのではないか。
by kollwitz2000
| 2008-07-24 00:00
| 日本社会
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