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2009年 01月 13日
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イスラエルの蛮行はエスカレートする一方であるが、ここで改めて、佐藤優のイスラエルに関する発言に注意を喚起しておこう。 佐藤は、柏原竜一による自身への批判に対して、以下のように書いている。 「佐藤は「すずめの学校」のようなところでインテリジェンスを勉強したことがないじゃないか、という指摘ですが、私、勉強してますよ、ちゃんと。それとわかるようにあちこちで書いているんですけれどね。残念ながら、それはロシアではないのです。イスラエルなんです。私のやり方は、基本的にはイスラエル流です。それが間違いだとは思っていません。私の本や論文を読んでそんなことすら読み取れない柏原氏の読解力は、ある意味で驚嘆に値します。」(佐藤優「『AERA』、『諸君!』、左右両翼からの佐藤優批判について」『月刊日本』2007年6月号。強調は引用者、以下同じ) また、佐藤は、「言論封殺魔」(佐藤のこと)との戦争に脅える「大林わるのり」(小林よしのりのこと)の相談に答えるという形式で書いた文章において、「大林わるのり」に対して、以下のように忠告している。 「まず、「言論封殺魔」の履歴をきちんと調べることです。CIA(米中央情報局)、KGB(旧ソ連国家保安委員会)、モサド(イスラエル諜報特務庁)などと「言論封殺魔」が関係をもったことがあり、インテリジェンス業務の経験があるならば要注意です。」(「佐藤優のインテリジェンス職業相談 第三回」『SPA!』2008年12月9日号。それにしても、佐藤優を擁護するリベラル・左派は、まさに「言論封殺魔」の名にふさわしい、言論へのこんな脅しすら許容しているわけである) 以前、私が「<佐藤優現象>批判」で、佐藤のイスラエル擁護の主張について触れた一節を、改めて引用しておこう。 「佐藤は、「拉致問題の解決」を日朝交渉の大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題の解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエルの国権侵害でもある。人権と国権が侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府の方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在の北朝鮮をミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢には戦争で問題を解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題の解決」においても、戦争が視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている。」 「(61)佐藤はイスラエルを賞賛し、「外務省でも私、東郷さん、そして私たちと志を共にする若い外交官たちは、日本とイスラエルの関係を強化する業務にも真剣に取り組みました。彼ら、彼女らは、「私たちはイスラエルの人々の愛国心から実に多くのものを学ぶ」ということを異口同音に述べていました」(『獄中記』三九七頁)と書いている。イスラエルのレバノン侵略戦争を佐藤が肯定していることは既に触れたが、佐藤は同書で、「中東地域におけるイスラエルの発展・強化は、イスラエルにとってのみでなく、日本にとっても死活的に重要です。なぜなら、私たちは、人間としての基本的価値観を共有しているからです」(同頁)とも述べている。佐藤は、日本をイスラエルのような国家にしたいのだと思われる。」 また、佐藤は、2006年6月に生じた、ハマスのテロ対策を名目としたイスラエルのパレスチナ攻撃に関して、6月30日に日本の外務省が発表した、イスラエルとパレスチナの双方に「最大限の自制」を呼びかける声明に対して、以下のように批判している。長くなるが、重要な箇所なのでご了解いただきたい。 「そもそも「最近のパレスチナ武装勢力による暴力やイスラエル軍による軍事行動により、事態が悪化していることを深く憂慮する」というイスラエルとパレスチナを対等に扱う(注・外務省の声明の)基本姿勢が間違っている。/本件については、パレスチナ自治政府の「国家犯罪」とイスラエルの対応における行き過ぎを同一視すべきではない。北朝鮮による日本人拉致問題の解決を国際社会に訴える必要がある日本としては「いかなる国家による拉致も認めない」という姿勢を明確にすることが国益にかなうと筆者は考える。国際社会においてイスラエルが持つ重みを正確に踏まえた上で、現在、中東で生じている事態を北朝鮮による日本人拉致問題解決に向けてどう使うかについてインテリジェンス(知恵)を活用するのだ。/2006年7月2日未明、イスラエルはパレスチナ自治政府首相府をミサイル攻撃し、建物の一部を破壊した。自治政府のハニヤ首相は「パレスチナ人民の象徴への攻撃だ。イスラエルにこの正気とは思えない政策をやめさせるよう、国際社会とアラブ連盟に介入を求める」(7月3日付『朝日新聞』朝刊)と国際社会の同情を得るべく腐心しているが、国家に準じる国際法の主体と言えるパレスチナ自治政府が「国家」として拉致を行ったことに日本政府は目をふさいではならない。/国家による拉致やテロを認めないという大原則に立って、日本政府は対パレスチナ政策を見直すべきだと思う。(2006・7・6) <検証(注・単行本化に際しての追記)>日本外務省がイランに対して甘いこととメダルの表裏の関係にあるのだが、日本の対イスラエル外交はあまりに冷淡だ。イスラエルは中東地域において、自由、民主主義、市場経済という共通の価値観を共有できる数少ない国家である。自国民が拉致された場合、武力を行使してでも奪還を図るイスラエルの姿勢から日本が学ぶべきことは多い。北朝鮮による日本人拉致問題の解決のためにイスラエルと共闘していくことが重要だ。」(「彼我の拉致問題」『地球を斬る』角川学芸出版、2007年6月、116~117頁。初出はインターネットサイト「フジサンケイ ビジネスアイ」) 佐藤は、ここで、イスラエル・パレスチナに建て前としては中立を掲げる、それ自体不十分な外務省の声明すら非難し、日本の「国益」の観点からイスラエルを擁護するよう主張して、イスラエルを全面的に擁護する方向に、日本政府の対パレスチナ政策を変えさせようとしている。パレスチナの民衆の被っている苦痛は、日本の「国益」の前でいささかも考慮されていない。佐藤は『国家の自縛』(扶桑社、2005年9月)でも、「日本の対中東政策というのは、私はちゃんとイスラエルの側に腰を入れて行うべきだと思うんです。しかし、その辺を石油利権があるから云々ということで妙にアラブとかイランに寄り過ぎてしまうと、これは日本の戦略外交の可能性を狭めてしまうんですね。それに本当に石油利権をとりたいと考えるならばイスラエルと提携した方が得なんです」(114~115頁)と発言しており、この姿勢は一貫していると言える。 また、佐藤は、「国策捜査」だと主張する自身の逮捕劇に関しても、「鈴木宗男氏や筆者がイスラエルとのインテリジェンス面での提携を強め、正確な情報をつかむことが、鈴木氏の政治力を強めることになるので外務官僚の個別利益にとっては不都合だと考えたのであろう。筆者を巡る事件の最大の後遺症は、日本政府がイスラエルの情報を十分に活用できなくなってしまったことである」としている。ここで佐藤は、自らとイスラエルの「インテリジェンス」との関係を公然と表明している。 佐藤が現在進行形でイスラエルの「友人」たちと交流があるらしいことは、佐藤の読者ならば周知のことだろうし、佐藤はまた、『みるとす』という、イスラエル大使館も関与していると思われる雑誌に連載を持ってもいる。 佐藤は、イスラエルのあからさまな擁護者であり、かつ、自らとモサドとの関係を示唆し、イスラエルでインテリジェンスを学んできたと述べているわけである(佐藤自身が、本当に「インテリジェンス業務の経験がある」かは不明だが)。ここまでイスラエルと骨がらみになっていることを公然と表明している人間は、右派においても、私は見たことがない。 2 さて、本題に入ろう。日本のリベラル・左派の一部の人々、護憲派ジャーナリズムの論調を決定付ける発言力を持っている人々は、こんな人物に嫌悪感を抱くどころか、嬉々として「仲間」として扱い、擁護しているわけである。 私は、「パレスチナ人の置かれている状況を真に憂いているならば、佐藤優と結託するリベラル・左派は、反省して、佐藤を使うのをやめるべきだ」と言っているのではない。そうではなくて、これこそがまさに、佐藤優と結託するリベラル・左派の本質だと考えるべきだと私は思う。 <佐藤優現象>によって、日本のリベラル・左派にとってのパレスチナ問題とは、自分を「良心派」だと他人にも自分にも思わせるためのネタに過ぎなかったことが露呈した、と言える。 「<佐藤優現象>批判」での私のリベラル・左派への批判に対して、リベラル・左派は、、「奇妙な沈黙」、「「<佐藤優現象>批判」スルー現象」と評されるように、ほぼ完全な無視を決め込んでおり、ほとぼりがさめるのをひたすら待っているかのようである。なぜリベラル・左派が佐藤を使うか、佐藤を使うことは、佐藤が主張する排外主義の影響力をまさに強めることにならないのか、といった、恐ろしく単純な疑問についてすら黙っているのだ。 だが、仮に上記の疑問に対して、何らかの説得力のある解答をリベラル・左派が提示できたと仮定しよう。それでも、ひょっとするとより重要かもしれない疑問は残るのである。佐藤優と結託するリベラル・左派の人々は、ここまでイスラエルと骨がらみで、積極的にイスラエルの主張を擁護する佐藤に対して、生理的な嫌悪感を持たないのか、という疑問だ。私としては、本来ならば、「<佐藤優現象>批判」や、「『週刊新潮』の記事について②:「総連系の人間」と思わせようとする作為的な記事」で挙げたような、パレスチナ問題以外のテーマでの佐藤の発言からも、同じように生理的な嫌悪感を持って欲しいのだが・・・。 イスラエルのパレスチナ人抑圧は、あまりにもあからさまであるから、別に社会問題にそれほど関心のない人々でも、ここまでイスラエルを擁護する人間に嫌悪感を持つ人は多いだろう。リベラル・左派が佐藤を擁護することの社会的悪影響という以前に、私が非常に気持ち悪く思うのは、佐藤と結託するリベラル・左派の人々が、イスラエルと骨がらみの佐藤に対して、何ら嫌悪感を持っていないことである。上記の引用文で佐藤自身が述べているように、佐藤はイスラエルとの関係をまさに「それとわかるようにあちこちで書いている」のであって、これらの人々が佐藤とイスラエルの関係の深さ、佐藤のイスラエル擁護の主張を知らないはずはない。私には、これらの人々は、人間的な何かが根本的に壊れているように思われる。メディア上でイスラエルの主張を擁護する人間を見るときに感じる不快さとは、また別種の気持ち悪さである。 イスラエルの主張を擁護し、イスラエルと日本の関係強化を訴える言論活動を展開する佐藤を持ち上げて、<佐藤優現象>を維持させようとするリベラル・左派の人々は、イスラエルのパレスチナ人抑圧に積極的に加担しているようなものだ。いや、「ようなものだ」どころか、「加担している」と言うべきだろう。今回のイスラエルのガザ侵攻に対しても、<佐藤優現象>と結託するリベラル・左派はイスラエル糾弾の論陣を張っているわけであるが(例えば『金曜日』編集部は、今回のイスラエルのガザ攻撃に関して、イスラエルを「現代のナチス」と呼んでいる)、一体どういう神経をしていればそういう厚顔無恥が続けられるのか、謎である。 念のために言っておくが、佐藤と結託するリベラル・左派の人間が、「自分は佐藤さんのイスラエル擁護には賛成しないけれど・・・」といった弁明をするとしても、ここでは何ら意味がない。ここで私が問題にしているのは、そうした結託を可能にしている人間の感性それ自体であるから。 「佐藤優・安田好弘弁護士・『インパクション』編集長による会合の内容について②:コメント(3)」など、何度も書いているが、私は、佐藤優を重用するリベラル・左派に反省させるために批判をしているわけでは全くない。このような人間性の壊れている人々に、期待できるものは何もない。もう終わっているのである。『金曜日』にも良い記事は載るというかもしれないが、それを言い出せば、『文藝春秋』や『中央公論』にも良い記事はたまには載るだろうし、自民党も民主党もたまには良いことを言うだろう。程度の差に過ぎない。 リベラル・左派の一部が佐藤を擁護する理由の一つとして、佐藤がいろいろなところで自分たちを持ち上げてくれること、自分たちの主張を応援してくれることがあるだろう。佐藤のリベラル・左派への賛辞という贈与の例は、枚挙に暇がない。山口二郎、香山リカ、雨宮処凛、『金曜日』などを、保守派メディア等さまざまな場所で褒めちぎっている。「論壇の寵児」たる佐藤が宣伝してくれるのだから、佐藤の排外主義的主張を本音では大して問題だと思っていないと思われる彼・彼女らにとってみれば、佐藤は自分たちの救世主のようなものだろう。佐藤からすれば、保守派メディアにとって何ら脅威ではない彼・彼女らを褒めちぎるだけで、左派メディアで書く場を確保できるのだから、安い買い物である。 沖縄のケースも本質的には同じ構図である。「<佐藤優現象>批判」で書いたように、アメリカの有力シンクタンクも、沖縄での米軍基地の拡張・新設にあたって、「台湾海峡という紛争水域周辺の重要な地域に足場を確保するために」、沖縄に海兵隊撤退などの「見返り」を与えることを主張しているのであって、歴史認識に関する沖縄の声に日本政府が配慮することを「見返り」に含めることは、日本の保守政治にとっても、十分に合理的な選択肢である。 要するに、佐藤と結託するリベラル・左派にとってみれば、自分たちの利益や、自分たちに役に立ちそうな人々の利益だけが重要なのであって、例えばイスラエルに抑圧されるパレスチナ人、日本人に擦り寄ってこない在日朝鮮人(ただし、リベラル・左派に擦り寄る在日朝鮮人は、「仲間」に入れてもらえるかもしれない。姜尚中とか)、外国人労働者、第三世界の民衆などの人権は本質的にどうでもいい、ということだろう。もちろん、佐藤の「特にいけないのは、今、右派の沖縄に対する見方が、朝鮮や中国に対する見方と同じになっていることです。これはいけません。沖縄は、わが同胞なのだということからまず出発しなければなりません。」(「吉野、賀名生詣でと鎮魂」『月刊日本』2007年12月号)といった論理(佐藤は『琉球新報』の連載でも、同趣旨の記事を書いている)を批判せず、佐藤を「仲間」として扱っている沖縄の左翼も同じである。 <佐藤優現象>によって、佐藤と結託するリベラル・左派、メディアで言えば『世界』『金曜日』『情況』といった雑誌や、佐高信、山口二郎、斎藤貴男、魚住昭、香山リカ、雨宮処凛、沖縄の左翼(大田昌秀、新川明、仲里効)ら言論人たちによるこれまでの日本政府・日本社会批判といった言論活動は、単なる「利権運動」に過ぎず、国家という枠組みの下での待遇の平等を求めていたものであって、「国益」とは必ずしも合致しない人々(例えば、上記のパレスチナ人、在日朝鮮人、外国人労働者等)に開かれた「普遍性」を持ったものではなかった、ということが示されたと私は思う。それは簡単に国家に取り込まれる、いや、むしろ取り込まれることが前提の運動である。 私たちはある意味で、佐藤に感謝すべきなのかもしれない。佐藤がリベラル・左派内部のさまざまな人間と組んでくれるお陰で、その主張が「利権運動」にすぎない人間があぶりだされるのであるから。 2009年は、金融危機という「非常時」の掛け声の下で、「格差社会の是正」を名目に、「普通の国」化を完成させる「大連立」体制――それこそまさに佐藤が待望しているものだと思われる――が成立する可能性が高いと私は思う(民主党が衆院選で勝っても、そうである)。アジア太平洋戦争下の総力戦体制に、各種の社会運動が簡単に回収されたように、佐藤に結託するリベラル・左派の人々、運動は簡単に「大連立」体制に回収されるだろう。そうした「大連立」に回収されない質の言説を作っていくことが必要だと思う。 (追記)この文章を書き終えた後、天木直人氏の「イスラエルを公然と擁護する佐藤優の正体」(「天木直人のブログ」2009年1月13日付)という記事を読んだ。是非ご一読いただきたい。天木氏が挙げている佐藤の『アサヒ芸能』でのイスラエル擁護の文章は、先ほど立読みしてきたが、上で引用した佐藤のイスラエル擁護論の延長上の、相変わらず醜悪極まりないものだった。佐藤は、今回のイスラエルのガザ侵攻に関しても、イスラエル擁護の論陣を張り始めたようである。 「イスラエルを公然と擁護する佐藤優の正体」 http://www.amakiblog.com/archives/2009/01/13/#001328 佐藤は、今後の自身の論壇での生き残りに不利になることは覚悟の上で、弁護の余地のない虐殺を行っているイスラエルを擁護している、と思われる。むしろ、イスラエルとの関係から、擁護しなければならないのだろう。ここに、天木氏も指摘する、佐藤の「イスラエルとの結びつき」の強さを窺うことができる。
by kollwitz2000
| 2009-01-13 00:00
| 佐藤優・<佐藤優現象>
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