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2009年 06月 19日
6 左派が右派勢力を封じ込める?①――山口二郎
厄介かつ重要なことは、この「戦後レジームの擁護」という価値観においては、自分たちが右傾化の推進者であるなどとは、恐らく誰も露ほども考えていない、ということである。「ウヨク」や「サヨク」は自分たちは「平和国家」の担い手だと考えているだろうし、右派勢力の中のより右の層は、自らが勢力後退しているとして切歯扼腕しているだろう。そして、特に左派である「サヨク」は、自分たちこそが、小林や田母神のような右派勢力と戦って日本の右傾化を阻止しているのだ、とすら考えているだろう。 ただし、こうした「ウヨク」または「サヨク」は、「大東亜戦争」を擁護するような右派勢力を切り捨てるわけではない。むしろ、左派は、そうした右派勢力を封じ込めるという名目で、それを部分的に取り込む、あるいは妥協することを志向する。 例えば、山口二郎は前述の本(山口二郎編『政治を語る言葉、2008年7月、七つ森書館)で、以下のように述べている。加藤典洋の『敗戦後論』の劣化コピー(原本自体がまがいものだが)であり、長い引用で恐縮だが、少し丁寧に見てみよう。 A 「日本は戦争責任について十分な総括ができていないという話は、何十年も繰り返されてきた。小泉純一郎が首相のときには、靖国神社に参拝し、大きな外交問題にもなった。日本は常に正しいと主張する観念的な右翼は論外としても、普通の人々の間にも首相の靖国参拝を支持する声が結構あることを、私たちは直視しなければならないと思う。 もちろん私は、戦後啓蒙知識人の末端に連なるという自己規定をもって今まで政治学を研究し、発言してきた。しかし、戦後啓蒙の社会科学者は、戦後日本の来歴、成り立ちについて、普通の人々にわかるような言葉と論理構成で、説明できていなかったのではないかという不満がわだかまっているのである。 私のとらえ方を単純な図式にすれば、次のようになる。 1 満州事変以後のアジア太平洋戦争は、他国との関係においては日本の侵略であり、誤った戦争であった。 2 戦争に敗北し、戦前の国家体制が瓦解したことによって、民主主義体制が生まれた。その意味で、戦後民主主義は戦争の犠牲者のうえに成立している。 3 戦後民主主義を守り、育て、国民自身が国の運営の主人公となり、再び誤った路線に進まないようにすることこそ、戦争犠牲者に報いる道である。 このような枠組みは、きわめて常識的なものであり、少なくとも認識のうえでは、多くの人々と共有可能であると私は考えている。しかし、とくに2の論点については、認識だけではなく、犠牲者の死をいかに意味づけ、弔うかという感情の問題が入ってくることは避けられない。この点について、敗戦を解放と言祝ぐ側にも、犠牲者に対する一定の敬意や悲しみの共有が必要だと思う。」(32頁) B 「敗戦を祝福する、敗戦を肯定的に受け入れることと、戦争によって犠牲になった人々を悼むことをどのように聞連づけるかは、なかなか難しい作業です。家族、親しい人を戦争で失った人たちは、侵略戦争に加担して犠牲になったとは思いたくない。もっと崇高な意味づけをしたいという欲求をもつ。それはそれで自然なことなんだろうと思います。この戦争による犠牲者をどのように悼むかという作業を、戦後民主主義を擁護する側が必ずしも十分的確に行ってこなかったという不満が、私にはあります。靖国神社とはもっと違った形で、多くの日本人がこぞって、違和感なく、死者を悼む機会、場所があれば、戦後日本の政治はもっと違った展開になったかもしれないという思いがあるわけです。」(49頁) 山口は何を言おうとしているのだろうか。 まず注目すべきは、Aにおいて、なぜこんなに山口は慎重なもの言いをしているのか、ということである。なにゆえに、「戦後啓蒙知識人の末端に連なるという自己規定」、「きわめて常識的なもの」といった、自己防御の言葉をはりめぐらせているのか。 Aの1~3を見て気づくのは、山口は、1で、「侵略」と明言しておきながら(ただし、朝鮮・台湾の植民地支配、「満州事変」以前の中国への軍事侵攻は視野に入っていない)、「侵略」を意識しているようには思えない点である。「侵略」ならば、被害者としてまず考慮されるべきは、中国で殺された中国人たちである。だが、山口がここで挙げている「戦争犠牲者」は、文脈上明らかに、中国人ではなく日本人(兵士)である。 山口は恐らく、だいたいこういうことを言いたいのだと思われる。首相の靖国参拝を支持する人々を取り込まないと、左派(「サヨク」)は勝てない。だから、日本人の「戦争犠牲者」(兵士)に対して、犬死ではなく、何らかの「崇高な意味づけ」が必要だ。「東亜解放」のために死んだとも言えないから、「戦後日本」の繁栄のために彼らは死んだ、ということにしよう。そのためには、15年戦争については、対外的には「国益」上、仕方がないとしても、少なくとも日本国内では侵略戦争だと見なすのはやめよう。加害の事実を強調(指摘)するのはやめて、(兵士であったとしても)被害者であることの悲劇性を強調すべきだ、と。 そのことを示唆するのは、Aの1における「他国との関係においては」なる意味不明な一節である。Aの1で、山口は恐らく、「他国との関係においては」侵略戦争だと見なされても仕方がないが、日本国内においては、そう見なすべきではない、と言いたいのではないか。AとBの引用文全体から考えれば、そう解釈するのが妥当だと思う。 かくして、山口は以下のように述べる。 C 「彼(注・中野重治)は左翼の人ではありましたが、日本は侵略戦争で悪いことをしたから、負けて当然なんだという薄っぺらな歴史観をもっていたわけではないんですね。戦争で倒れた、戦争で苦しんだ普通の人々に対して限りない共感と愛着を持っていた、戦争で倒れた人々とともに戦後民主主義を何とかつくりだしていこう、庶民の感覚に根を下ろした民主主義をつくりだしたいという問題意識を彼はもっていたと、私は理解しています。」(50頁。強調は引用者) 私はこの一節を読んで、驚いてしまった。「日本は侵略戦争で悪いことをしたから、負けて当然なんだ」という認識は、「薄っぺらな歴史観」なんだそうだ。なぜ山口が「左派」ということになっているのだろう?まあ「サヨク」だから仕方がないが。 それはさておき、山口はBで、「敗戦を祝福する、敗戦を肯定的に受け入れることと、戦争によって犠牲になった人々を悼むことをどのように聞連づけるかは、なかなか難しい作業」だとしているが、このCにおいては、山口自らが、「敗戦を祝福する、敗戦を肯定的に受け入れること」を拒否しているわけである。 ここまで見れば、山口がAで、何に警戒していたかが分かるだろう。日本人が、15年戦争を日本の侵略戦争と見なし、日本に侵略されたアジア諸国の民衆と同じように、日本の「敗戦を祝福する、敗戦を肯定的に受け入れること」、そのような歴史観をこそ、山口は警戒しているのである。なぜならば、山口が15年戦争について定見を持っていないというのもあろうが、そのような歴史観があれば、日本の左派が右派勢力と妥協することができないからだ。 (つづく)
by kollwitz2000
| 2009-06-19 00:00
| 日本社会
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