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2009年 06月 23日
3.
ところで、「政治改革」以降、二大政党制は「自民党対民主党」が初めてではない。「政治改革」以降の最初の二大政党制は、これまた対立軸が不明であった、自民党対新進党である。新進党は、村山政権の誕生で下野した諸政党が合併して発足したわけだが、1996年の衆議院選挙の敗北をきっかけに、公明が離脱し、1997年末に消滅した。面白いことに、この後、1999年1月に自自連立政権ができ、10月には自自公連立政権ができる。小沢は新進党時代から自民党との連立である保保連合を唱えていたが、結局、この自自公政権というのは、実質的には自民党と新進党の「大連立」政権である。 この自自公政権の誕生後、『世界』は、「ストップ!自自公暴走 日本の民主主義の再生のために」というタイトルの緊急増刊号を出している(1999年11月発行)。当時の雰囲気を伝えるよい資料だと思うので、冒頭の文章から引用しておこう。 「1999年は、どのような年として歴史に記録されることになるのでしょうか。 長く続く経済の低迷とグローバル化による激変。生活と将来への不安。その中で生まれた、自民・自由・公明の巨大与党――。 今年、その自自公の数の力によって、噛み合った議論もないまま次々と成立した法律は、どれも戦後日本の基盤を揺るがすものでした。日米新ガイドライン関連法、通信傍受法、国旗・国家法、改正住民基本台帳法。 (中略) 暴走国会は、この憲法の改正を念頭においた、憲法調査会の設置も決めています。 この戦後史の画期を、私たちはどのように捉えたらいいのでしょうか。」 もう一つ、同号に掲載されている、ガバン・マコーマック「1999年の地殻変動」の次の一節も引用しておこう。 「何と言っても、99年の最たる一大事は5月のガイドライン関連法の成立でしょう。昨年8月のテポドン発射と今年3月の不審船事件の後は、特に世論は大きく揺れ、北朝鮮に対する恐れと敵意が異常なほど高まりました。いや高められたというべきかもしれません。周辺事態法への支持は66%という驚くべき高さで、反対はわずか22.7%でした。」 まとめると、新進党結党から自自公政権への過程というのは、以下のようにモデル化できる。 政権からの一部利権集団の排除(自社さ政権の成立)→ 排除された利権集団による連合、「二大政党制」の成立(新進党結党)→ 一方の勢力の大敗(1996年衆議院選、新進党解党)→ 利害調整→ 北朝鮮との緊迫関係(テポドン発射、不審船事件)→ 利害調和(自自公政権)→ 安全保障政策の抜本的な整備(ガイドライン関連法の成立等) なお、このモデルのうち、「一方の勢力の大敗」は、「大連立」を促進するものの、必ずしも必須ではないと思う。仮にこれがなかったとしても、小沢はもともと保保連合構想を主張していたから、「北朝鮮との緊迫関係」の後、いずれ「大連立」に走っていたと思う。 現在の自民党対民主党という対立も、上のモデルを、より大がかりな形で反復している、ということなのではないか。次の衆議院選挙で、民主党が圧勝すれば、 一方の勢力の大敗(自民党大敗)→ 利害調整→ 北朝鮮との緊迫関係→ 利害調和(大連立)→ 安全保障政策の抜本的な整備(集団的自衛権行使容認、非核三原則見直し、その後に憲法改正) となるだろう。 要するに、今回のケースは、自民党と旧新進党勢力の「大連立」当時は外にあった民主党系・社民党系の利益集団(労働組合、人権団体、宗教団体等)や、マスコミまで組み込むことによって、90年代の利益集団相互の抗争→利害調和を、より大掛かりな形で反復している、ということなのではないか。左派ジャーナリズムも、少なくとも当初は、「官僚支配を打破するためには民主党だけでは不十分」とか「まっとうな「保守対リベラル」という対立軸を作るため、一度融合する必要がある」とか適当な理屈をつけて、民主党から捨てられないように、支持するはずである。 4. これまでの主張の欠陥として、なぜ利害集団間の利害の「調和」が成立するかの説明が不十分だ、という批判がありえよう。以下は「陰謀論」になってしまうので、妄想の一つとして読み捨ててもらってよいし、他人を説得する性格のものでもないのだが、アメリカの介入なんじゃないか、と私は思っている。 多分、諸利権集団やその代理人たる政治家たちは、自らの主張とは裏腹に、「国益」のことなど考えておらず、利権闘争のことしか考えていないと思う。放っておけば、延々と利権闘争を展開しているだろう。ところが、それではいつまでたっても「 安全保障政策の抜本的な整備」まで辿り着かないから、アメリカが困る。だから、朝鮮半島情勢の緊迫化を契機に、アメリカが日本の「国益」(もちろんアメリカの「国益」でもある)のために、諸利害集団を恫喝して調整させ、「調和」まで持ち込む。大雑把な図式としては、こんなところではないか。 このところ、読売新聞が、鳩山邦夫を持ち上げるなど「大連立」世論づくりに積極的だが(もちろん、2007年の大連立騒動の仕掛け人もナベツネであった)、これは、要するにアメリカが、「お前らいい加減にしろよ」と諸利権集団に恫喝しているということではないか。民主党が勝とうが、意外に接戦になろうが、衆議院選挙後、割と早い時期に大連立(前段階としては、民主+公明のような、その変奏も含めて)になる可能性が高いと思う。
by kollwitz2000
| 2009-06-23 00:00
| 日本社会
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