|
カテゴリ
以前の記事
2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 01月 2018年 11月 2018年 06月 2018年 02月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 03月 2016年 09月 2016年 07月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 02月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 06月 2007年 01月 2006年 12月 検索
その他のジャンル
|
2018年 02月 22日
「デジタル鹿砦社通信」の下の記事が面白かったので、紹介しておく。ここで名前の挙がっている新聞記者は、自分が公的に弁明・反論するという発想がないから全部広報部任せ、ということになるのだろう。これは会社の陰に隠れて匿名化するということである。この広報部も、ここでは会社の立場・見解を「広報」するようなことは全然していない。総じて、言論に対して言論で対抗する、という発想・姿勢がない。「リベラル」新聞社というものがどういうものかがよくわかる。 朝日新聞本社広報部・川野修一部長代理が鹿砦社に答えた一問一答の衝撃 ちなみに、ここで言及されている毎日新聞の後藤由耶記者とは、昔、彼が記者になる前に、季刊『前夜』関連のイベントで話したことがある。前に言及した岡本有佳編集長といい、結局似たような方向に行ってしまったな、という感慨を持たざるを得ない。 なお、「デジタル鹿砦社通信」のマスコミ相手の一問一答は、毎回有益かつエンターテインメントとして優れている。社会派の読み物として、新しいジャンルを開拓しつつあるように思う。
#
by kollwitz2000
| 2018-02-22 00:00
2018年 02月 17日
1. 前回扱った三浦瑠麗の発言だが、その後、下のツイッターまとめを知った。ネットで検索すると、三浦の発言は佐藤優の発言が元ネタではないか、という指摘も多い。 このまとめで言及されている、『週刊金曜日』2017年4月28日・5月5日合併号(第1134号)に掲載された記事、<文化放送「くにまるジャパン極」での語りとデマの拡散――「朝鮮半島有事」をめぐる発言の真意を佐藤優氏に聞く>で、『週刊金曜日』取材班は以下のように述べている(強調は引用者、以下同じ。なお、「(佐藤)」は引用者による補足)。 <ネットでは、北朝鮮の平壌放送が最近、乱数表の読み上げを再開したことについて、日本で「テロ」を起こすよう指令を送っているのではないかと懸念する声や、「在○に気をつけろ」など在日朝鮮人が「テロ」を起こすかのように煽るデマまで出回っている。 本誌取材班が調べると、乱数表読み上げの話は、佐藤優氏が文化放送「くにまるジャパン極」の4月7日放送で話した内容がソースとされていることがわかった。在日へのデマも、佐藤氏の発言がソースとして使われて出回っているものもある。 佐藤氏は同放送で、①米国が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長を「中立化」(首狩りの意)をした場合、人の判断に拠らない「自動装置」が動き出し、防衛省のある東京・市ヶ谷と沖縄の嘉手納基地、青森の三沢基地が北朝鮮からミサイルで「迎撃」される、②スリーパーとして普段は見えない形で日本社会に潜んでいる工作員は、乱数表から何らかの指令を受け取って「テロ」を起こし、北朝鮮と接触している可能性が高いIS(「イスラム国」)がその犯行声明を出すかもしれない、③「テロ」など想定外のことがいろいろ出てくるから、日本政府は共謀罪の制定を急いでいる、④いま第2次世界大戦後、一番緊張が高まっている――などと話した。 なぜこのような「想定」となるかが不明であったため、取材班は真意を確かめるべく、4月17日にインタビューした。> 確かに、「スリーパー」という用語も含めて、三浦の発言とそっくりである。だが、用語だけではない。 <――ソースはどこでしょうか。 (佐藤)教えられません。それはお互いそうでしょう。>(注・北朝鮮とISの結びつきの可能性に関して) <――これまでの話のソースで、具体的に名前を明かせるところは? (佐藤)すでにさっきも答えました。言えないと。同じことを複数回聞かれるのは不快です。>(注・上の①に関して) と、ソースを挙げず、テロを起こすとする根拠が推定でしかない点も共通している。佐藤は、『週刊金曜日』取材班の質問<日本国内でも「テロ」が起きる可能性が高いと見ているということと、乱数表の読み上げによって日本国内のスリーパーが動く可能性があるという話はつなげて考えてよいのでしょうか。>に対しては、<(佐藤)北朝鮮の立場になって考えれば、日米合同の侵略が近づいているわけですよね。その侵略に対して、ありとあらゆる手段を通じて防衛していくというのは、国家の論理として当然なんですよ。>という回答しか出していない。これに関しては、「インテリジェンス筋」の情報ですらない。 むしろ、三浦の方が言論人の姿勢としてはまだマシなのである。三浦は発言の後で一応ソースを示そうとして、それが「デイリーメール」記事やら迫撃砲記事やらであったから、自爆したわけである。佐藤はソースを示そうという気すらない。 また、佐藤は、このインタビューの中で、当時争点となっていた、「共謀罪」法の制定の必要性を主張している。以下のやりとりを見てみよう。 <――ラジオで共謀罪について、「『テロ』を起こしそうな思想のやつは早く隔離しちゃえというものですが、そういう方法を採るしかない」と話していましたね。 (佐藤)当局はそれを意図しているでしょうね。そのためには、通信傍受の大幅な拡大と予防拘禁。いまでも通信傍受法は立ち会いが通信会社から警察になっていますから。 ――ご自身は、共謀罪の成立についてどのように考えていますか。 (佐藤)共謀罪の成立について、私はやむを得ないと思っています。現在、日本国内でも明確な「テロ」の脅威がある。いままでの法制度で対応できるのか。捜査当局も外交当局も大変な疑問を持っています。> 実際の「共謀罪」法の政府案は予防拘禁を認めているわけではないので、これは佐藤独自の見解と言うべきだろう。 佐藤は、これまた三浦と同じく、自分の発言は在日朝鮮人を意図してはいないかのように(三浦と同じく、後付けで)このインタビューでは述べているが、これはあくまでも『週刊金曜日』読者向けとみた方がよいだろう。現に佐藤自身が、朝鮮総連系の団体に対する「国策捜査」を日本で最も熱心に主張していた人物である。主張の一端は、以下を参照のこと。 私はこの2010年の記事で、<「拉致問題」の解決、「国益」のためには在日朝鮮人に対して差別的に扱ってもよいという論理の鼓吹において、近年、佐藤は最も貢献した人物だと言えると思われる>と書いたが、そのような人物の言う「スリーパー」に、在日朝鮮人が欠けているはずがない。私は10年以上前に書いた「<佐藤優現象>批判」という文章でも、佐藤の主張に関して、<「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない>と述べているが、佐藤の主張は何も変わっていないどころか、エスカレートしていると言える。 なお、三浦が、「私は番組中、在日コリアンがテロリストだなんて言っていません。逆にそういう見方を思いついてしまう人こそ差別主義者だと思います。」などと、小学生レベルの逆ギレで、われわれを笑わせてくれたことは記憶に新しいが、この「逆ギレ」という点でも佐藤と似ている。佐藤は上記のインタビューで、『週刊金曜日』取材班の<在日の人へのヘイトが強まりかねない現状をどう見ていますか。>という質問に対する答えの中で、以下のように発言している。 <それから、俺だってやられているうちの一人だよ。沖縄については。ちょっと率直におうかがいしますが、今後もこのような国際情勢の分析があったときに、『週刊金曜日』で私は連載していますから、たとえばラジオで言ったことと同じようなテーマを扱う可能性はあるわけですよね。そうすると、あなたの考えでは、そのようなことについては、発言は抑制した方がいいということですか?> このような、自分もマイノリティだ、という弁明は、人権に関する発言・行動が批判されている人物の咄嗟の発言として、極めてありふれたものである。もちろん「沖縄人」であることと当該発言は何の関係もない。 2. テレビでの三浦の当該発言の特徴は、米軍の北朝鮮への軍事的介入には反対、という主張と同時に行われている点である。つまり、今の日本のテレビでは「左」的となる主張とセットで、排外主義的な主張が打ち出されているのである。 このような、「右」と「左」を同時に打ち出すことで一見「中立」という「芸」は、周知のように佐藤がその開拓者であり大家であるが、近年は佐藤に限らず、メディアでもネットでも飽きるほど見られる言説である。三浦としても、発言内容を思いついた際に、「一丁あがり!」という感じだったのではないか。 佐藤が「スリーパー」を言い出したのも、「オール沖縄」への加担で「右」から叩かれつつある、という事情が背景にあるように思う。三浦の例からも明らかだが、「右」「左」の中立芸で割りを食うのは、在日朝鮮人である。それを攻撃するのが「右」を演出し、「右」からの批判を抑えるためには一番効果的だからである。それをやればいくらでも「左」に行ける。だから、右派論客よりも、三浦や佐藤のような「右」「左」の中立芸の人物こそが、在日朝鮮人に関して排外主義的な主張を行っているのは、決して偶然ではない。 ところで、『リテラ』の記事の信憑性はさておき、以下の見解は正しいだろう。 <三浦氏の場合は、ネトウヨにしか支持者のいない長尾や青山と違って“知的で中立の立場から物事を俯瞰している国際政治学者”というイメージがあるからもっとタチが悪い。まったく根拠がない「在日=スリーパーセル」という差別的デマがネトウヨだけでなくもっと広い層にまで広がっていく可能性があるのだ。> 同じ論理で、<佐藤優現象>により、<「在日=スリーパーセル」という差別的デマがネトウヨだけでなくもっと広い層にまで広がっていく>と言えよう。 佐藤はソースを示さないのだから、本来は、デマを流しているとして無視されても仕方ないのである。人が佐藤の主張に説得力を感じるとすれば、多くの場合、それは佐藤が著名な書き手であり、また、「左」が佐藤を使うことによって、「左」「右」の両方から一目置かれるほどすごい人、という表象が存在するからである。だから、「左」のメディアの人物こそが、佐藤の提唱しているような排外主義の拡散に関して、大きな責任がある。 佐藤が書店業界の全面的バックアップで売れっ子の書き手となり、同じくリベラル系のメディアが使う池上彰がテレビでネット右翼のような主張を視聴者に「啓蒙」するといった状況で、そういった現象を批判せずに「日本会議」やら「ネトウヨ」やら「産経」を叩くだけ、であれば何の意味もない。 なお、佐藤の「情報」の信憑性に関して、シオニズム研究者の早尾貴紀氏は、以下のように記している。 <ハマースの指導者アフマド・ヤースィーンは、ガザの公道でイスラエル軍の攻撃ヘリのミサイルによって周囲の通行人10人もろとも公然と惨殺されたのだが、佐藤優は、密室で最先端のマイクロ兵器で傷も残さずひっそり暗殺したと主張してる。こんな嘘つきの素人にテロを語れるか?> ここまで言われているのであるから、この件に関して佐藤や、佐藤を使い続けるメディアは反論すべきであろう。 前回書いたように、今回の三浦の発言は、<佐藤優現象>の帰結である。しかし、佐藤を使うべきでないとなると、これまで使ってきた編集者・編集幹部の責任が問われることになるかもしれない。三浦の件をほじくると、佐藤に行きつくことは少し検索すれば明らかであるが、そのせいか、佐藤優と親しい書き手や出版関係者のフェイスブックやツイッターを見ると、今回、三浦の発言についてあまり言及されていないような印象を受ける。 三浦の発言は、これを批判しなくて何を批判するのか、という問題だと思うのだが、この種の「忖度」により批判が弱められていると思う。前回記事の末尾にも書いたが、三浦の発言だけではなく、その構造全体が批判されなければならないだろう。 三浦の発言やそれを使い続けるメディアへの批判は重要であるが、同時に、佐藤の発言と、このような主張を展開している三浦・佐藤を使い続けるリベラル・左派メディアも問われるべきであろう。それをしない論者は、リベラル・左派メディアに「忖度」していると見なされても仕方ないのではないか。
#
by kollwitz2000
| 2018-02-17 00:00
| 佐藤優・<佐藤優現象>
2018年 02月 12日
本人のツイッターのプロフィールによれば「国際政治と比較政治の研究者」である三浦瑠麗の、2018年2月11日のフジテレビ『ワイドナショー』での発言がネット上で炎上しているという。 下のまとめサイトから引用する。なお、「発言内容書き起こし」は不正確だったので、そこに関しては、私が動画を見ながら修正した。 【三浦瑠麗 さん「大都市には北朝鮮のスリーパーセルが潜んでいて戦争になったら大阪がヤバいと言われている」(ワイドナショー 2018年2月11日)2018/02/11(日) フジテレビ ワイドナショー (発言内容書き起こし) 実際に戦争がはじまったらテロリストが、仮に金正恩さんが殺されてもスリーパーセルといわれて、指導者が死んだとわかったらもう一切外部との連絡を絶って都市で動き始めるスリーパーセルと言うのが活動しはじめると言われているんです。(ここでテロップ「スリーパーセル:一般市民を装って潜伏している工作員やテロリスト」なお、「一般市民を装って」の箇所を強調している)(東野幸治「普段眠っている暗殺分子というのが・・・」)テロリスト分子がいるわけです。それがソウルでも東京でも、もちろん大阪でも。今結構大阪がやばいと言われていて、(松本人志「え?!潜んでるってことですか?」)潜んでます!というのはいざという時の最後のバックアッププランですよ。でそうしたら、首都攻撃するより正直他の大都市が狙われる可能性があるので東京じゃないからといって安心できない。ていうのがあるので正直我々、核だろうが何だろうが戦争して欲しくないんですよ、アメリカに。】 この発言は、上のまとめで差別・排外主義の扇動であると批判を浴びており、それはもちろん必要なことではあるが、単に三浦を批判するだけでは有意義とは言えず、今後も同じことが繰り返されるだけだろう。この種の言説は出版界では前から見られたものである。上のまとめでは、2007年の読売新聞の記事が三浦の発言の前例として挙げられているが、「スリーパー」という言葉は使われていないとしても、似たような主張はこれまでにも行われている。私が5年前に書いた記事から引用する。この文藝春秋の編集部による記述が、すべて伝聞・推測である点も注目すべきであろう。 【日本を代表する大手出版社である文藝春秋が、一般向けの「文春新書」の一冊として2003年11月に刊行した本である『常識「日本の安全保障」』の、「北朝鮮は日本で何をしたのか」という項目には、以下のような記述がある。 「(注・拉致)事件の背景として見逃せないのが、(注・19)59年から始まった「帰国事業」で北に永住帰国した在日朝鮮人約9万3000人の存在である。 潜入してきた工作員だけで狙いどおりの日本人を拉致することはむずかしい。そこで、北朝鮮は永住帰国者の一部を人質にとり、日本に残った彼らの家族や親族を、工作活動に取り込んできたのではないか、との指摘がある。協力しなければ北にいる身内に危害が及ぶことをほのめかし、服従を強要するのだ。こうして協力者・共犯者に仕立てられた在日朝鮮人は「土台人」と呼ばれ、拉致対象の選定から工作員の日本潜入の手引き、工作員へのアジトの提供までさまざまな任務に従わざるをえないという。目には見えないが、日本社会にはすでに北朝鮮工作員の活動を支えるネットワークが張り巡らされているのかもしれない。」(「日本の論点」編集部編『常識「日本の安全保障」』文春新書、2003年11月、47~48頁) つまり、<在日朝鮮人=拉致の(潜在的)協力者・共犯者(「土台人」)>ということである。しかもこの論理を発展させれば、「「帰国事業」で北に永住帰国した在日朝鮮人約9万3000人」の「家族や親族」、その子孫は、何も朝鮮籍に限ったわけではなく、韓国国籍・日本国籍の人間も多いのであるから、朝鮮人の血が混じっていれば<拉致の(潜在的)協力者・共犯者(「土台人」)>と見なされても仕方がない、ということになる。 この図式にとらわれれば、在日朝鮮人は、自分は「土台人」ではないとの<悪魔の証明>を行わなければならないが、「自分には北朝鮮に「帰国」した親族はいない」と事実を述べたとしても、「土台人がやりそうな偽装」だと解釈されうる。レイシストにはいかなる弁明も通用しないのである。上の引用は、人種差別の論理の表出だと思うのだが、これは繰り返して言うように、日本を代表する出版社の一般向けの本の一節であり、私の知る限り何ら問題になっていないし、こんな出版社から本を出す書き手の倫理性も何ら問われていない。】 <悪魔の証明>といえば、前に書いたように、内藤正典も「北朝鮮空軍が、シリアを格好の実戦訓練場にしていないという確証はあるか?」と主張している。「北朝鮮」を持ち出せば、今やなんでもありである。 また、三浦が一般的には「リベラル」や「左派」、「学術的」として認識されている岩波書店から2012年10月に単行本を出版しており、そのことが、三浦の発言に信頼性を持たせている。右翼によるいつもの主張、とは認識されず、リベラル・左派も容認する主張、と認識されることになるからである。今回の三浦の発言も、一般の視聴者にはそのように受け止められているだろう。構図は完全に<佐藤優現象>と同じであり、それが容認されてきたがゆえに、今回の事態も生じていると言える。なお、三浦は2016年12月19日のツイートで、上記の岩波書店から出した単行本について、「六刷が決まりました!」と書いており、岩波書店との関係は決して昔のことではない。 ただ、岩波書店は最近は、下のような主張も掲載するようになっており、「リベラル」「左派」という認識を持たれること自体、会社の本意ではないかもしれない。 また、三浦は、東京大学政策ビジョン研究センター(センター長は藤原帰一)の講師であり、今回の三浦の発言に関しては、当然、この機関も責任を免れないだろう。 三浦の発言は、従来の出版界(とアカデミズムの癒着)の問題点の帰結として生じているのであって(テレビ局については今更論じても仕方ないのでここでは言及しなかった)、三浦の発言により、従来の問題が改めてグロテスクな形で露呈した、と言える。三浦の発言だけではなく、その構造全体が批判されなければならないだろう。
#
by kollwitz2000
| 2018-02-12 00:00
| 日本社会
2018年 02月 07日
「慰安婦」問題をめぐる議論で最も奇妙なのは、安倍政権の下での「解決」が可能、という前提である。安倍晋三やその周辺が歴史修正主義者であり、NHKの「慰安婦」番組に介入したことは周知の事実である。ならばそのような首相の下でなぜ「解決」が可能なのか。もしくは、そこで可能となる「解決」はそもそも「解決」と言えるものでありうるのか。 普通に考えればそうだと思うのだが、現在のマスコミ・社会運動圏・アカデミズム内の主流の思考法は逆で、むしろ、安倍政権下であるからこそ「解決」は可能、という認識なのだと思う。彼ら・彼女らの中では、保守派のニクソンだからこそ訪中して米中和解ができた、という実例が金科玉条になっている。保守派が政権を握っているがゆえに、左派の主張を実施しても、右からの反発を抑えることができる、という定式だ。あとは、政権の要人や世論に影響力のある人物に裏で説得(もしくは利益の提供)をかければよいわけである。安倍政権が北方領土問題をゼロ島返還で解決した結果、この方式への信奉はますます強まっているように思われる。ひとまずこの方式を、「宮廷革命」方式と呼ぼう。 この宮廷革命方式の蔓延は、<佐藤優現象>と機を一にしたものだと思う。私が2009年に『週刊金曜日』について書いた文章から引用しよう。 <「<佐藤優現象>批判」でその認識の問題点を指摘したが、9・11(2005年)の衆議院選挙の選挙結果について、リベラル・左派は、大衆が愚かにもプロパガンダに惑わされて、自らの利害に反する小泉自民党に大量投票した、と認識したのである。リベラル・左派は、大衆が「理性」または「良識」を持ち合わせていることを前提とした言論活動を展開することに絶望したのだ。だからこそ、「護憲派のポピュリズム化」、<佐藤優現象>、『金曜日』の9・11陰謀論への加担、といった現象が起こっていると私は思う。 こうした絶望状態の下に、佐藤は降臨したわけである。佐藤は、政界をはじめ、幅広い人脈を持ち、積極的に『金曜日』とつながりを持とうとするのだ。さて、『金曜日』はどう考えただろうか。 私は、『金曜日』は、市民運動・社会運動によって社会を変えるよりも、佐藤とのつながりによって、佐藤の社会的上層部とのつながりを通じて、社会に影響力を行使する側に回ることを選択(というほど自覚的なものではないと思うが)したのだと思う。自己弁明としては、佐藤へ『金曜日』が働きかけて、佐藤が政治家ら要人や保守派(読者)に対して『金曜日』の主張を代弁することによって、『金曜日』の主張が社会的に広がる、という論理である。または、佐藤が媒介者となって、政治家ら要人と『金曜日』関係者が会合し、『金曜日』が直接影響を与える、ということもあるかもしれない。もちろん、佐藤と関わることによる、人脈の拡大(マスコミ人は大好きである)等の個人的な利益もあろう。 市民運動、社会運動の力によって下から社会を変えることは無理であるから、佐藤優(の諸活動や人脈)を通じて上の中で、上から社会を指導する、あるいは、社会をいじくりまわすことを志向した、と言い換えてもよい。体制側(の一部派閥)に自分を売り込むことによって政治的影響力を行使(あるいは、行使したつもりになる)する道を選ぶ志向になりつつあるのではないか。ここでは『金曜日』は「市民の週刊誌」というよりも、胡散臭い政治集団のようなものになっている。 この論理であれば、佐藤がどんな右翼政治家と結託していようが、胡散臭い団体と関わっていようが、全く問題ないことになる。むしろ、それは却って望ましいとすら言える。『金曜日』は、佐藤を通じて、そうした人々にすら影響を与えられる(ように見える)からだ。かくして、絶望し、無力感に浸っていた『金曜日』は、佐藤という魔法使いによって、瞬時に強大な社会的影響力を行使できるようになった!・・・と考えた(考えている)のではないかと思われる。> 今日では、上の佐藤にあてはまる役割を果たしうる(より小物の)人物を、いくらでも挙げることができよう。この方式の蔓延により、特に朝鮮関係など、以前に比べて社会問題・運動に対するマスコミ内の「シンパ」は増えたようにみえるが(しばき隊のリンチ事件がほとんど報道されないのも、その結果であろう)、それの裏面として、日本社会の右傾化に歯止めがかからなくなった。 リベラル・左派知識人が失言したり馬鹿げた行動をとったりしてネットで炎上する、というのはパターン化しているが、それも、上で挙げたような構図と関わっている。「なぜこんな人を使い続けるの?」という疑問を誰もが持つだろうが、彼ら・彼女らの主張よりも、(社会運動や政治家、各種要人、業界内部の)媒介者としての役割が期待されてマスコミに出続けているのである。 「宮廷革命」方式をとれば必然的に主張の訴求力は弱くなり、ぬるいものになるから、言論はますますつまらなくなり、八百長プロレスのようなものになる。「宮廷革命」を目指した結果、実際には宮廷の茶坊主になった、というところだろう。一般大衆はそのことに気づいている。名護市長選挙の結果もその観点から考察する必要があるだろう。
#
by kollwitz2000
| 2018-02-07 00:00
| 佐藤優・<佐藤優現象>
2018年 02月 05日
山田次郎という方が「デジタル鹿砦社通信」で、
「のりこえねっと・北原みのりの錯誤と佐藤優を容認するリベラル論壇の癒着」 という記事を書いている。なかなか面白い記事であるが、いくつか補足したい点と、認識を異にする点があるので、以下、記しておく。 山田氏は、北原みのりと佐藤優の対談本『性と国家』(河出書房新社、2016年11月刊)を取り上げており、同書の中の、 <北原 いままで佐藤さんの本を手に取ったことのなかった女友達からは、100パーセントの確率で「佐藤さんっていい人なんだね!」という読後の感想をいただきます(笑)。 佐藤 そうですか、強面のイメージがありますからね(笑)。> という北原と佐藤のやりとりを引用した上で、私に対する佐藤の攻撃を挙げ、北原を批判している。だが、そこは私の件よりも、むしろ佐藤のこれまでの具体的な諸発言を挙げた方が良かったであろう。 2009年10月1日に発表された「<佐藤優現象>批判に対抗する共同声明」では、「佐藤氏は、言論への暴力による威圧を容認し、イスラエルの侵略・抑圧行為や在日朝鮮人の民族団体への政治的弾圧を擁護する等の、決して許容できない発言を、数多くの雑誌・著作物で行っています。当該メディアが佐藤氏を積極的に誌面等で起用することは、人権や平和に対する脅威と言わざるを得ない佐藤氏の発言に対する読者の違和感、抵抗感を弱める効果をもつことは明らかです。」とまとめられている。 具体的な佐藤の発言とその解釈については、以下の記事をご参照いただきたい。 「朝鮮学校排除問題と<佐藤優現象>」 「佐藤優のイスラエル擁護に嫌悪感を抱かないリベラル・左派の気持ち悪さ」 また、山田氏は、佐藤が買春接待を行ったと報じられていることも挙げたうえで、北原の見解を問うべきだったのではないか。 詳しくは私が以前書いた記事「佐藤優の議員団買春接待報道と<佐藤優現象>のからくり」 を見ていただきたいが、『テーミス』2002年9月号において、佐藤は藤本順一によるインタビューで、以下のように語っている。 <佐藤 僕は、在モスクワ大使館当時、自民党の小渕訪ソ団一行のアテンドをしたことがある。彼らは、チャーター機2機を連ねてモスクワに来たが、その中の一部の議員が、「オイッ、夜の観光に連れて行け」といったものだ。/僕は16台の車を用意してその手の女性のアパートに彼らを引き連れていった。/とくにひどかったのが、T議員やY議員(実名)だった。多くの日本の政治家は外交というと、夜の女性のことしか興味がない。少なくとも鈴木先生はそんな卑しい政治家じゃなかった。> 同じ藤本の記事「驚愕証言「訪ソ議員団売春疑惑」を暴く 佐藤優を参考人招致せよ」(『週刊文春』2007年3月8日号)では、藤本は、以下のように書いている。 <02年3月、佐藤氏が逮捕される2ヶ月ほど前のことだ。すでに逮捕を覚悟していたのだろう。「福田(康夫。元官房長官)と鈴木(宗男)先生以外はロシアで(オンナを)買っている。オレがみんな世話したんだ。こうなったら全部ぶちまけてやる」対ロ外交への思いを熱く語った約二時間にわたるインタビューの最後に佐藤氏は筆者に対してこうまくしたてた。> <訪ソ団には、故晋太郎元外相が率いた清和会に所属する安倍チルドレンと呼ばれた若手議員たちも参加していた。今日の安倍政権につらなる議員たちだ。そのアテンド役を務めたのが佐藤氏だった。 今は非主流派に属するその一人が、匿名を条件に「いかがわしい接待」について証言する。 「ホテルの部屋の前まで、一時間置きに入れ替わり立ち替わりオンナが誘いにくる。ところが、佐藤に街娼は危ないから買うなと注意され、それじゃ夜何もすることがないからどこかに連れて行けと言ったら、バスに乗せられコスモス(ホテル)のディスコに連れて行ってくれた。カジノもあったかなあ。入場料が確か20ドルだった。店は出会いの場所を提供するだけで警察も目を光らせていた。こっちは交渉がまとまってモスクワ大学の女子学生にお持ち帰りされた。ずいぶん昔のことでどんな顔ぶれだったか?今や大臣クラスの人も一緒に遊びにいった。」> また、佐藤自身は「独占手記 外務省の腐敗と国民へのお詫び」(『週刊朝日』2007年2月16日号)で、以下のように書いている。 <私自身がモスクワ勤務時代に飯村豊氏(現フランス大使(注・当時))、原田親仁氏(現欧州局長(注・当時))などの指示に従いマスコミ関係者を篭絡するために偽造領収書を作成したり、国会議員の弱みを握るためにいかがわしい接待をしたことがある。> 北原としては、佐藤の行為(と報じられているもの)は問題ない、ということであろうか。日本のフェミニズムとは一体何なのか、というかねてからの疑問(軽蔑)がいっそう強まった。 また、山田氏は、M君リンチ事件に関する北原の発言の「軽率さ」を批判しているが、北原のM君リンチ事件への関与は「軽率さ」といった程度ではなく、より積極的なものであろう。北原は、辛淑玉の文書「2014年末に起きた傷害事件とその後のネットの騒ぎについて」(これについては田所敏夫「辛淑玉さんへの決別状」 が必読である)に関して、以下のように発言しているからである。 <当事者ではない人たちが、見たいように物語りを語り、「正義」を誰かを糾弾するための道具であるかのように使いたがる。そんな状況にうんざり。辛さんの言葉が、”あの人たち”に届くかどうか甚だ疑問だけれど、これは最も誠実な声。> さて、山田氏は最後に、北原について、<佐藤優を称賛したことを反省し、M君リンチ事件に関して知っていることを公にすべきだ。>と書いている。山田氏は、北原が「反省」をすることが可能であるかのように書いている。しかし、北原と佐藤の結託は、より広い文脈で捉えた方がよいのではないか。 北原は、どういうわけか、近年「慰安婦」問題について発言するようになっている。「慰安婦問題に取り組む「基金」」として2017年6月に設立された、一般社団法人「希望のたね基金」の理事にもなっている。 北原は自身のフェイスブックで、佐藤優との対談本を紹介しているが、その本に対して、「希望のたね基金」の代表理事の梁澄子やその他の理事は、「いいね!」を送っている(2017年12月5日閲覧)。 そして、梁らは、佐藤と親しい東郷和彦や和田春樹と非常に近いのである。 つまり、東郷や鈴木宗男らの政治勢力を通じて「和解」の道を実現しようという梁らの利害、その界隈で今後やっていきたい北原の利害、自分をソフトに見せたい佐藤の利害、佐藤をソフトに見せたい編集者の利害等が合致してできたのがこの対談本だと思われるのである。 鄭栄桓氏の「「愚かな約束」を前提にすべきではない――日本軍「慰安婦」問題解決全国行動声明に寄せて」では、2015年末の「慰安婦」外相合意を前提・出発点とする立場を示した「日本軍「慰安婦」問題解決全国行動」の主張が、詳細に批判されているが、この団体の当時の共同代表二人のうち、一人が梁澄子である。その後、梁らはこの立場を表に出さず、外相合意批判をやっているようだが、一旦は受け入れた事実は消えない。外相合意直後に、韓国の挺対協の代表(当時)がフェイスブックで、同志のはずの日本の「慰安婦」支援団体の人間から外相合意を受け入れるよう説得があり困惑した、ということを書いていたが、それが梁個人ではないとしても、日本の支援団体の役割というのはそういうものなのだろう。外相合意の内容は、事前に一部の支援団体に見せて非公式に協議し、落としどころも決められたうえで、公表されたのだろう、と私は見ている。 このように見てくると、北原と佐藤の対談本刊行は、そもそも憂慮されるべきことなのか、という疑問も持たざるを得ないのである。もちろん佐藤をソフトに見せるという意味では問題であるが、北原の関わっている「慰安婦」関係の運動の本質・政治的性格を非常に分かりやすく表現してくれているからである。 歴史的事実としての「慰安婦」問題は永久に記憶されるべきものである。ところが、(一部の?)支援団体は、180度逆に、「慰安婦」問題を「最終的かつ不可逆的」に終わらせるために運動を行っているのであって、もはや運動が自己目的化しており、当初の目的からかけ離れたものになってしまっている。繰り返しになるが、北原個人が問題、ということではなく、上のフェイスブックの記事で佐藤との提携に誰も疑問を呈していないことが示唆しているように、日本のあの界隈(の主流?)自体が最早まともではないのである。その意味では、日本側の「反省」の可能性のなさとも相まって、政治問題としての「慰安婦」問題というのは、すでに終わっているのであって、あとは、日本以外の諸国が、「慰安婦」制度をホロコースト等と同じく永久に記憶されるべき「人道に対する罪」として記憶し、学習するだけである(日本政府への要求は続けるとしても)。 現在の天皇の退位後の訪韓を契機に、「慰安婦」問題も「解決」に向けた進展が図られるのだろうが、酷い茶番劇以外の結末はないだろう。なお、外相合意と文在寅大統領に関しては、最近、在日朝鮮人によって立ち上げられたらしいブログ「先天無極派」が鋭い記事を書いているので、一読を勧める。 ついでに書いておくと、「希望のたね」基金の理事には岡本有佳という人もいるが、この人はそもそも季刊『前夜』の編集長だった人物である。季刊『前夜』とは何だったのかという問題も、改めて考えさせられる。 #
by kollwitz2000
| 2018-02-05 00:00
| 佐藤優・<佐藤優現象>
|
ファン申請 |
||